職さえ選ばなけれ就職は楽

 面接官襲撃事件から3日後、クロウこと濡羽黒は悉く面接に失敗した。まぁ、全てバックの会社側がアプローチして来たのが原因なのだが。


「…もう一流企業に絞るのやめない?」


 小奇麗な5LDKの自宅の中で、かれこれ8枚程の履歴書リテイクを受けながら筆ペンを達筆に走らせるクロウ。寸分の狂いなく動くペン先は達人のそれであり、通信教育で育んだ物とはとても思えなかった。


 それでも、アリアとしては納得行かないのか、全ての履歴書を見比べながら最早粗探しに近い添削を行なっている。無論それは嫌がらせではなく、主人であるクロウがわずかでも採用を蹴られる確率を減らす為だ。


「志は高くもって頂きたいですね」


「今日日30半ばまでフリーターの家事手伝いみたいな事やってた男に一流企業入社はハードル高いって…」


「ですが、マスターの能力であれば一流が妥当です、安売りはするべきでは無いかと…それに今までの失敗はバックの組織が余計な茶々入れをしてきた事に起因しています。普通なら輪転道の時点でストレート入社出来ていたと、私は確信しています」


「…もういっそ起業でもした方が早い気すらするな」


 その言葉にピタリと動きを止めるアリア。


「しますか?」


「えっ?」


 すっと紙に起業しますか?起業しませんか?と書いて差し出すアリア。


「どっちに丸書いてもイエスと取れなくもない内容文で出してくるな、大体…起業っても資本金も無いだろうが」


 雑談しながらであっても、クロウの筆先に一切の乱れも淀みもない。もとはテディベア作りや筆ペンの通信教育も、身体強化用のスーツを手足の如く扱えるように始めた物であったが、今ではスーツを着込んだままに呼吸をするように行える。それは、一重に努力の賜物であろう。


「怪異払いの仕事の指名依頼が履歴書を送った数社から直接来ています、これらを達成すれば資本金としては十二分かと」


「は?どうやっ…ああ、履歴書に住所バカ正直に書いてたわ…」


 丁度履歴書に書いている途中の住所を眺めながら自虐気味に笑うクロウ。


「各社からは今回の就職事件は、マスターから各社への歩み寄りの一環と認識されています。それに際して連絡先を各社に履歴書という形で手渡し、直接会社へと出向く事で誠意を見せているとも」


「就職事件ってお前…まぁいいや…つまり、今までのフリー依頼だけじゃなくて普通に指定依頼を受けるようになったと思われたのか」


 "フリー"とは怪異関連の依頼の方式であり、専門の依頼サイトに掲示されている依頼内容と達成時支払い金額と達成期限を確認し、納得が行くならば依頼を受けて達成報告する形式だ。


 少々変わった方式には勿論理由がある。事前の現場情報が無い依頼は、依頼達成までに結構な数の死傷者を出す事も少なくない。だが、死傷者を減らすために現場から情報を拾って来れるレベルの異能持ちなら、出向いたついでに事態を解決できる事も多いという本末転倒が起きる。


 ならばいっその事、事前情報無しで解決出来る自信のある人達に自己責任で自由に行かせてしまい、解決後に提出された報告書と現場を照らし合わせ、必要であれば諸経費や報酬の割増分を渡す方法が取られるようになったのだ。


 クロウはいままで怪異払いで生計を立てる事を考えていなかった為、この形式以外での依頼を行わなかったという事から、どの企業や個人も指定依頼をクロウに依頼出来なかった経緯がある。


 だが、今回クロウの手により一部企業に流れた履歴書は、遠回しな名刺変わりとなり、企業達が重要案件をクロウに流せるようになった。


 自らの組織の強力な戦力を動かすと、他の組織への圧力が弱くなりつけ入る隙を与える事になる。だが、外部に金で雇える強力な戦力があれば、睨みを効かせたままに厄介な事態を解決できる新たな手を得たのも同然なのだ。


 それに、荒事を自社人員で行うとなると、よしんば死亡した際の金銭的・人材的なダメージもやはり大きくなりがちだ。そういった面からも総合的に見た場合、多少割高でも外部の実力者に解決を依頼するのは、やはり選択肢としては賢いというのが業界の認識である。


 ちなみに、今回クロウが履歴書を送ったのは全て一流企業。即ち裏の世界でも上澄みの存在であり、中小企業に不用意に強い力を貸し与えるような事は避けているようにも見える。


 これはあくまでも第三者視点として見た場合の事実なのだが、上澄みのみに渡す事により、組織的なパワーバランスを動かす事を嫌っているようにも見え、クロウという力を得た中小同士での争いや、中小が連合を組んで大企業を揺るがす…などという事態を予期した配慮にも見えるのだ。 


 無論、本当はただのクロウのウッカリなのだが。


「起業しないとしても、我慢してこれらの依頼を受けていただければ、暫くは遊…失礼、たこ焼き屋を気にせず続けれるかと」


「うーん、起業にしろなんにしろあんまりにも唐突すぎてよく分からんな、たこ焼き屋のチェーン店とかなら全国展開までのイメージは沸くんだが」


 その言葉に目を見開き、非常に苦々しい顔を浮かべるアリア。その数秒後、非常に申し訳そうな顔をしながら。


「言いたくはありませんが、間違いなく一年も持たない内に倒産します」


 と、客観的な事実を述べた。


「……‥言ってみただけだ」


「安心致しました、実行する気であれば殴ってでも止める覚悟でしたので」


「そんなに…あっ!?」


 アリアが其処まで辛辣な事を言うというのは非常に珍しく、グラスハートなクロウは激しく動揺し、履歴書に乗せていた筆を誤って滑らせてしまった。


「あーあー書き直しか、はぁ…今日は調子悪いしこれぐらいにしとくか」


「珍しいですね、先日ヤラれた片腕が痛みますか?」


「まさか、ただなんというか…現実の重さにちょっと心が苦しくなって来ただけだ」


「膝枕しましょうか?」


「……うん」


 身長187cmの大きな子供がメイドの膝に頭を乗せて、目を瞑る。クロウは孤独な男だ。コミュ障という訳ではないが、心に世界との大きな隔たりをもっている。


 人と接する事が少ない故に気づかれにくいのだろうが、それは例えば常識であったり、素朴な夢であったり、優しい心根であったり。良くも悪くも彼の純朴さだ。


 だが、彼の持つ異能は彼を追い立てた。その強さ故に死ねず、その強さ故に疎まれ、その強さ故に孤独。有能であるが故に他者を必要とせず、有能であるが故に躓いても即座に立ち上がり、有能であるが故に慈悲深い。


 異能さえなければ彼は、一流の企業に入り、結婚し、子宝に恵まれ全うな人生を送れた筈なのだ。だが、それを理解しても彼は自らの異能を一度も恨まなかった。


 から受け継いだ物だからこそ、研鑽し"点"に至らせるべきだと信じたのだ。それが自らの孤独を生むと聡明であるが故に理解しても、彼はそう信じた。


 故に、彼が"点"に至るのはもう間もなくの事なのだろう。





 全身を近代装備に固めた特殊部隊数人が、人影の無いビルの内部を進んでいく。先頭のポイントマンが的確に後続にハンドサインを送る様は、映画やドラマのようである。


 廃墟のようなビルの一室一室を隈なく探しては、次の部屋へと向かう。それを繰り返す内に、ついには屋上に到着する特殊部隊の一行。交戦なくそこまで到達した特殊部隊のバラクラバの下の表情は、むしろ戦闘が起きて欲しかったと言わんばかりに何処か重苦しい物であった。


 やがて屋上に何も無い事を確認した後、何処か諦めのような表情を布の下に浮かべ、通信機に口を開く男。


「此方ゴルフ、HQ応答せよ」


「此方HQ、どうした?」


「空振りだ、他の部隊はどうだ?」


 その声は何処か重苦しい物であり、事態の深刻さを思わせた。


「全員空振りだ、エコーとインディアはまだ散策中」


「となると、いよいよもって本格的にヤバい気配がしてきたな」


「余裕があるなら念の為に周囲の散策を願いたい、可能か?」


 その声に他の隊員達の顔を一瞥してしばらく考える、その後に出した答えは非常に慎重な物だった。


「交戦は行っていないが、隊員全員の精神力を考えれば帰りが限界だろう、帰り道を軽く散策する程度になるが良いか?」


「現場の判断に委ねる、無茶は言えないさ」


「では一旦帰還する、再出撃するにしろ休息は必要だ」


「承知した、幸運を」


 通信を切った後に隊員達を再び一瞥すると、全員が頷いた。慎重がすぎる回答ではあるが、"まだ行ける"と言える程度の余力を残して撤退するのがベストであると彼らは理解しているからだ。


 ムリをして命を失うのもバカバカしい、ムリをしなくて良いと上が言うならば彼らはそれに従い、死ねというならば従う…彼らはプロであった。


「しかし、これで5箇所目ですか…それも全て空振りに終わっている」


 バラクラバで顔を隠した男の一人がそう呟いた。


「最近になって発生し始めた消えない"逢魔"…放置すれば流れてきた怪異が力を蓄える絶好の巣穴になりかねないとは言っても、こうも空振りが続くと流石に…」


 "怪異"とは、古来より伝わる妖怪や心霊や悪魔や神などといった存在をひとまとめにした呼び名である。彼らは"逢魔"と呼ばれる狩場を張り、人を食らって力を蓄える。


 本来であれば"逢魔"は、その"逢魔"を作った"怪異"を倒せば解除される。だが最近になって逢魔を作ったと思わしき怪異を倒しても逢魔が消えないといった事態が発生していた。これは由々しき事態である。


 隊員が言ったように、残った逢魔を他の怪異がこれ幸と再利用しかねない。そうなると、逢魔を消さない限りそこを根城にする怪異を狩りつづけるイタチごっこになるのだ。


 それを理解しながらも、危険性を考えるに定期的に狩りを行わざるを得ないのだが…それが何箇所もあればマンパワーにも限界が来るのは明白の理であった。それこそ、現状人狩りマンハントの専門部隊に態々怪物狩りなどという畑違いの仕事を回す事でギリギリ薄氷の平和を保つ程、現状既に切羽詰まっているのだから。


「このまま原因がわからなければ、外部の力も借りる事にもなるだろうな」


「最近台頭して来たAQUASとかNiGHTSですか?犯罪者に力を借りなければならないとは世も末ですね」


「その2つはまだ理性があるが、理性があるか分からない木っ端にも声を掛ける事になるだろう…いかんせん政府御用達のイザナギは一騎当千ではあるが、価格は高くあまり人員を雇えない」


「弱い怪異にしか通じない"寿ぎ"の弾頭を持たされて、私達に狩りをさせてる時点で、既に限界が近いという事でしょうか」


 "寿ぎ"と呼ばれる祝福を受けた弾頭は、弱い怪異にこそ一定の効果を発揮するものの、逢魔を作る程の強い怪異に対しては嫌がらせ程度の効果しか発揮しない。彼らは常に命がけのババ抜きを強要され…そしてババが誰かの手札に残るのも時間の問題だと考えている。


「そういう事だな…我々の中から死人でも出れば一発で状況が変わるだろう、精々最初の死者にならないように気を引き締めよう」


「ウチは隊長が優秀だから安心ですけどね」


「だが…言うこと聞かない奴が多いからな、自己判断で動いてうっかり死んでも香典出さんぞ?」


 軽く空気がほころび、だが隊長の指示で再び気を引き締め動き出す部隊。3日後、政府上層部が様々な対怪異組織に逢魔の巡回を命じる事になるとは、この時はまだ誰も思っては居なかったのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る