手荒い面接
「ヒゲOK、ネクタイOK、ハンカチ鼻かみOK、ウェットティッシュOK、スーツOK…」
「このスーツ少し小さくないか?」
「ストレッチが効いている物なのでコレで問題ありません」
家を出る前にメイドのアリアから全身チェックをされるクロウ。今日は書類選考で残った2社の初めての面接であり、クロウも慣れないスーツに袖を通して緊張気味である。
「うーん…スーツなんてあんまり着ないから違和感が凄いな」
如何にストレッチが効いているとはいえ、その肉体を隠しきるには少々サイズが小さいのは確かであるが…一般で頼めるスーツのサイズではこれが限界だったらしい。これ以上になると他の国からの高級な輸入物になる為、一旦リクルートスーツとしてこれを着潰す事にしたのだ。
「スーツはスーツでも強化スーツの方が着慣れていますからね」
「…一応強化スーツも下に着た方が良いか?」
「勘違いされて裏に回されるかもしれませんよ?」
「やめとくか…」
「懸命かと」
再びアリアによる入念な最終チェックが入り、納得したのか大きく頷くアリア。
「万全です、いってらっしゃいませ、朗報をお待ちしております」
「まぁ…期待せずに待っていてくれ」
そう言って部屋を出るクロウ。季節は7月、就職するには少々日差し高く…故にこそ、青々しい新緑達がのびのびと育つ様に何処かチャンスを思わせる気候であった。
◆
クロウの
政府との繋がり太く、国内最強と謳われる政府直轄の退魔組織"イザナギ"にも式を卸す程にその技術は優れているという。スポーツ・フィットネスやプールまで社内にある程に福利厚生は完璧であり、残業代の未払いなどもっての外である。
「……」
そんな中、人目を引くピチパツスーツの男、クロウ。彼は場違い感と疎外感を感じながら面接を待った。履歴の空白を聞かれた時の予行練習はアリアと何度も行い、うまく追求させない為の言い訳を大量に用意した。
資格こそ無い物の、ある程度のプログラムを作る事ができるクロウは、其処を売りにしようと、今日の為に作ってきたAI搭載型の囲碁ゲームをCDに入れて着たのだ。デバッグはアリアがやってくれた為に、致命的なバグは無いと胸を張って言える。
おそらく普通のゲーム会社にならばコレで通るだろうが…相手は天下の輪転道、心構えとしては今回は落ちる事を前提とし、胸を借りるつもりで就職という名の戦いに挑むクロウであった。
「19番の方、お入り下さい」
思わず固唾を飲むクロウ、怪異や妖怪と言った連中と戦う時よりも真剣な面持ち…即ち今にも誰か殺しそうな顔付きで、運命のドアを開けて入る。
「失礼します」
クロウの姿を見て、少し驚いたような表情を浮かべる面接官達。これほどまでに長身で鍛え上げられた体を見せられもしたら、誰とて驚くのはムリも無い事ではあるが、クロウはその表情に若干の不安を覚えた。
「どうぞ、おかけになって下さい」
「ありがとう御座います」
機械のような精密さで椅子に座る。ファーストインプレッションは良くないかもしれないが、所詮は第一印象…本番は此処からである。
◆
(良いぞ、好感触だ…アリアの想定会話パターン28がうまくハマっている…!)
会話を初めて15分、事前にアリアから指示されていた強面を逆に利用したギャップ作戦が功を奏し、うまく巫山戯すぎない程度に戯けて、面接官達の心を掴む事に成功したクロウ。このまま押し切れるか…と、思いきや不意に背後からノックが響いた。
「し、失礼します!此処に濡羽黒様が面接を受けに来たとお聞きして…!」
(あっ、戦場で見た事ある顔だ)
息を切らせて面接の部屋に飛び入って来たのは、クロウの顔見知り…とまでは行かないが、何度か切った張ったをした事のある顔である。恨まれていてもおかしくはない相手の突然の登場で思わず硬直するクロウ。
「クロウ様!申し訳ありません、私共の手違いで此方の面接に通してしまって、ええ!特別に部屋をご用意しておりますので是非そちらで詳細な契約のお話を…」
興奮しているのか、通り名の方で呼んでいる男に冷や汗を流すクロウ。このままでは個室につれていかれて
「い、いや、俺は今回こっち側の面接に…」
「ええ!ええ!わかっておりますとも!ささっ!此方へ!」
妙に高ぶる男の手をスルリと抜けるクロウ、すると逃がすものかとばかりに蛇のように絡みつく男の左手がクロウの右手を掴んだ。
「くっ!?」
「まぁまぁそう焦らずとも!」
ミシミシと音を上げる掴まれた手、このままでは折れると思い男の頭部を狙い、開いている手で殴りつけるも首の動きだけで回避される。
「ヤリたくなかったがッ……!」
「!?」
絡んでいた手がスポンと抜け落ち、目を見張る男。クロウはスーツの上着の袖を引きちぎりその束縛を抜け出したのだ。そして、僅かに生まれた隙に追撃の拳を叩き込むクロウ。だが、その拳の威力は相手の男の拳で相殺される。
「素晴らしい!パワースーツ無しでこの力とは…おみそれしました!」
「ぐっ…!最新式か!?」
「ええ、パワーゲインが違いますよ!本来、生身等で受けきれる物では無いのですがッ…!」
互いに高速でラッシュを叩き込み合うクロウと男。拳と拳がぶつかる度に空気が弾けるような音が響き渡り、互いに踏ん張りが効かずにジリジリと衝撃で遠ざかる程のぶつかり合いだ。
一般人である面接官達は思わずポカンと口を開け、唯一その中で一人の面接官だけが立ち上がり、目の前で行われている高度な殴り合いを、ガッツポーズと歓喜の表情を浮かべて、一投一投の拳を目で追いかける。
「ええい!」
千日手が続く事に苛ついたクロウが、大きく振りかぶるテレフォンパンチを見せる。
「甘いですよ!」
だが男は狡猾にもその拳に乗せられたフリをしてカウンター気味に巴投げをクロウに見舞わせた。クロウの巨体が吹き飛び、男が守っていたドアを突き破り外へ飛び出す…と、同時にスプリント選手もかくやと疾走を始める。
「っ……乗せられたのは此方でしたか!」
オリンピック選手並のケタ外れたフィジカルを持つクロウ、道具に頼り切りでない…日々の鍛錬の賜物から来る黄金の走りが其処にあった。
「警備!彼を抑えて下さい!」
立っている者は親でも使えとばかりに一般警備に命令を出す男。その言葉に若干困惑しながらも、警棒を取り出しクロウに向かう警備員だったが…軽々と投げられてしまい、別の警備員に直撃させられ目を回す。だが、その一瞬で距離を詰めてきた男が両手を広げたままに凄まじい跳躍を見せ、クロウに掴みかかった。
「どうぞご安心を!うちは福利厚生もバッチリですので!」
そう言いながら足を絡め腕挫十字固をクロウの片腕に見舞わせる男。その目は獲物を追うハンターのそれであった。
「があああああっ!!!」
メキメキとイヤな音を上げる片腕リターンズ。しかも男は入念にも、先程破った上着側の腕に食いついたのだ。輪転道職員に二度同じ技は通用しないとでも言わんばかりである。だが、クロウも負けてはいなかった。
「このぉぉぉぉッ!」
「ぐおおおおおおおっ!?」
男に片腕を掴まれたまま、カーペットの地面に男の頭部を擦り付け全力疾走するクロウ。もともとバーコード気味であった男の頭皮に、カーペットとの摩擦で苛烈なるダメージを加速的に与えていく悪魔の所業。
「離せ!頭皮へのダメージが取り返しのつかない事になるぞ!」
「労災が降りるので大丈夫です!」
「カツラは労災関係ないだろ!?」
「降ります!降ろしてみせますとも!」
「親や金と同じで失った時に大切さが分かるんだぞ!?一時の感情に流されているだけだ!冷静になれ!!」
「弊社に捧げた命!元より覚悟の上です!!」
「この分からず屋がぁっ!!!」
入り口の自動ドアのガラスを男の頭でかち割り、ついにビルから飛び出るクロウ。その瞬間、僅かに緩んだ男の手にアリアから貰ったウェットティッシュを握りつぶしてねじ込むと、石鹸水によって低下した摩擦によりシュポーンと吹っ飛んで行く男。
「タクシー!最寄り駅まで!!!」
「承知いたしました」
「急げ!速く!」
吹き飛んだ男の隙を見逃さず、送迎に来ていたタクシーの後部座席に飛び込むように乗り込み、輪転道本社を脱出するクロウ。後方を確認し男が追ってきていない事を確認し、僅かに胸を撫で下ろした瞬間……不意にタクシーの上に衝撃が走った。
「おいおい…まさか…!」
「タクシー代も経費で落ちますよ!どうですかクロウ様!是非御社に入社されては!!」
バコォン!と大きな音を立てタクシーの天井に穴が空き、其処から伸びた手がクロウの首と片腕を掴んだ。
「ぐっ……こ、の……ッ!!何処ぞの殺人機械……じゃ…!」
「さぁさ!この契約書にサインを!」
無理やりにペンを握らされ、いつの間にか用意されていた契約書に強制的に名前を書かされそうになるクロウ。だが、それは突如の乱入者により救われる事となった。
「お客様の邪魔になりますので」
ガァン!と拳銃らしく無い巨大な音を響かせ、掴んでいた男の手を掠める弾丸。.50 Action Expressの弾丸を放つその銀の銃身と羽のレリーフが刻まれたデザートイーグルの持ち主は…。
「アリア!?なんで此処に!?」
飛び込んだタクシーの運転手がアリアだった、何が起きたのか分からないクロウではあったが状況が好転しているという事だけはなんとか理解出来たのだろう。その仏頂面が僅かに喜びでほころんだ。
「マスターが心配で付いてきました、予想通りの展開でしたね」
そう言いながら男の腕にマグナムを乱射するアリア、だが、男は弾丸を避けるように手を引っ込め、その瞬間に諦めたように名刺を社内へと投げ入れると車の天井から飛び降り体操選手もかくやという着地を見せる。
「是非、御社への入社をご検討ください!お返事の程お待ちしております!!」
着地した後、道路のど真ん中で深々と頭を下げる社員の男、振り向きながら見送るクロウの目にその男は‥…何処までも輝いて見えたという。
◆
「スーツがオシャカになった…」
「形ある物は全て何れそうなります、肩を落とすよりもそれを失った事により一つ成長した事を喜ぶべきかと」
天井に穴が空き、ボロボロになったタクシーが夕日を受けて湖沿いを走る…まるで映画のワンシーンだ。嵐のような面接は結局失敗に終わり、クロウも意気消沈と言った様子である。
「そうかな…そうかも…所でこのタクシーは?」
「マスターから頂いた給与で買った個人タクシーです、お気になさらず」
「タクシー運転するメイドってシュールだな…」
「以外とウケは良いのですよ?ちなみに料金はいただいておりません、趣味ですので」
「インスタ映えはしそうだが…どっちかというと都市伝説っぽいよな」
「私などよりも、もっと都市伝説のような存在は溢れていますよ?例えば…」
そう言いながら、不意に車のブレーキを踏むアリア。窓から外を覗くと、其処には不穏な雰囲気を放つ廃ビルが此方を見下ろしていた。
「気晴らしに一曲踊りませんか?」
「……ったく、スーツ代ぐらいは稼がないとだよな」
そう言うや否や、トランクからクロウの戦闘用強化スーツを取り出すアリア。即席着替え用のスタンドを展開し、周囲に布を被せクロウの服を剥がすように引きちぎり脱がし、強化スーツをテキパキと着せていく。
「やはり、その姿が一番似合っていますよ?」
肉体美を魅せる、ラバーのようなピチピチの強化スーツに飾り羽のような布を纏うクロウ。そのスーツは彼が尤も長い間着込んだ彼の皮膚の一部のような物であり…同時に彼にクロウの渾名を与えたスーツでもある。
「そりゃどうも、しかし、面接帰りにバイトとはな…」
「本日のターゲットはこの建造物をねぐらとする中位の怪異です、さほど強くはありませんが…片腕が負傷しているなら良いハンデでしょう」
「抜かせ、楽勝だ」
不敵な笑みを浮かべてビルに飛び入るクロウとアリア。5分後、そのビルの中に居た怪異達は根こそぎ撃ち殺されたという。
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