Ⅴ
「楼坂くん、ちょっといいかな」
昼休みのB組前の廊下。アヤはにっこり、隼に微笑んだ。
「え、ああ、うん」
隼は戸惑いながら頷く。当然だ。フられたあの日から2ヶ月、一度も隼に会いに行ったことはなかったのだから。
「こっちこっち」
アヤはずんずん進む。振り返らずとも、隼がちゃんと付いてくるのは分かってる。いつぞやの中庭。レジャーシートの上には大きな紙袋が置いてあった。
「これって……」
「見てよ、この山。全部アヤがもらったんだよ、逆チョコ!」
すっかり仮面を取り去って、ドヤ顔を向ける。
「すごいなあ、さすがだね。で、これを自慢するためだけに俺をここに連れてきたの?」
「まさか」
アヤは紙袋からひとつチョコを取り出して、隼に渡す。
「食べるの手伝ってよ。これ、アヤが全部食べたら、アヤの美肌がニキビだらけになっちゃう」
「なるほどね、了解」
隼はシートに腰を下ろすと、丁寧に包装を開ける。男子には珍しい繊細さ。A型かな。
「そんじゃ、いただきます」
包みから姿を現したハート形のチョコを、口いっぱいに頬張る。アヤは、どんなことも見逃さないように、じっと隼の顔を注視する。
隼はずいぶん長い間味わうように咀嚼して、やっとごくりと飲み込んだ。
「美味しいよ、九条さん、ありがとう」
「あ、アヤの方こそ、食べるの手伝ってくれて、ありがとっ!」
隼の顔を直視できなくて、そっぽを向く。彼からの視線を感じ、耳まで真っ赤になっていくのが自分でも分かった。
「でもこれ作ったの、九条さんでしょ?」
彼の言葉にはっと振り返る。隼は穏やかな顔してアヤを見ていた。
「ま、まさか」
知らず声が掠れる。
「明らかにこれだけ手作りっぽいし、ラッピングも心を込めて試行錯誤した跡が見えるし。味も甘すぎないし。男じゃそこまで細かいとこ気づかないでしょ」
そこまで細かいところに気づいたあなたは何?
「いいの? 好きな子以外からチョコなんてもらって。松下さんに怒られない?」
「アイツは……、俺が誰からチョコもらうかなんて気にしやしないよ。菜子だって、俺がもらえないこと憐れんで、毎年義理チョコくれるだけだし……」
義理チョコでも何チョコでも、菜子からもらえるならなんでもいい。
そう言う隼はとても淋しそうで。胸がギュッと締め付けられて、思わず彼を抱き締めそうになる。傍から見れば、どう考えても両想いなのに。気にしてなければ、クラスマッチの時にあんな瞳で隼を見るわけがない。
「バカね」
近すぎるが故に、互いが見えない不器用なふたり。教えるのは簡単だけど、悔しいからアヤからは絶対何も言わない。
「もう付き合ってらんない! 勝手にやってなさいよ。
アヤは今以上にかわいくなって、フッたことを後悔させてあげる!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
隼は眩しそうに目を細めた。
翌日、2つの話題が校内を駆け巡る。
名物カップルの誕生、そして校内一美少女の人格変貌説。
それでも、アヤの人気は止まることを知らなかった。
いい子の仮面を取り払って素顔をさらけ出してアヤは、誰も文句をつけようがないほど、眩しく輝いているのだから―
―完―
あまのじゃく~another story~ 遠山李衣 @Toyamarii
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