Ⅲ
「さ、寒い!」
歯をガチガチ鳴らす。クラTの上に何か着てくるんだった。日本の冬をなめてた。
B組が延長戦の末2年生に敗れたのを見届けてから、中庭に移動した。
「なんで決勝戦の後って中途半端にしたんだろ。時間まで指定すればよかった……」
指先に白い息を吹きかける。じんわりと暖かくなった指先はでも、またすぐに冷えていった。
「九条さん!? なんでそんな格好してんの、風邪ひくよ」
ゆっくり歩いてきた隼だったけど、アヤの薄着姿を認めると、駆け寄ってきて自分のジャージをかけてくれた。直前まで着ていた隼のぬくもりが、アヤの冷えた体をふわりと包み込む。
「い、いいよ。こんなことしたら、楼坂くんが風邪ひくよ」
「だったら最初から上になんか着て来い! 女なんだから体冷やすな」
いつも優しい口調の隼が、眉を寄せて、強い口調で叱ってくる。厳しさの中に優しさがにじみ出てて。その瞳に自分しか映っていないと、勘違いしそうになる。
「で、話って?」
隼がポケットから缶を取り出して、こちらに放る。ミルクが多めのココア。この前あの子が飲んでいた。
「アヤね、楼坂くんのことが好きなの」
隼は何かを言いたげに口を開きかけ、でも閉じる。
「あの手帳とは関係ないの。本気で楼坂くんが好きなの……!」
生まれて初めての告白。雑誌やテレビで得たモテテクなんて、必死な状況じゃ出てこない。
「ごめん、九条さん。俺は菜子が好きなんだ」
結果は言う前から分かってた。なのにはっきり言われると、やっぱり辛くて苦しくて。涙が勝手に溢れ出る。
「あれ、泣くつもりなかったんだけどな……」
指で拭っても拭っても、涙は勝手にこぼれて、隼の顔をぼんやり歪める。
「分かったよ。最初っから松下さんとの間に入り込む隙間なんてなかったもんね。もう迷惑かけたりしないよ。教室まで逢いに行ったり、お弁当作ってきたりもしない。だけど……」
アヤは隼の後ろに回って、腕を体に回す。涙でぐしょぐしょの顔を、大きな背中に押し付けた。
涙が乾くまでは、このままでいさせて。今だけは、“アヤ”って呼んで―。
隼は幼子をあやすように、アヤの頭をポンポンとした。
「応えられないけど、俺、アヤの気持ち嬉しかったよ。アヤと話しててめっちゃ楽しかったし、弁当も美味かった。アイツと似てるって前言ったけどさ、アヤは本音を隠しすぎなんだと思う。俺にぶつけたみたいにさ、もっと自分を出していきなよ。きっと、俺なんかよりずっといい男がアヤの本当の魅力に気づくと思う」
他の男なんていらない。アヤは、隼の心だけがほしかった。
未練がましい女になるのだけはプライドが許さなくて。ただ隼に回した腕を強めることしかできなかった。
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