化粧っ気のない子供っぽい顔、ただ一つに縛っただけで手入れされてない黒髪、高速通りに身にまとっただけの制服……。どれをとってもアヤに劣ってる。

 でも、そんな平凡な女の子が、好きな人の視線を独り占めしている。直前までアヤとどんなに楽しく話していても、あの子が通ると、彼の目線は磁石のように吸い寄せられて、アヤが隣にいることなんてすぐに忘れてしまう。

 一度聞いてみたことがある。

「楼坂君が好きな子って、A組の松下菜子ちゃんでしょ。彼女のどこがそんなにいいの?」

 名前を言い当てられて、絶句して顔をゆでだこみたいにしていた隼だけど、質問にはしっかり答える。

「素直じゃないところ。あと、あの精一杯さがほっとけない」

 そこで何かを見つけたらしい隼の頬が緩む。視線を追うと、その先には平凡女子。さっぱり系美人の友だちとじゃれている。アヤには絶対見せない表情。今、隼の隣にいるのはアヤなのに。

 その横顔を見ていると、胸に痛みを覚えて、皺になるのも構わずセーターの胸元をギュッと握りしめた。と、ふいに隼がこちらを見る。

「九条さんの素直じゃない性格、アイツによく似てるよ」

 そう言って、くしゃっと笑った。

 アヤは松下さんじゃない。アヤのことをちゃんと見てよ―


「ねえ、あの三番カッコよくない?」

「また点数入れたよ! 誰だろ、知ってる?」

「確か、隼って人だよ。バスケ部の」

 隼という言葉に反応する。見ると、今日何本目かのシュートを決めたところだった。

 シャツの裾で汗をぬぐう。クラスTシャツの下から、綺麗に割れた腹筋がのぞいた。

「声かけてくる」

 B組が三年相手に勝利を決めた時、後方で誰かが立ち上がる気配がした。

「分かった。行っておいで」

 榊朱里紗が、松下さんの背中を押している。

「え、なになに、隼のとこ行くの」

「菜子はやっと自覚したわけ?」

「いやいや。あの感じじゃまだまだだよ」

 A組の女子が囁き合っている。アヤは思わず立ち上がった。榊さんとばちっと目が合う。

「でも、時間の問題じゃない? 本人たちは気づいてないけど、もろお互いが好きじゃん。何かきっかけさえあればうまくいくよ」

 榊さんは聞こえよがしに声を張り上げた。再びこちらを見て、唇の端を上げる。顔のつくりが整っているせいか、凄味のある笑みだった。

『あんたの出る幕なんてないのよ』

 切れ長の瞳がそう物語っていた。

 アヤは、A組女子をキッと睨み付けると、松下さんの後を追う。普段より少し高めのポニーテールはすぐに見つかった。その先には隼がいて、その視線がアヤを素通りして、松下菜子を捉えるのが分かった。

 アヤは衝動的に松下さんを押し退けるようにして、隼に駆け寄った。

「楼坂くん、お疲れ様! カッコよかったよ!」

「九条さん、見ててくれたんだ」

 ようやく笑顔を向けてくれた隼の腕に、自分の腕を絡ませた。

 そうだよ、アヤは最前列で、一番大きな声を出して応援してたんだよ。何度もこっちを見たよね、気づいてくれなかったの?

「アヤね、スポーツドリンク作ってきたの! 飲んでくれる?」

「あ、前に部活の前にくれたやつ? 九条さんの作るドリンク、美味しいよね。中学の時、マネージャーか何かやってた?」

 やってるわけない。バスケ部のマネージャーに作り方を聞いて、さらにアレンジして作ったもの。隼以外の誰かに作ったことなんてない。これからだって……。

「ふふ、ナイショ。ねえ、楼坂くん、あとで話があるんだ。決勝終わったら、いつもの中庭に来てもらってもいい?」

「いいよ」

 最初のお昼に誘って以来、隼から拒絶の言葉を返されたことはない。だけど……この言葉の後に返ってくるのはやっぱり拒絶なの……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る