Ⅱ
化粧っ気のない子供っぽい顔、ただ一つに縛っただけで手入れされてない黒髪、高速通りに身にまとっただけの制服……。どれをとってもアヤに劣ってる。
でも、そんな平凡な女の子が、好きな人の視線を独り占めしている。直前までアヤとどんなに楽しく話していても、あの子が通ると、彼の目線は磁石のように吸い寄せられて、アヤが隣にいることなんてすぐに忘れてしまう。
一度聞いてみたことがある。
「楼坂君が好きな子って、A組の松下菜子ちゃんでしょ。彼女のどこがそんなにいいの?」
名前を言い当てられて、絶句して顔をゆでだこみたいにしていた隼だけど、質問にはしっかり答える。
「素直じゃないところ。あと、あの精一杯さがほっとけない」
そこで何かを見つけたらしい隼の頬が緩む。視線を追うと、その先には平凡女子。さっぱり系美人の友だちとじゃれている。アヤには絶対見せない表情。今、隼の隣にいるのはアヤなのに。
その横顔を見ていると、胸に痛みを覚えて、皺になるのも構わずセーターの胸元をギュッと握りしめた。と、ふいに隼がこちらを見る。
「九条さんの素直じゃない性格、アイツによく似てるよ」
そう言って、くしゃっと笑った。
アヤは松下さんじゃない。アヤのことをちゃんと見てよ―
「ねえ、あの三番カッコよくない?」
「また点数入れたよ! 誰だろ、知ってる?」
「確か、隼って人だよ。バスケ部の」
隼という言葉に反応する。見ると、今日何本目かのシュートを決めたところだった。
シャツの裾で汗をぬぐう。クラスTシャツの下から、綺麗に割れた腹筋がのぞいた。
「声かけてくる」
B組が三年相手に勝利を決めた時、後方で誰かが立ち上がる気配がした。
「分かった。行っておいで」
榊朱里紗が、松下さんの背中を押している。
「え、なになに、隼のとこ行くの」
「菜子はやっと自覚したわけ?」
「いやいや。あの感じじゃまだまだだよ」
A組の女子が囁き合っている。アヤは思わず立ち上がった。榊さんとばちっと目が合う。
「でも、時間の問題じゃない? 本人たちは気づいてないけど、もろお互いが好きじゃん。何かきっかけさえあればうまくいくよ」
榊さんは聞こえよがしに声を張り上げた。再びこちらを見て、唇の端を上げる。顔のつくりが整っているせいか、凄味のある笑みだった。
『あんたの出る幕なんてないのよ』
切れ長の瞳がそう物語っていた。
アヤは、A組女子をキッと睨み付けると、松下さんの後を追う。普段より少し高めのポニーテールはすぐに見つかった。その先には隼がいて、その視線がアヤを素通りして、松下菜子を捉えるのが分かった。
アヤは衝動的に松下さんを押し退けるようにして、隼に駆け寄った。
「楼坂くん、お疲れ様! カッコよかったよ!」
「九条さん、見ててくれたんだ」
ようやく笑顔を向けてくれた隼の腕に、自分の腕を絡ませた。
そうだよ、アヤは最前列で、一番大きな声を出して応援してたんだよ。何度もこっちを見たよね、気づいてくれなかったの?
「アヤね、スポーツドリンク作ってきたの! 飲んでくれる?」
「あ、前に部活の前にくれたやつ? 九条さんの作るドリンク、美味しいよね。中学の時、マネージャーか何かやってた?」
やってるわけない。バスケ部のマネージャーに作り方を聞いて、さらにアレンジして作ったもの。隼以外の誰かに作ったことなんてない。これからだって……。
「ふふ、ナイショ。ねえ、楼坂くん、あとで話があるんだ。決勝終わったら、いつもの中庭に来てもらってもいい?」
「いいよ」
最初のお昼に誘って以来、隼から拒絶の言葉を返されたことはない。だけど……この言葉の後に返ってくるのはやっぱり拒絶なの……?
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