Sample,No9 【ギルマスアカウント強奪‐事件】

 国営VRフィールドでも成人未満のプレイヤーが比較的多い、いわばお遊戯空間とも呼ばれる「クラス・アルカディア」その中でも一大コンテンツとなっているのがギガントマキアオンラインというタイトルのMMOゲーム。

 低年齢層ばかりが蔓延りがちなプラットフォームに属しながら、このギガントマキアのプレイヤーによってクラス・アルカディア全体の平均年齢が引き上げられているとまで言われるほどに広く、そして多くに認知されていたゲーム。

 今件のクライアントはその運営ギルド「テトラ・フェニックス」の代表。なんでもあるギルドマスターのアカウントが個人情報秘匿掲示板にてオークションにかけられていたらしい。

 テトラ・フェニックス代表のアカウントがオークションにかけられたのか?大事件じゃないか?と初っ端混乱したことを覚えている。実際に出品されたアカウントというのは嗜好品ギルドの代表たるクライアント自身、ではなくて、あくまでゲーム内プレイヤーギルドの中のマスター、であるとのこと。

 ややこしいがまぁ、とりあえずお客さんであることには間違いなさそうだったので理解したと同時に流した。便宜上、この業務記録ではギガントマキアオンラインの運営たるテトラ・フェニックス代表をクライアント、ターゲットとなったゲーム内ギルドのマスターをギルマスと表記するので以後お間違いなく。

 しかしながら、現代においても日夜進化する三大分野の一角、ネットワークセキュリティ業界にこの会社ありと悪名轟く我がマクガフィーン社に白羽の矢を立てるとは良い度胸をしていると悪態も記載しておこう。

 大前提として今件の結末に、結果的に我々は関わっていない。

 毎秒何千回と自己診断を行うようなセキュリティシステムも、クラッカーを特定する為に配した多くの罠も、監視院から提供された最新のネットワーク巡回監視システムも全て無駄になった。

 その経緯を以下に説明しよう。今更思い出したくもないが、仕事ならば仕方ないという悪態も添えておこう。


 出品されたギルマスアカウント。それはゲーム内では多くの尊敬と畏怖を集める超有名人のものらしく、ギガントマキアオンラインのプレイヤーであれば必ず知っているほどの人物だという。そして、それを落札したのは他でもないクライアント本人だった。

 その落札金額には目を疑った。生涯BIに当てはめれば人生2つ分くらいか?もっとも落札者たるクライアントには、そんな支払いに応じる気など一切なかったようだったが。

 支払いは商品の受け渡し後、それと共に外貨口座を指定するという。落札成立は3日前で、実際の受け渡し期日は、依頼日から数えれば丁度一週間後だった。

 クライアントの不遜な態度は癪に障った。言葉の端々にあった子どもの悪戯という単語がその理由だろう。けれど可能性として無視できないのは非合法のクラッカーによる犯行。それを否定する材料も存在せず、そうであればこそ我々に声がかかったのも頷けるというものだ。

 自虐ネタのつもりはないが、本来VRフィールド上でのネットワーク介入、情報改ざんは行うべきではない。この会社の従業員ならば誰しもが知るところだろう。クラスに関わらずVRフィールドに接続する為には生体チップに登録されたセカンダリネームを利用しなければならない為、どんなに用意周到な真似をしたところで悪戯すれば辿られる。そもそも生体チップ=後天的にそれを投与された国民なのだから、そんなことをしたら一瞬で監視院に御用となってしまう。自身の経験から言ってもそれは間違いのない事実だ。

 であれば、出品者はいかにしてギルドマスターのアカウントを奪うつもりなのか。前提として当のギルドマスター本人とも連絡は取れており、自らのアカウントを誰かに委譲するつもりは一切ないとのことだった。

 悪戯の線を消せば、考えられる方法は一つのみ。クライアントが管理する部分への不正アクセスだ。

 ゲームをやらない身としても聞いたことはあった。国営のVRフィールドとは言えゲームプレイヤーと運営間でやり取りされる情報は各嗜好品ギルドの管理となっている。

 仮に顧客情報等々もすべてフィールドに記録されていた場合、自爆覚悟の介入ならば被害を生じさせることも出来るわけで、それは十分に納得のいく仕組みだ。その点は国も懸念済みなのだろう、最初期から、基本的な顧客管理や大元のデータ管理は各ギルドに義務付けられているのだという。

 その為、運営はもちろん顧客たるプレイヤーとしても、自身の参加するゲームの情報管理がどれだけ強固であるかは重大な問題である、らしい。

 つまりこの不遜なクライアントは、今回の事件を利用しようとしていたのだ。このオークション自体をクラック予告と誇張して捉え、その発端から結末までをドキュメンタリーにしようとしたわけだ。

 そもそも秘匿掲示板なんてまともな人間が使うところではない。市井に紛れる悪意と技術を兼ね備えたクラッカーの存在を妄想しない者はいないだろう。古くはダークウェブと呼ばれていたそんな場所も、今や大した闇には紛れておらず、間違いなくそこにある脅威として衆目を集めている。

 まぁ、だからこそ我が社が選ばれたというのであれば、本当に見る目があり過ぎて癪に障る。どうせ結局悪戯でしたって時に、うまいこと口裏をドラマチックに合わせてくれるところが良かったのだろう。そりゃお固いところには出来るわけがあるまい。人間構成100%の零細企業ならばこそ出来る三文芝居だ。


 とはいえ、悪戯と決めつけるには秘匿掲示板の存在が不穏ではあった。細心の注意を払い、事態への対策は全て水面下で行った。クライアントはその慧眼とは裏腹に、それらを全て我々に丸投げしドキュメンタリー公開による影響を皮算用すると言っていた。いや、実際にはそこまでは言ってはいないが、基本こちらに任せてギガントマキアオンライン自体は通常運行するとのことだった。

 これも今更かもしれないが、現代におけるネットワークは大別して二つ存在する。一つはアンリアルかつ3次元の国営VRフィールド。そしてもう一つがリアルかつ2次元のウェブネットワークだ。

 2次元ネットワークの歴史は数世紀に及ぶが、今も尚衰えない理由はその手軽さにあるのだろう。歴史と同じくその脆さも途切れることはなく、更に言えばその対策さえ堂々巡りを繰り返すばかりである。

 手始めに訪れたクライアントの事務所は整然としており余計なものはなかった。物理的な情報流出を招くような怪しい機器もなかった。

 長年の流行によって潤沢に得られたのであろうenは発展院謹製の職務アイドロイドと引き換えられたようで、3体いたそれ以外に関わる人物、特に人間の存在は一切なかった。うちとは大違いだ。

 運営としては、とても用心深いと言える。クライアント自体のリテラシーも非常に高く、本人がギガントマキアの運営たることさえ漏らしてはいないらしい。人的過失による情報流出はあり得ないと判断できるだけのものがあった。

 一応事務所の端末も調べたが悪意あるシステムやウィルスもなく、監視院協力の下、勤務アイドロイドに誤作動を招くような未知のウィルスが存在しないかも確認したが、もちろん結果は白。

 そんな傍目の真っ白を確認した後、事務所内のネットワークに自身のアイドロイドを介入させ、何かあればアラートを出すように監視を指示。その後、クライアント経由でアポを取っていた商品、もといギルマス宅に向かった。


 ギルマスは30歳ほどの酷く口下手な中年男性だった。アイドロイドとのコミュニケーションが当然の現代で、あれほど口が下手糞な社会人がいるとは思わなかった。

 綺麗というよりは可愛らしいビジュアルのアイドロイド曰く、学生時代だかに人間関係のトラブルに見舞われたらしい。更に言えばそこからギガントマキアオンラインに病み付きなのだと言う。

 今思い返しても、うん、どうでもいいことだった。

 彼の環境についてもクライアントの事務所と同じく調査を行った。結果はこちらこそ真っ白。

 彼のアイドロイドが提供してくれたアクセス記録は事態の発生数日前からのもので、2次元ネットワークとVRフィールド、更には彼自身のアクセスと、彼のネットワークにアクセスしてきたもの、その全てが記載されていた。

 監視院から偽造無しのお墨付きが得られたそれにも秘匿掲示板へのアクセス記録はなく、出品者として落札者であるクライアントと連絡を取った形跡もなく、彼の自演という線はなくなった。

 ネットワーク監視は拒否されたが、一時的にこちらのアイドロイドと彼のアイドロイドを同期し、間接的に監視することには了承が得られた。クライアントとは違いあくまで一プレイヤーである彼を思えば、言葉では伝わらずとも協力をする気概はあったのだと思う。


 その後各ネットワークの反応を鼻の穴に小指を入れながら待ってはいたものの、何という動きは一切なかった。ギルマスのアイドロイドからの連絡にも不審な点はなく、クライアント側も至って平和であり、出品者からのアクションもなし。

 そんな日々が3日程繰り返された頃、会社でなく個人宛に監視院から今件ついての探りを入れられた。二度に渡るアンドロイドの動作確認で興味を持たれたらしい。

 あんまり言いたくないとは思っていたが、この際だと思って開き直って詳細を共有し、今件への調査協力を正式に依頼したわけだ。やり取りされる額が額だけに担当として派遣されたアイドロイドも驚きの反応を浮かべていた。更に言えばさっさと報告しろとまで言われたが、そこについては、まぁ、謝っておいた。

 ここだけの話、今件については9割方クライアントの自演を疑っていた。だからこそ、あえて監視院に相談や報告を行うよりも、そこに乗っかって良い思いをしようとしたわけだ。

 もっとも?そんな良からぬ企みが露呈しそうだったからこそ素直に話したのだが。模範院から義務付けられていた自身の活動情報提供がこんなところで弊害になるとは思ってはいなかった。

 しかしそこで明らかになったこともある。こちらでは探れなかったクライアントのアクセス履歴と、出品者の、その脅威だった。

 クライアントのアクセス履歴にはもちろん秘匿掲示板へのアクセス記録があった。ただこちらの憶測空しく当該の出品が掲載されたタイミングでは2次元ネットワークへのアクセスすら確認はできなかった。

 更に言えば、監視院の尽力もって特定出来た出品者たる人物は、ある個人情報、つまりどこかにいたであろう誰かの個人存在情報を徹底的に潰し、それをベースとして改ざんされた架空の人物であることが判明した。監視院さえ把握していない新たな手法であり、奇しくも彼らのデータベースが侵された証拠ともすら言えるもの。

 そんなことが出来るのであれば、本来改ざんまでをする必要はないはずだ。情報偽装出来る存在がいるのであればそのまま使えばいい。あえて改ざんする必要はない。監視院の担当者もそのことを疑問に思っていた。

 こちら側から言わせてもらえば、なんということはない。つまりこれは挑戦状だ。こんなことも出来るのだという、古来スクリプトキディたちの全てが備えていた自己顕示欲だ。

 技術者冥利に尽きる瞬間と言える。どれだけ技術が発展しようとも、AIが幅を利かせていようとも、それすら超えるのが人間の技術であり悪徳だ。だからこそ現代でも我々の分野は人間としての切磋が必要とされている。もちろんそれは他2つについても言わずもがなという奴だ。他人事ながら嬉しくて笑ってしまったら、そこはさすがにきつく怒られてしまった。

 というわけで今件に監視院が関わった経緯は以上。

 それでも結果的に犯人を捕まえることも、潰された個人情報の元々の持ち主が何処の誰であったかすら分からなかったことも前述の通り。

 監視院の力不足はさておいて、悪徳たる犯人の技術に同じカテゴリに属す者としての敬意を払いたいところではあるが、結末の胸糞悪さを考えると称賛するまでには抵抗を感じる。下記にその結末と感想とを記して締めくくろう。


 出品者から落札者へ商品たるギルマスアカウントが譲渡されると約束されたその日、第一報は監視院からのものだった。

 調査が難航していることは聞いていた。監視院も商品受渡日こそが唯一の特定チャンスと言っていた。だから、日付が変わったか否かというタイミングの連絡も、それについてのものだと思って取ったことを覚えている。

 監視下に置かれていたギルマスのアイドロイドと連絡が取れなくなった。すぐに傍にいたアイドロイドにも確認を取ったが同じ反応が返ってきた。

 活動停止報告というものがなかったらしく「アイドロイドを壊す術を知る者に壊された可能性」が一抹存在する、とのことだった。どういうやり方かと聞くような状況ではなかったことは察してほしい。

 監視院からのギルマス本人への連絡は不通。監視院からも現場には向かうが、比較的近いこちらからも向かってほしいとのことだった。

 時間帯は深夜。クライアントへの連絡も不通だった。が、事務所のアイドロイド経由で何事もなくすやすやと眠っているらしいことは確認が取れた。叩き起こして伝えてくれと状況をメッセージに残しギルマス宅に向かう。

 到着は監視院の担当者と同時だった。数度玄関チャイムを鳴らすも反応はなし。中に入ると宣言する彼が電子ロックを解除する。その先導に合わせて室内に入ると、どこか、油のような臭みを感じた。

 周りに触れるなと注意する彼が手探りに室内の照明をつける。彼はいいのか?とその時は思っていたが、今考えればアイドロイドに指紋などあるはずもないのか。

 室内は予想通り、いや、予想以上に荒らされていた。

 大して広くもない2DK。居間の真ん中辺り、その机の上に彼のアイドロイドはあった。可愛らしかった眼と口は開きっぱなしのまま、イメージにある死人のそれと同じ表情をしていた。机の上でその背中は大きく割かれ、ピンク色の切断面には銀色の粒が無数に埋まっていた。人でいうところの銀色の背骨までが縦に割れ、ピンクと銀と、その中身の何処からか生じているのだろう、揺れる白い繊維のような煌めきが漂っていた。

 衝撃はあった。アイドロイドの中身など見たことも興味を持ったこともなかった。けれどそれ以上に、ギルマスの不在、そして物理的なネットワーク介入を案じた。アカウントを得るために直接本人を襲う。正気の沙汰ではないと思えたが、現実的には十分想定出来たはずの手段だった。

 アイドロイドがいるからと油断した結果だろう。そんな唖然も束の間、監視院との通信を終えたであろう彼がこちらを案じたのか声を掛けてくる。確か、それと同時だったはずだ。クライアントから連絡が来た。こちらの状況を確認する素振りもなく、むしろ錯乱しているような印象を受ける呼吸音。

 出品者から商品が届いたという。泣いているのか、声が震えていたことを覚えている。

 届いたそれはギルマスの心臓だった。

 出品者曰く、その心臓の中にある生体チップこそが今回の商品なのだという。

 乳白色の液体に沈められたそれは届いた箱の中で尚動いており、同梱には心臓からの生体チップ摘出方法の説明書きとそれを可能とするキット。そして摘出した生体チップ用を今後も利用できるように、生存誤認を可能とする見たこともない電子機器。

 付け加えには一枚の手紙。

「落札金額の3倍を要求する。支払いの確認が取れない場合はクライアントの生体チップを対価として頂く。」

 手紙にはそんな一文と、共産圏に属す国の外貨口座が書かれていたらしい。

 監視院は今件を即殺人及び国家騒乱罪として調査を開始。その反応速度の甲斐も空しく、結果としてギルマスの心臓を送った人物も、その海外口座の持ち主も特定されることはなかった。世界中に恩を着せる我が国の影響力をもっても、さすがにガイア構想の賛成派、その首魁たる国家への調査協力は得られなかったようだ。

 更に言えば、届いた心臓の本来の入れ物さえ見付かっていない。現在彼は、表向きは行方不明になっているはずだ。

 結果、ギガントマキアオンラインはクライアント、もといテトラ・フェニックス解散に伴いサービス終了の憂き目を迎えた。後日談に関わることの出来なかった身としては預かり知れないことではあるが、恐らくは指定通りの金額を払ったに違いない。MMO運営に精通しているという、見覚えのあるアイドロイドが発展院の職務属アイドロイドカタログ(中途)に掲載されていた。予想通りと言えば予想通り。恐らく彼らは下取りに出されたのだろう。その後クライアントとの連絡も取れないことから、きっと彼は自らの身を守るべく誰も知らないところに逃げたに違いない。

 その場所がギルドマスターの本体がある場所と同じでないことだけを願ってやまない。

 今件には強い箝口令が敷かれた。それでも実しやかに囁かれるギガントマキアオンラインの閉鎖理由。当事者からすれば尾ひれも背びれもないほど正確な呼称、ギルドマスターアカウント強奪、殺人事件。

 更に言えば、その噂を契機として発生した生体チップ強奪への危機感。社会性個人の成り済ましへの興味。個人情報改ざんの新技術体系への関心。思いがけず目の当たりにしたAI三権の狼狽は、ささやかながら昨今では珍しい社会の混乱という形をなしていた。

 今や秘匿掲示板では真偽問わずその方法が売りに出されている。誰かになりすますサポートを行ったり、架空の個人情報を販売しようとする業者まで現れている。その全ては監視院の摘発対象ではあるが、残念ながら、そこから足が付いて捕らわれる人間は少数だ。

 監視院の白星と言えばアイドロイドの殺害方法が一般に広まらなかったことくらいか。その点は良かったと思う。もしそんなことさえ露呈してしまえば疑われるのはきっとそれを目の当たりにしたこちら側だ。顛末の詳細を、という注文だったのでそこまで書いたが、これについて言葉にするのはこれが始めてだ。この報告内容は厳重に管理してほしい。

 以上が今件の顛末らしきものである。結局我々マクガフィーン社は監視院から調査協力のお礼と幾らばかりかのenを頂いたに過ぎない。どう考えても口止め料でしかなかったが。

 改めてこの業務報告を記録するに辺り、その後の2年間を振り返った上で、そしてこれが外に出ないことを、間違ってもAIの耳目に触れないことへの期待を込めて以下を記載する。

 AI及びアイドロイドは人間たる悪徳に対処できない。

 アメーバのように隙間へ隙間へと流れ込むその意志と行動は、時に彼らが最も嫌う「前例のない事象」を世間に生じさせる。

 AIたちの発展は我々の生業、ネットワークセキュリティの戦いに似ている。今の矛を未来の盾で守りながら過去の矛に恐れを抱くような、そんな出鱈目で不毛なサイクルだ。

 もちろん現状のシステマタイズ段階で想定された懸念や杞憂はあったことだろう。今回の件だってそのはずだ。その為の対策は生体チップにもあっただろうし、アイドロイドも監視の一端を担っていたに違いない。それに、我が身としても強く思う、そんなことをやる必要のない状況が今にはあった。確かにあった。想像するにそれは、社会において最も効果のある対策と言える。

 それでも2年前、それは起きた。犯人の正体は今に至るまで明らかにはなってはいないが、この完成されたようにしか見えない管理社会でも個人情報の偽造は可能であり、誰かが誰かのふりをすることさえ可能であることが示唆され、その技術の一端も今や示されている。

 であれば、それを為そうとする者が後天的に現れるのは想像に難くはない。

 例示と例外の不毛な争いの只中で唯一、発展とよばれがちな堂々巡りを行う分野の一員として明言する。

 人間はAIやアイドロイドには余りある存在だ。人間至上主義に傾倒するつもりはないが、それでも我が身の懸念は、作為とも言える人外の意志よりも、まるで無から生じたとしか言えないような人の悪意に向いてしまう。

 それでも造られた意思は、我々人間に付き合ってくれるのだろうか。

 いずれ彼らが、我々を切り捨てるような事態が起こりかねないのではないか。

 人間の悪徳を、あえて美化して言えば自由意思とも呼べる人間の発想力と行動力を、彼らが合理的に排除でもしない限り、この堂々巡りは終わらない。

 それが成し遂げられた時、きっと我々の生業さえもなくなるのだろう。得も言われぬそんな不安や懸念をせめて杞憂と称し、今更こんな業務報告を課した上司への当てつけする。この2年間の居心地の悪さと今も苛まれているアイドロイド恐怖症が伝染すれば幸いだ。

 そもそもこれは何のための報告なのだろうか。社内記録用とは聞いたが、この報告で何をするつもりなのだ?公開しないことが前提であると最近フレームの太い眼鏡でイメチェンし始めた上司から言質としては取ったものの、些かの不安は残る。

 今件が掘り返されるようなことがあれば、全責任はその上司にある。全然似合ってないからやめた方が良いと思う。そんな責任逃れと親切心を最後に飾ろう。

 以上だ。

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