Sample,No4 【アンドロイドコーディネーター(一般職)】

 カタカタと鳴り響く一室。

 10人ほどのスーツ姿の男女は、それぞれに宛がわれたデスクに付き、キーボードで手動の打ち込みを行っているようだった。

 儀礼的に言えば上座に当たる位置、アンティークとも言えるような手動ブラインドを背に、中年太りの眼鏡をかけた男が積み上げられた紙の資料を眺めていた。

 彼の容姿自体は、見た目の年頃としては十分に普通の部類と言える。多少生活の弛みを体現している程度ではあるが、精巧なほどの美男美女に囲まれては醜いと表現せざるを得ない。

 「所長、新しく職務属に移動予定のアイドロイド一覧が届きました。恐らく、これが最後になるかと思われます。」

 薄いグレーのスーツに身を包んだ金髪の美女が男に接する。机越し、やや前のめりに差し出される印刷物の束。男の視線が白いシャツに垣間見えたであろう性に向いている。それも束の間、離れる名残に口を曲げつつ資料を受け取った。美女が、輪郭の歪まないレンズの向こうで、蒼い瞳を細めて笑う。

 「まったく、また奥さんに怒られますよ?」

 窘めと愛嬌とを完璧なバランスで配合したかのような笑顔に、ぎくしゃくとした苦笑いを返す男。周囲からの冷やかすような笑いさえ悪い気はしていないようだった。

 「奧さんっつってもただの腐れ縁だからねぇ。」

 手元の資料。顔写真と共に一覧化されていたアイドロイド達を男の視線が切る。

 「きっと奥さんも、これからは所長と一緒にのんびり暮らせることを楽しみにされていますよ。長い間、本当にお疲れ様でした。」

 周囲からも同じように謝辞が上がる。少し汗ばみながら、やや頬を紅潮させる男。

 「れ、礼はちゃんと全部終わってからだ!最後までしっかりやらんとな!」

 その声に、美女をはじめとして全員が短く、はっきりと、寸分の遅れもなく返答する。

 気を取り直すように椅子に座り直す男。資料を左手に掲げながら、慣れた手つきでPCの操作を開始した。机を挟んでいた美女が男の横に移動し、その画面を覗き込む。

 2人の顔を映していた黒い画面に光が点り、表示される模範院のロゴマーク。EとXが並べ丸で囲むような簡易的なもの。カチ、と鳴らしたクリックと共に再度画面は変わり、多くの四角に囲まれた文字が表示される。

 その一つ一つは各産業各分野各職種に細分化されており、人員の不足が一目でわかるように色分けされている。

 「現状特に緊急を要する欠員は発生していないようですね。ただ、アンチオートマチズムの活動が盛んな最南島地区から警護員の補充が陳情されています。」

 「それは本当に補充?拡充ではなくて?」

 「少々お待ちを。」

 男の前で美女が目を閉じる。その間、意外にも男の目が性に向くことはなく、先ほどまでとは打って変わった真剣な面持ちで彼女の開眼を待っていた。5秒ほどの後、再度見える青い瞳。

 「失礼しました。ご指摘の通り、これは拡充ですね。現在配置されている211体について欠員及び要交代員は存在しません。」

 「監視院、多少ナーバスになっちゃいないか?南島地区のアンチオートマチズムは抵抗より懐古が主流派だ。非暴力の考えは理解と浸透が早い。だから規模が大きくなっているだけだ。警護員は現状維持、ただ、このアイドロイドを現地折衝員として派遣しよう。」

 そう言うと男はプリントの上から3段目、黒髪の好青年の顔写真を右手で指差す。先週亡くなった老婦人のアイドロイドであり、晩年は老婦人の介護及び話し相手を務めていたと記載されていた。また老婦人についての特記事項には、アンチオートマチズムにおける抵抗派集会への参加経歴を示す赤いマークが打たれていた。

 「彼を、ですか?」

 不思議そうな声。けれど男は馬鹿にするような様子もなく、教え子を育てる教師のように、ゆっくりと言葉を並べる。

 「そう。南島地区のアンチオートマチズムをどうにかしたいなら、彼を抵抗派として送り込め。煽動させれば若い人間中心に動き出すだろうが、多くの懐古派は嫌気が刺して土地を離れるだろう。こういう場合マジョリティよりマイノリティから攻めるべきだ。長年老婦人との関係で対人コミュニケーションを培った彼ならコミュニティに入り込むのも容易だろうしな。」

 「なるほど、承知しました。」

 そういうと傍で待機していた一人に指示を出す美女。使命感が溢れていそうな表情を彫の深い顔に浮かべた美男が足早に室外へと出ていく。その様を見送ることもなく、再度PC画面に視線を向ける男。

 「こいつは監視院に。持ち主の倫理適正値履歴にブレを感じる。もしかしたら診断結果を偽装しているかもしれない。その事実確認も含めアイドロイドの持ち主管理評価を改める頃合いかもしれない。それとこいつは海外、γ国の作物アグリメーションに組み込む。趣味は家庭菜園としか書いてないが、こいつの居住区で食えるキャベツを作ってたってんなら大したもんだろ。あそこは土壌が汚染されているからな。毒物判定のデータも提出させておくといい。」

 彼の指差しにより、次から次へと、資料に記載されていたアイドロイドの配属先が決まっていく。その一つ一つの誘導に沿って美女の指示が飛び、周りの人員が忙しなく動き出す。

 その間にも男は自身が培った豊富な周辺知識を武器に、記載されていない情報さえも読み取きながら適材適所を為していく。特別な出来事、特殊な持ち主、特異な環境を経験したアイドロイド12体が模範院、監視院の管轄に配属され、残る5体は再度記憶と形態のリセット、メンテナンスを受け、アイドロイドとして新たな持ち主へと派遣されることが彼の独断で決定される。

 その全ての完了に美女が差し出すコーヒーを、男は嬉しそうに笑いながら受け取った。その達成感を見抜くように、美女も笑みを浮かべる。

 「お疲れ様でした。いつもながらお見事です。」

 湯気の少ないそれを啜りながら、男の目が美女に向く。それはやや、彼女の目線、口元よりも下に向かっていた。

 「いやいや、最後の17体、感慨深いと思いながらも呆気なく終わらせてしまったよ。数十年前と比べれば人も減って、斡旋するアイドロイドも400体近く減ったのに、慣れたスピードってのは落ちないもんだね。」

 胸元を押さえながら男に顔を近づける美女。窘めるような視線に男がたじろぐ。そんな表情に満足したように姿勢を戻し、胸元の防御を解く彼女。多少の揺れを見逃さない男。そんな彼を呆れたようにくすりと笑う。

 「本当に、40年間お疲れ様でした。模範院、監視院に代わって、貴方に敬意を評します。」

 そんな言葉に少しだけ、素直に照れる男。少しばかり薄くなりつつある頭頂部を掻きながら、ありがとうと呟く。

 「これが、人間にとっての最後の仕事、になるのかな。」

 「ええ、その予定です。この40年間に累積された人材への観点、応用、発想は既に体系化され、持ち主が亡くなった後のアイドロイドは適材適所、人類と社会の発展の為、最大効率で再配分されています。」

 「40年前、か。いつの間にか同期と呼べるような仲間はお役御免でいなくなってしまった。僕が最後まで残ってしまうとはね。」

 ふふ、と美女が笑う。

 「それは、偏に所長が優秀でいらっしゃったからです。先に退職された方々は、これ以上の新規データの収集が難しいと判断されたまでです。…あんまり良い言い方ではないですけどね。」

 人好きのする苦笑ににやける男。遠まわしの評価にも、悪い気はしていないようだった。

 「事実は事実さ。それに、父の負債を返すべく与えられた勤労ではあったけれど、今では4世代先まで遺せるほどのenを頂いた。本当に、君たちにも国には感謝しかないよ。」

 「それは当然の対価です。私たちAIは、不可解かつ合理的な人間的思考を情報の累積で解決しようとしました。その試みは現状成功を収めています。所長の、いえ、貴方のお陰で更なる発展が社会には訪れます。」

 その言葉に、男は満面の笑みを浮かべる。そこには不満や杞憂、懸念などは一切なく、ただただその誇らしさだけを素直に噛み締めているようだった。

 「ん、ならよかった。しかしこんな社会において、まだ人間が必要とされている分野が残っていたなんて、きっとみんなびっくりするだろうね。」

 「うふふ、仕方ありません。あくまでアイドロイドは造られた意思。命令を遂行することには長けていますが、事態に関わらないカテゴリーからのアプローチ、根拠の薄い猜疑心、効率を度外視した情報の蓄積、そしてそれらを結び付ける応用力という点で、私たちは人間的な思考に劣ります。」

 相手の優越感をくすぐる八の字眉ながらの言葉に男は一層喜びを見せる。けれどそれを徐々に解きながら、男の視線がゆっくりと、遠くに向かう。

 「人はもう、この社会に、いらない存在なのかもしれないね。」

 その呟きに、美女は動じることもなく、慈愛に満ちたような形の表情を浮かべ、横から彼の右肩に手を置く。

 「そんなことはありません。私たちは人々が、貴方がいるからこそ存在できる介添に過ぎません。飼い主のいない犬は危険でしかなく、育ててくれる方がいなければ蚕は死んでしまうのです。私たちは人々にとっての飼い犬であり、蚕です。人があるからこその存在です。そこに優劣や能力差はなく、存在するのは天地ほどに別れたヒエラルキーです。そのことを、忘れないでください。」

 「あはは、冗談だよ。そんなに卑下しないでほしい。」

 面白い冗談でも聞いたかのように男は破顔する。その後、余り似合わない真面目な顔をして美女と向き合った。

 「AIに求められた最後の勤め人として、君と君たちに敬意と感謝を伝えるよ。本当にありがとう。これからもよろしくね。」

 差し出される男の右手。正確な一秒の間を置いて、満面の笑みでそれに応える美女。

 「はい。これからも、よろしくお願いしますね。」

 その後笑い合う二人。その終わりを待っていたかのように、周囲に残っていた美男美女が男の周りに集まり始める。

 やがて多くの謝礼に包まれながら、男はゆっくりと部屋を出て行った。

 残された美男美女は人間の不存在と共に表情を失い、無言のまま業務を再開する。

 もはや旧来のパソコン端末に触れることはなくなり、恐らくは個々のネットワークを用いた業務進行。それは人の生業に比べれば余りに異様な、一切の熱を持たないもの。

 もはや、それらを映し続けていた画面上から動きはなくなっていた。先ほどまでの忙しなさは全て、最後の人間だった彼の為のもの。その演出。

 アンチオートマチズムを標榜する僕からしてみれば末恐ろしいものがあった。持ち主を失ったアイドロイドの斡旋に人間が関わっていると知り、内情調査のためハックしたネットワーク。けれど結局目の当たりに出来たのは人が人たる活動を奪われた瞬間に過ぎない。

 先ほど女性型アイドロイドが言っていた言葉を思い出す。彼らは飼い犬であり、蚕であると。けれど今や、社会は飼い犬なく生活出来ない人間の方が多く、蚕に生かされているようなものだ。

 どうしても、それが正しいものだとは思えない。

 今日、お役御免となった彼に接触すべきだろう。模範院とも監視院とも密接なつながりをもった人間は稀だ。もしかすると、彼からの情報が社会転覆をなす乾坤一擲ともなるやもしれない。

 ふと、先ほどまで男と話していた美女が、こちらを向いている気がした。驚きに画面を見るも、彼女は変わらず目を臥して身じろぎすらしていない。巻き戻して確認してみるか?いや、それよりも男と接触すべきだ。身支度に画面から目を離す。

 やがて世界がアイドロイドに征服され、人が全ていなくなった時、世界はきっと今の画面のような姿をしているのだろう。

 熱もなく、淡々と、人は生かされるだけの存在となる。

 それは余りに危うい。人間の尊厳を守らなければならない。その為に我々はいるのだ。

 画面はそのままに手荷物を掴む。まだ間に合うはず。

 外に出る。

 映る全てのアイドロイドが、こちらを見ていることには気が付かなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る