第48話 脱皮
目を覚ました。うつ伏せだった。緑色のごつい腕が映った。
部室の床から身をはがす。確かめてみたらなんと、自分が筋骨隆々のトカゲになっている。
鏡に目を走らせた。逆三角の鋭い双眸が睨んでいた。サイズに耐えられなくなった学生服がビリビリに破れていた。
どういうことだ! なぜこんな姿になっている? 何があったのか思い出せ俺!
たしか昼休みだった。クラスメイトにイジメられていた。ボコられて気を失った。それで。それで。えーっと。
頭を抱え、うろうろしながらめちゃくちゃ焦った。爪が鋭く伸びていたから壁を引っかいてみた。想像以上の切れ味だった。
片手でサッカー籠を握る。やすやすと持ち上がる。アホみたいに軽かったからノーモーションでぶん投げた。棚に当たってグニャグニャに曲がってボールが散った。
うおーすげぇ! ヒョロガリでクラス一非力の俺とは思えない破壊力だ。この世に生まれて16年。なんだか楽しくなってきたぞ。今なら誰と喧嘩しても負ける気がしない!
腹の底から勇気が漲ってきて、妙に興奮してきたので、もうあたりのものを片っ端からぶっ壊した。
部室を台風の跡地みたく破壊してからドアに体ごとぶつかった。外に出た瞬間、二人で談笑していた女子が悲鳴を上げた。
化け物を見た恐怖を顔に張り付かせて、キャーだのヒーだのわめいている。うるさかったので一足飛びでまとめてビンタを張った。首がほうき星みたいに飛んでいった。
地面に走った血を踏んづけて、あたりを見れば結構な数がこっちを眺めている。
どうやら昼休みは終わっていないようだ。誰もが目を丸くして信じられない光景を見ている顔つき。
俺はよく知らない相手は無視して昇降口に走った。目指すは我が教室。にっくきクラスメイトども!
猪突猛進。廊下を駆けていると、みんな俺を見とめた瞬間、次々と壁に張りつく。女教師が何かを落として金切り声で叫ぶ。
俺の接近に気づかない奴は手でなぎ払った。深い爪痕をつけて血しぶきといっしょに飛んでいった。あちこちで悲鳴が起こって教室からたくさんの顔が伸びてきた。
そいつらを平手で張れば首がどんどん舞い上がる。ガラスの破片を散らせて落ちていくのもあって、ゲームみたいで面白い!
阿鼻叫喚のなか、2年A組の札を見上げた俺は、戸口を抜けて教室を見渡した。誰もが凍りついた顔で身を引いて、驚愕の声と共に席のずれる音が立った。
即行で散り散りになると思ったのに、みんな逃げずに身をこわばらせている。動けば自分が標的になると悟ったのか、予想に反して静寂を打った。
さっき俺をリンチした連中が、教室のうしろの席から注視していた。
気づかなかったけれど、俺のすぐ横には委員長の白波さんが、失禁したみたいな表情で壁にくっついている。変貌した俺に恐怖の視線を張り付かせている。
しっかり者で面倒見がよくって、いつもテキパキと指示している子が、こんな有様だなんて笑えるぞ。
まあ委員長はロングヘアーの似合う美人だし、俺の嫌いな奴ランキングの下位に位置する。なんたって一度、落とした消しゴムを拾ってくれたことがあるんだよな。優しい微笑のおまけつきでな。
だから殺すのはやめておこうっと。
代わりに爪を一本立てて詰め寄った。なんたって委員長は胸が結構でかい。新学期からずっとそこにどんなおっぱいが収まっているのか気になってて、何度も一人エッチの時に使ってたんだ。
今この爪を縦に走らせるだけで、魅惑の謎を解き明かすことができる。生のおっぱいが見られたら、どれだけ強い興奮を得られるだろう。
俺は鼻息が荒くなるのを感じながら、リボンを起点にブレザーを切り裂いた。上着とシャツが左右に分かれた。白いブラジャーの真ん中も分かれて深い縦線が入った。
瞬間、裂けた胸骨から鮮血があふれ出した。
あっ、いけない。加減をあやまったようだ……。
俺は念願のおっぱいを赤く染めてしまったことを悔やむ。でも乳りんが想像よりも大きかったことにテンションが上がった。
委員長がその場にくずれた刹那、教室がうず潮のように騒がしくなった。正気を失い、我先にと逃げ惑うクラスメイトが戸口に押し寄せる。あちこちで転ぶ。背中を踏まれる。また転ぶ。
まるで殺虫剤を浴びたGの群れだ。なんて無様で滑稽なんだろう。
廊下に目をやれば、さっきよりも野次馬が詰め掛けていて、周囲はもうお祭り騒ぎだ。
生温かさに足もとを見ると、委員長が血だまりの中で痙攣していた。黒髪を散らし、虚ろな目が俺の足首を見つめていて、紫色の唇がピクピク震えている。
何の罪もないのにこんなコトになった彼女が、だんだんかわいそうになってきた。だから脳裏で謝ることにした。
……ごめんな委員長。キミはクラスでトップの成績でみんなから人気もあった。なのに俺のせいでおっぱいを晒したまま血まみれになってしまった。何かにつけて能力の高かったキミはきっとこの先、素晴らしい未来が待っていただろう。
エリートコースをまい進して、高学歴のイケメンと結婚して子宝にも恵まれて、明るい家庭を築いただろうに。ほんと素敵な未来を奪ってごめんよ。
……だけどな委員長。キミは俺がイジメられてるのを知っていたのに、ずっと見て見ぬふりをしてたよな。だから正直あんまり心が痛まないんだ。
「いて」
突然、後頭部に衝撃を受けた。ふり向くとイスで殴られたのが分かった。
なんだよ。運動部のスポーツマンどもが襲ってきたのか。ふいをつきやがって卑怯な奴らだ。
俺は腹が立ったからハエを追い払う感覚で、どいつもこいつも血生臭いボロギレに変えてやった。
「あっ」
グループの中に、将来プロ野球を目指していた奴が混じっていた。実際にそれだけの実力があって、マスコミが来てたほどの有名人だ。
だから俺は、そいつの心臓をボールに見たてて抜きとり、手向けとして持たせてあげた。
さて、この調子でクラス全員を屠ってやりたいけれど、あまり時間がないようだ。
もうすぐ敷地は封鎖され、銃で武装したおっさんどもが押し寄せてくるだろう。だから早く目的を果たさないといけない。
俺はイジメの首謀者である通称オークを見据えた。やつはボスのくせに真っ青になって、イスから落ちて腰を抜かしていた。まったく日ごろの威勢はどこへやらだ。
左右にはウツボとマントヒヒがすがるようにして震えている。どうやら俺の血の宴にショックを受けて言葉が出ないらしい。
奴らをどう料理してやろうか思いつつ、教室の後ろまで来た時、戸口のほうで騒がしさが増した。さす股を持った教師どもがなだれ込んできたのだ。
扇状になった教師が俺を威嚇しようと得物を向けてくる。生徒にもっと離れろと指示を飛ばす。いくつもの目が俺に集中している。邪魔をする教師が目障りだ。
俺はさす股の一つを握った。思いきり引き寄せて胸ぐらを掴んだ。そのまま教師を黒板に投げつけた。軽々と叩きつけられたそれは砕け散って、完熟トマトみたいな濃い染みと化した。
見ていた数学教師が泣きそうな顔で後ずさる。興奮した体育教師が机を振り上げた。吼えながら突進してきたから腹にパンチをお見舞いしてやった。ゼリーみたいな感触で簡単に突き抜けた。机が落ちて体育教師の目がぐるんと上を向く。
他の教師も怖気づいて逃げの体制に入った。俺はオークに視線を移した。
どうだい? 恐怖に打ち震えているオークくんよ。お前はイジメという悪行で俺の平穏な学校生活を奪った。だからどれだけ謝ったとしても、お前のことは許さないからな。もっと酷い目にあわせてやるから楽しみにしておくんだ。
まずはお前の手下であるウツボとマントヒヒを処刑してやろう。
よって俺は、オークのそばで目が泳いでいるウツボに手を向けた。おののく顔面を握って持ち上げた。足が宙ぶらりんになったウツボが俺の手首を持ってもがいた。構わず高々と掲げてやると、歯をガチガチ鳴らして尿の匂いを漂わせた。
こっちを見下ろすおびえまくった顔がムカついたので、卵を握る感覚で楽々と潰してやった。ウツボは短い断末魔を上げて血のシャワーを降らせた。
物音が立ったので下を見れば、マントヒヒが土下座をしていた。
俺は事切れたウツボを握ったまま片足を持ち上げた。
媚びることで許しを得るつもりだろうが、そういう態度が逆に鬱陶しい。だからカカトで後頭部を力強く踏み抜いてやった。頭が犬のクソなみに柔らかかった。爆ぜた脳みそが放射状に飛び散った。
俺は二つの死体を持ち上げて、野次馬だらけの廊下にぶん投げてやった。身をよせて震えていた女生徒が絶叫をあげて左右に分かれた。
さようならウツボ、それにマントヒヒ。お前たちのしてくれたことは一生忘れない。
ウツボよ。キミは体育祭の開会式の時に、うしろからズボンとパンツを下ろしてくれたね。おかげで股間が大勢の目に晒されるハメになったよ。男子だけじゃなく、女子の中にも笑っている奴がいたな。殴る蹴るよりも、あれがキミのしてくれた中で特にダメージがでかかったよ。
ズボンを上げて真っ赤になっていたら、また同じことをしてくれたね。二度目は爆笑が起こって、とてもいたたまれない気持ちにさいなまれた。その日一日最悪で、閉会式の時はトイレの個室で泣いていたよ。
マントヒヒくん。キミは俺とは幼なじみだったよね。高校に上がるまでは友達としてよく遊んだ仲だった。
だけどキミはオークと知り合って俺を裏切った。俺に暴力をふるう味を知ってから人が変わってしまった。友達という立場からの手のひら返しはなかなか心に刺さる出来事だったよ。
それにキミは腹の減りやすい体質だから、よく俺の弁当を奪って食べていたね。
母親が早起きして作ってくれた弁当を、下駄箱に隠していても見つけて食い荒らしてくれたっけ。他にも食べ物関連でよくイジメてくれたな。いつものお礼にとトイレで食わされたキミのアレはとても苦くてマズかったよ。
でもまあいい。もう済んだことだ。
……さて、お次はオークだな。ズボンをびしょびしょに濡らして引きつった顔で俺を見上げているが、ここはもう覚悟して欲しい。
お前はもっとも罪が重い輩だ。なぜなら今までやられたことを語ろうとすると、喉の奥が苦しくなってきて足が震えてくるんだ。胃だってキリキリ痛む。こんな強靭なモンスターになっていても、お前のことが恐ろしくて恐ろしくて、いつもの精神薬を大量に飲みたくなってくる。
だからお前の存在そのものが憎い。今すぐにその身体をバラバラに千切って1000ピース超えの人体パズルにしてやりたい。
でもな。お前は殺さないことにするよ。むしろお前をたった一人の生き残りにしてやろう。
これより起こる惨劇を目の当たりにして、そのあとにこの爪をつかって視力と聴力を奪ってやる。
この世で最後に見聞きしたものを記憶に焼き付けて、それを何度も回想しながら、真っ暗闇の世界で苦しみながら生きていけ。
ついでに歩行と手指の機能も奪ってやろうか……。などと、サイレンの音が近づいてくるなか、俺は背後に目をやった。
荒れた教室には死体が散らばっている。しかし廊下は今も野次馬でいっぱいだ。教師が怒鳴っているが生徒の圧力のほうが大きいようだ。
今からこの校舎は人間の屠殺場になる。オーク以外、目に映る者すべてが標的だ。
男女学年関係なく肉体をズタズタに解体して、床も壁も天井も、何百リットルにも及ぶ血で汚してやる。
これが夢か現実かは分からないけれど、限界ギリギリまで暴れてやるからな!
俺は目に力を込めて爪を立てた。鼻から空気を味わうと、脳裏にオーケストラが流れた。
そして両腕を張って、生徒でごった返す廊下に飛び込む──。
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