第41話 初めてのナンパ
「ちょっと彼女、おれの話を聞いてよ」
恵太は精一杯にオシャレを決め込んで、人通りの行き交う街中でナンパに励んでいた。
だが見た目がよいわけでもなく、会話も得意じゃない恵太にとって見知らぬ女性に声をかけて、ナンパの成功をおさめることは至難の技であった。
「ねえ、おれとお話ししてみない」
「なんか用? って言うかキミどこの高校生?」
声をかけ始めてから二十人目で、やっと立ち止まり返答をくれた女性がいた。
パッと見た感じ、お嬢様風の大学生という雰囲気だ。手に高級そうなバッグを下げて、紺色のワンピースに前髪をカチューシャであげたスタイルは、少々気の強そうな感じがする。
恵太はその女性に見据えられながらも背筋をのばし、口を開いた。
「えっと……。どこの高校生っていうか。まぁ私立の二年生なんだけど」
「ふぅん。で、なんで話しかけてきたの? どこかで会ったっけ?」
相手は腰に手を添えて恵太の瞳を射抜くように見詰めてくる。
女の子と話し慣れていない恵太は、だんたん気後れしてきた。
「あの……ナンパなんだけど。もし時間あればちょっとそこの喫茶店で……」
「ん? なあに? もう少し大きい声で喋ってくれないと分かんない」
「だから、そこの喫茶店でおれとコーヒーでもどうですか……?」
恵太はやはりナンパなんて自分には向いていないなと、今日この街に出て普段慣れていない行動に踏み切ったことを後悔しはじめた。
金曜の午後――、つまり昨日の放課後のことだった。
どこか恋の出会いはないものかとクラスメイトの友人へ相談を持ちかけたところ、「彼女が欲しいなら待ってるだけじゃなく、男なら自分のほうから見つけて来いよ」と指南される。
つまり容姿や特技に自信がないならば、とにかく行動あるのみ。という答えだった。
「……ちょっと聞いてる? ねえ少年」
恵太はハッとして回想を中断した。さきほど声を掛けた女性が、不機嫌そうに片足踏みをしている。
「あ、ごめん、ごめん。……でさ、おれのオゴリだからコーヒー飲もうよ」
「だからいいよって言ってるの」
「そっか残念だな。じゃあおれ、他をあたるわ」
恵太のしょんぼりした様子に、女性はきょとんとした顔に変わった。
「他をあたる?」
「うん。またどこかで会ったらよろしく。その時はおれ、今よりもいい男になってるからな」
「あなた何を言ってるの? 『いいよ』って言うのは承諾してるって意味よ? さっきも同じ返事をしたのに、ボーッとしてさ」
恵太は耳に入ってくる女性の言葉を疑った。
(承諾? おれはもしやナンパに成功したのか? しかも自分とはちょっと釣り合わないレベルのかなりカワイイ子だ。怖そうな雰囲気はあるけれど、一緒に連れて歩くときっと気分がいいぞ)
恵太は浮かれる気持ちを表に出さないように、彼女の手を引こうとする。ちょっと厚かましい気もするが手を触るくらい、いいだろうと判断した。
「こら、いきなり何をするのよ。おとなしそうな子だと思ったら結構ずうずうしいのね」
近づいてくる恵太の手から、彼女は身体ごと半歩離れた。行き場をなくした掌を恵太は残念そうにズボンのポケットにしまう……。
そして、歩道の向かいにあった喫茶店に入り、二人分のホットコーヒーを注文した。
お互いに自己紹介を交わして、彼女は大学で外国語を学んでいる三年生だということを知った。
恵太よりも年上の彼女は、さきほどの強気な表情をおさめ、落ち着いた様子で湯気の立つコーヒーを口元へ運んでいる。
恵太は緊張しながらどんな話題を振ろうかと、店内をキョロキョロしていた。
カウンターで黙々とグラスを拭いている店主や、他のテーブルで注文をメモに走り書きしながら品名を復唱しているウエイトレスに目を向けたあと、いつの間にか眼前のテーブルに置かれていた用紙に視線が下がる。
(すぐにマスターできる英会話セット? いったいなんだこれ?)
恵太は状況が読めず首をかたむけた。
「キミ、英会話に興味ある? この教材セットを使えば誰でも簡単に……」
営業スマイルになった彼女が言い終わらないうちに、恵太は無言でレシートを掴んで立ち上がった。
だがすぐさま手首を強く握られ、座れと言わんばかりに引っ張られる。
着席させられた恵太は教材の値段を見て、青い縦線が数本、額から下がってきた気分になった。
そして見知らぬ異性に声をかけるという真似は、リスクが伴うことを学習し、今後は二度とやらないと固く誓った。
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