第38話 同じ場所へと願いつつ

 

 ここは潮が小さく寄せては返っていく静かな浜辺。ちなみにお盆の夕暮れである。

 俺は、火に枯れ木をくべるのを見ながら、黙って家族のことを考えていた。

 海からやってくる穏やかな風を受けつつ、横を向けば、砂浜の遠く離れた位置にも同じようにして、先祖の供養をしている人たちがいる。

 水平線にぽつんと浮かぶ旅客船を見ていると、3年前にあの世へ逝った2才年下の、妹のことが思考にやってきた。

 妹はとても可愛いやつだった。

 俺の言うことは大抵聞くし、呼べばすぐに元気に駆けてくるいいやつだった。

 バンザイをしながら素早くやってきて、足でブレーキをかけたあと俺を見上げて、『お兄ちゃんなぁに?』と瞳をきらきらさせて問いかけてきた。

 この浜は、よく水遊びをした思い出の場所だ。

 砂に絵を描いたり、いっしょに小山を作ったり、どちらが早く穴を掘れるか競争したこともある。

 そういえば水遊びの時に、俺がはしゃぎすぎたせいで、うっかり泣かせてしまったことがあったな。

 でも俺がスイカを持って行くと、うつむいていた顔をそっと上げ、取り直したみたいに笑顔の花を咲かせた。そして波音を聞きながら、並んで仲良く食べたっけ。

 祭りの夜には、船から打ち上がる美しい花火に、拍手をしながら感嘆の声をあげた。

 夜空に広がる花火はとても美しかったけれど、その明かりを浴びて花火を見つめる妹の横姿は、さらにもまして美しかった。

 それから美味しそうな色をしたイカを渡してあげると、妹はあどけない顔で礼なんかを伝え、受け取ったイカをみずみずしい口に寄せた。俺はもぐもぐと食べはじめた姿に性的なものを感じたんだ。

 イカをかじっては咀嚼をするエロティックな姿。自分の妹ながらもつい、魅入ってしまった覚えがある。あれが初めて思春期を意識した時だった。

 しかし、

 ……あんなに元気な子だったのに、なぜ天はこうも無慈悲なことをするのだろう……。なぜ神は俺と妹に、こんな手酷い仕打ちを与えたのか。

 妹が生きていた短い間、いろんな出来事やキッカケがあったが、結局俺は理性を働かせ、妹の身体に必要以上に触れることはしなかった。

 妹を失ったあと、孤独に過ごす日々はとても虚しくて退屈だ。あの頃に戻りたいなどといくら思いを募らせても、楽しかった時間は二度と戻ってこない。

「……」

 そして俺は、枝の爆ぜる音がたつ火の中心へと視線を移した。

 いっそのこと、ここへ飛び込めば、妹と同じ場所へ行けるだろうか? そして再会した妹とふたたび仲良く暮らせるだろうか?

 などと、空気を舐めるようにしてゆらゆらと動く橙赤色の火を睨む。……どうしよう。もう潔く逝ってしまおうか……。

 しかし、いくらか逡巡したあと、そっと目線を外して、あふれる涙をのんだ。

 ……やはりやめておこう。こんな自虐的な行為を妹が喜ぶはずがない。

 これは勝手な推測だが、きっと俺のことを大好きであってくれた妹は、例え孤独であっても、俺に生き続けて欲しいと願っているはずだ……。

 そうやって今日も、あの海の向こうから見守ってくれている。

「あっ……」

 今、空目かも知れないが、バンザイをしながらガンバレと励ましている姿が映った。俺は熱い目頭をぬぐって、口もとを引き締めた。

 そうだ。生きよう!

 進んで命を絶つよりも、がんばって生きてそれから天寿をまっとうすれば、もしかすると妹に再会できるかもしれない。

「よし」

 それまで暗く沈んでいた心が、活力という明るい色に塗り替えられていくのを感じた。気落ちしていた感情が薄らぎ、涙が乾き始めて目に力が入ってくる。

 やがて俺はこう誓う。

 生きるぞ! 俺は妹のぶんまで生きてやる。だから妹よ、天国で待っていてくれ。俺はかならず会いに行くからな!

 暮れゆく水平線を見ながら、決意を込めて爪先に力を入れた。すると急に、身体がふわりと軽くなった。

「えっ?」

 な、なんだろう……。

 何者かが、俺の背をつかんで持ち上げた。俺は、これから何をされるのかと目をうしろに向けた。

 だが抵抗することはできず、必死になって両足をもがいていたら、投げ入れるようにして火の中に捨てられた。 

「ぐああああああ」

 おい、なんて酷いことをするんだ! 俺がお前に何をしたって言うんだ。ただ隣に立って思いに浸っていただけだろうが。

 業火に焼かれる苦痛は想像以上のものだった。しかし脱出しようにもすでに手遅れ……。自分の無力さを呪うしかない。 

 そして俺は、最期に妹の姿を頭に浮かべ、甲羅が焼ける音を聞きながらハサミを振って力尽きる。


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