第32話 お届けモノです


 昼間。部屋でキーボードを叩いていたら、ドアホンの音が聞こえて指を止めた。

「おっ、来たかな」

 掛け時計を見、デスクチェアを半回転して、スリッパを鳴らしつつ玄関に向かう。

 ドアスコープを覗くと、25、6才の身なりがいいとはいえない青年が、茶色い箱を両手に持ってそわそわしていた。

 てっきりデリバリーサービスの到着だと思っていたのに、あてがはずれてガッカリする。

 腹の虫が一度鳴き、俺はチェーンの繋がったドアを開けた。

「はい。どちらさまでしょう?」

「あっ、こんちわ。コレ。お届けものです」

 青年は、なぜか前もって頼んでいたかのような気安い態度で、両手を差し出してくる。

「どうぞ」

「……何ですか。このダンボール箱は?」

「いいから受け取ってください。なんか早くしたほうがいいみたいなんで」

「失礼ですが、お名前をお願いいたします」

 不審に思い、ドアの手前で顔をしかめた。下を見ればいつのまにか片足が前に出されており、俺はそのずうずうしさにイラっとくる。

「こんなもの、頼んだ覚えはありません。すみませんが帰ってください」

「じゃあココに置いておきますんで、あとは頼みましたよ。さようなら」

 青年は、その場に腰を落として荷物を置き、さっと身をひるがえして通路を急ぎ足に去っていった。

 そそくさとした背中が角を曲がって見えなくなり、俺はため息をついたあと、ドアをそっと閉じる。

 ずいぶん一方的な人だったと、胸に不快なものを抱きつつ、部屋に戻ってイスに腰を落とした。

 10分くらい経った頃、ふたたびドアホンが鳴った。今度こそはと思い、玄関まで行ってレンズに目を当てる。

 そして俺は、届いたばかりのボルシチとオリビエ・サラダを手にし、食卓に着いて腹を満たした。


 ──キーボードを叩く手を止めて、書類に目を落としていたら、玄関の外が気になってきた。

 ふり返って一考し、やっぱり気を取り直して画面に向かい、軽く咳き払いをして打鍵を続けた。

 モニターに映った表やグラフを睨んでいると、だんだん針時計の音が耳ざわりになる。

「あーもう。何なんだ。このままじゃ集中できない」

 書類をデスクに放って立ち上がり、スリッパを荒々しく鳴らして進む。

 念のためスコープで確認したあと、チェーンを外してドアノブを捻った。

「やっぱり、まだあったか……」

 入口の横には、さっきの小箱が残されており、俺はそれを見据えて少し脱力してしまう。

「どうしよう。管理人に連絡して引き取ってもらうか。警察とかちょっとめんどうだし」  

 きびすを返そうと思ったが、ふと好奇心がはたらき、ドアを押した……。

 

 玄関のたたきにしゃがんで、さほど重くはなかった小箱を見下ろした。

 おそるおそる耳を近づけてみたが、時を刻むような音は聞こえない。

 持ち上げてすき間に鼻を寄せても、鼻腔から不快感はやってこなかった。

 途中で落としたのか、底の角が少しへこんでいる。

 揺すってみると、中でカタカタと動いている音がした。紙みたいなものが触れている感じに。

「……」

 俺は降ろした箱をふたたび見下ろし、たとう折りに閉じられたすき間に指を入れてみた。

 脳中に警鐘が鳴って、一度手を止めたが、結局、箱の上部をゆっくりと持ち上げた。

 フラップが浮いて 四方をひらくと、二つ折りにされたA4サイズの紙が目に入った。

 手にとって見れば、いくつもの住所と苗字が縦並びになって記入されている。

「なんだ。これは……」

 紙面の一行目に書かれた文字に目を走らせた。

《ゲームの参加 おめでとうございます》

「……?」

 なんのことか意味を把握できず、首をかしげて、もしやこれはいたずらの類かと疑った。

「おや?」

 住所の欄に、自分のものが書かれていることに気づく。 

 俺は、綴られた文章を読んだ。

《このリストに載っている次の方にお届けください

 期限は今夕6時です 通報とかナシでお願いします 

 常に監視しておりますので リレーを無視するなどの不正行為は禁止です

 言いつけを破った場合 ないし余計な事をしたら

 あなたの家に侵入し 同様のモノを隠しておきます

 間に合わなかった際は ペナルティとして参加者全員を処刑します

 追記:中身については秘匿しておいてください》

 ……なんだいったい。

 まるで脅迫めいた文言だ。

 この紙を書いた主は、どんな意図があってこんな真似をしているのか……。

 上から数えて三番目に俺の住所があった。下へいくほどに、さながら駅をたどるような具合で、自宅から遠い土地へと続いている。

 紙を視界から避けて、まだ箱に入っていたものに目を置いた。

 綿が一面に敷かれており、その中央には透明のシャーレが鎮座している。

 小さな空気穴が無数に空いていて、そんなシャーレのふちに、親指大の石みたいなものが転がっていた。

 不思議な色をしたそれに自然と目が吸い寄せられる。どこかで見たことがあると記憶が刺激された。果たして何だったろうか。

「……!!」

 するうち、ほの青く光るそれの正体が分かって、背筋に冷たい感覚が走った。

「うわぁ!」

 腰を抜かしそうになったが、どうにか立ってリストの住所を確かめた。

 さほど遠い距離ではないため、タクシーは使わず、目的地まで足を使って駆けた。

 やがて息を切らせて到着した一戸建ての玄関まで来て、チャイムを連打した。

 待っているあいだ、髪の毛をつかんで引いてみた。抜けたのが二、三本だったので安心した。鼻血は出ておらず、今のところ問題はないようだ。

 俺は、姿を見せた男に遠慮会釈もなく、すぐさま声を上げた。

「あの! コレ、お届けモノです──」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る