第31話 停電の夜


 部屋のすみであぐらをかいていたら、いきなり電気が落ちて真っ暗になった。

 俺は唐突な出来事に一瞬、身が硬直した。けれどゆっくり立ち上がって玄関に向かう。

「おや? ブレーカーは落ちていない……」

 スマホの背面が分電盤を照らしていた。

「どうすりゃいいんだ?」

 不思議な感覚のなか、思考を働かせて原因を探ってみたが、電気の知識に明るくないため、結局部屋に戻ることにした。

 ネットをしていたノートパソコンにバッテリーが入って、画面が明るくなった。

 エラー表示のあとトップページから再びネットに繋がり、原因を検索中に、ふと気づくものがあった。

 カーテンが開いた。そこから見える住宅街に目を据えて、首をかしげる。

「他の建物は停電してないのか。じゃあこのマンション以外は落ちていないってことかね。いや、まさか俺の部屋だけじゃないだろうな……」

「ただいま」

「ん?」

 管理会社の番号が出た時、廊下から明るい声が届いた。

「あれ? なんで電気がつかないの?」

 どうやら手探りで進んでいるらしく、おぼつかない足音がそろそろと近づいてくる。

「もしかして停電しちゃってるの?」

「ああ。今電話をして問い合わせをしようとしていたところなんだ」

「わー。お料理できないじゃない」

 レジ袋がキッチンに置かれ、足音は冷蔵庫のほうに向かう。ドアが開いて身をかがめ、伸ばした手が缶ビールを一つずつ取り出した。

 あぐらをかいて待っていた俺の前で、プシュッと音が鳴り、泡の浮いた缶が置かれる。

「晩メシは何を作るんだ?」

「……」

「昨日はシーザーサラダとビーフカレーだったから、できれば和食がいいんだけどなあ」

「……」

「ちょ、聞こえてる? なんで返事しないの?」

 キッチンカウンターに手をそえて、考え込むような仕草のまま口を開こうとしない。

 そんな立ち姿に目を向けていると、電話が繋がって相手の声が流れてきた。

 電話でやりとりしているあいだ、俺はずっと睨まれていた。普段の優しい顔とは違った、厳しい目がこっちに張り付いたまま離れようとしない。

 そして通話が終わり、スマホをローテーブルに置いて、手にノートパソコンの光があたる。

「今送電網を調べてもらったけど問題ないんだって。だから自分で電機屋に修理を頼まないといけないらしいんだけど」

「……」

「なあ。さっきから何やってるの?」

 問いかけには答えず、代わりに大きなため息がこぼれた。 

 厳しい目のまま、ひとさし指がこっちに向く。それから口がひらく。

「ねえ」

「どうした?」

「もしかして、こいつの仕業じゃないの……?」

 女に続いて、ふり返った男の目が俺をとらえた。

 あぐらをかいた格好で、俺は否定の意をしめすため、首をゆるゆると振る。

「じゃあどうして停電しているのよ?」

 見据え合うかたちで、俺は牙を見せた。

『オレニ、キカレテモ、ワカラナイ』

 そう答えて身をこごめ、床の缶ビールに口をもっていき、短くすすった。

 男がテーブルに手を置いて立ち上がった。

「違うって言ってるんだから、とりあえず修理屋に連絡しよう」

「嘘ついてるかもしれないじゃん。こいつの言うこと信じるの?」

「いいから。もう関わるなよ」

 女が男の手を払って、眉を吊り上げたまま肩を怒らせて近づいてきた。

 俺は先の尖った尾っぽを揺らしつつ、自慢の黒い羽根を広げて威嚇する。

『ヨケイナマネヲスルナラ、キゲンヲトリケシテ、イマスグニ、ツレテイクゾ……』

 強く睨み返してやると、立ち止まった女の顔色が青くなった。

 男に肩をとられて引き返していく姿に、俺は鼻で笑ってビールに口をつけた……。

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