第28話 ゆがんだ進路相談

 

 冬の夕焼け空のもと、下校中の松木田ゆりこはひとり悩んでいた。

 通学カバンを地面に置き、橋の欄干に腕をのせ、生活廃水の流れに視線を落としている。巣に帰っていくカラスの群れが遠くで鳴いていた。

「はぁ……。どうすればいいんだろう」

 憂鬱なため息をついて、そっと目を閉じる。まぶたの裏に今日の出来事を映し出した。

 担任教師から配られた進路用紙。

 ゆりこは頭を悩ますばかりで結局なにも書けなかったのだ。

「もうすぐ高三なのに、わたしって何になりたいのかなぁ」

 同じ問いかけを何度、自分に向けても答えは返ってこない。ただ重苦しい気分が胸に溜まるだけである。

 ゆりこはこれといって特技はなかった。

 勉強もスポーツも平均的であり、見た目は中背でボブカットの、たぬきっぽい顔をしたタレ目のごく普通の女子高生。

 口下手で友達は少なく、家庭はさほど裕福ではない。

 閉じていた目を開いて、オレンジ色に染まった空を見上げた。

「そろそろ帰ろう。ここに居たってしょうがないや」

 肌寒い一陣の風が体を撫でていき、制服のブレザーのリボンを揺らした。その時だった。

「よう松木田、どうしたんだ。こんなところで」

 背後から唐突に肩を叩かれ、ビクついてしまうゆりこ。一体誰だろうと首をすぼめて振り返ってみると、

「なにやってるんだ? 落ち込んだように川なんか眺めてさ」

 それは彼女のクラス担任、大河原先生(25歳独身)であった。

「まさか飛び込むんじゃないだろうな。水泳にはまだ時期は早いと思うぞ」

「もう、先生。いきなり呼びかけないでください。心臓とまるかと思った」

「はははっ、すまんすまん。で、どうかしたのか?」

 白いポロシャツにジャージを穿いた大河原先生は、朗らかに笑い、前に突き出た長い前髪を払って、キラリと白い歯を光らせる。

 クラスの女子はそういう仕草を嫌っていたが、ゆりこは特に気にする様子もなく川の流れに視線を戻した。

「先生、訊いてもいいですか?」

「ん? なんだい」

「先生はどうして教師の道を選んだの?」

 どうやら大河原は、今日あった進路のことで悩んでいたのを察してくれたらしい。

「そういうコトか。うん、それはな。先生はな、遠い惑星からやってきた異星人だからだ」

 ???

「あのう……。今はそーゆー冗談、聞く気になれないです」

「そうか。じゃあお前の話をしよう」

 そんな始まりで、夕空の下で進路相談が開始された。

 ゆりこは先ほど思い詰めていたことを正直に話してみる。

 大河原先生はちょっと風変わりな担任ではあったが、ゆりこの話をわりと真剣に聞いてくれた。

「なるほどな、それでチャイムが鳴っても椅子に座ったままだったのか」

「先生は教師になったキッカケは何だったんですか?」

「先生はな、遠い惑星から──」

「それはもういいです」

 ゆりこは先生に向けて柳眉を逆立て、口をへの字に曲げた。

「先生のギャグはいつも滑ってて、つまらないです」

「わかった。じゃあまたな。明日教室で」

 しゅたっと手を挙げて体を半転した担任教師。家路につこうと足を一歩前に出す。

「気をつけて帰れよ」

「ちょ、ちょっと待ってください! そんな邪険にしなくても」

 立ち去ろうとする大河原先生のズボンを、ゆりこは慌てて引っ張った。

「分かった分かった。股間にズボンが食い込んで痛いぞ」

「じゃあ、話を聞いてくれますよね」

 教師は頭をボリボリかいて欄干に腕を乗せた。ゆりこは隣についた。

「一言でいうなら、おれはある目的があって女子高の教師になったんだ。ちなみに松木田は自分の好きなものは持ってるか?」

 好きなもの……。

 ゆりこは思量したあと、ゆるゆるとかぶりを振る。

「わたし、特技が何もないんです。なのに進路を決めなきゃいけないし、将来どうなってしまうのかすごく不安で……」

「だが松木田はクラスの誰よりも親切じゃないか。みんなの嫌がる役目は引き受けてるし、なにかと面倒見がある。先生はちゃんと見てたんだぞ」

「わたしは別にそんなつもりじゃぁ……」

「おまえは保健委員だよな。体調のわるくなった生徒がいたら、すぐに気づいて声をかけてるし、松木田の手当てや看病は、大山川先生(保険医)よりも、丁寧で母性を感じるってクラスのみんなが言ってたぞ」

 ゆりこは自覚のなかった言葉を耳にして、思わず目を丸くした。

「ええっ? 本当ですか?」

「おうともさ。これはウソやジョーダンではないぞ」

「でも……」

 目線を外したゆりこは悲しげに瞳を伏せて、自身の両肩を抱く。

「わたし、自分を変えたいです。気弱で他にたいしたコトのできない自分をとても好きになれそうにない……。できるなら、今すぐにでも生まれ変わりたいです」

 声を絞らせて話す姿を見守っていた教師は一息ついた。そして、ゆりこは肩に手を置かれた。

「よし。じゃあお前はAV女優を目指せ」

 ……。

 …………。

 ゆりこは教師を見上げたまましばし彫像のように石化してしまう。

 そしてハタと気づいたあと、全身の石が崩れ落ち、顔がみるみる朱に染まっていった。

「何てコトを言うんですか!」

「いや、先生は至って本気なんだが」

 あっけらかんと答える教師に、ゆりこは両腕を振って必死に訴えた。

「わたしまだセックスの経験なんてないんですよ!」

 思わず恥ずかしい言葉を口にして、彼女は耳まで赤くなる。

「いやそんなハズはない。このまえの林間学校で薪をいっぱい切ってたじゃないか。こういうふうに」 

 先生は腕を振って、薪を切る動作を繰り返した。 

「それはアックスです!」

「引っかかったな。これはアックスではなくナタだ」

「ええ?」

 教師の言葉に、ゆりこはじれったそうに地団駄を踏み、頬をふくらませる。

「もう!」

「おまえはセックスの経験はないんだな。じゃあペッティングはあるのか」

「ありません」

「ならばキスはあるんだな?」

「んもー!」

 半泣きのゆりこは教師に向けて高速パンチを繰り出した。教師はそれを手でガードしながら言葉を続ける。

「まあ落ち着くんだ。とりあえず先生の話を聞こうか」

 パンチのラッシュを続けたゆりこはスタミナ切れにより、攻撃の手を止め、息を切らしつつ額の汗をぬぐった。

 欄干に腕をおいていた先生に、もう一度、隣に来るよう促される。

「実はな。先生は──。いや待て。松木田は口は堅いほうだな? 今からする話を絶対口外しないと約束できるか?」

「……あの、まだふざけてません?」

「この目がふざけてるように見えるか?」

 作っているのかどうか微妙な教師の真剣さに、彼女はどう答えていいか分からず眉を曇らせる。

 とりあえず約束することを誓い、教師と指きりげんまんをした。

「実は先生な。ここだけの話、普段は物理の教師をしているが、本当に別の星からやってきた異星人なんだよ」

「どこの異星人ですか?」

「どこって言うか、まあ地球からめちゃくちゃ遠い星だ」

 ゆりこはなんだかもう頭がクラクラしてきた。しかしとりあえず担任教師の言うことだから、続きを聞こうと思った。

「はぁそれで、別の星の生命体がなんで高校の教師になったの?」

「先生に協力して大金を稼いでくれそうな若い女の子を見つけ出すためだ」

「???」

 教師の突飛な返答について、ゆりこの脳裏に疑問符が並ぶ。

「話がまったく読めません」

「今から一年前に、宇宙船で地球の近くを通っていたら急にエンジンが故障してな、いろいろと操作をしたんだが結局エンジンがぐずついたまま制御不能になって、どうにか墜落しないように頑張ったんだが落下を抑えられなかった」

「それで、たまたま日本に着陸したと?」

 ゆりこは川の流れに気だるい目を向けつつ、疲弊した声音で調子を合わせる。

「そうだ。宇宙船は学校の裏山の森に隠してある。落ちた時の衝撃で無線は使えなくなった。無線の修理はできないが、エンジンはなんとかなる。しかし故障したエンジンを修理するためには部品が必要なんだ」

「どんな部品なんです?」

「いろいろ組み合わせて作らなきゃならないんだが、ひとつだけレアで高値なパーツがあるんだ。それを買うには先生の給料だけじゃあなかなか手に届かない」

 言うにアメリカから特注で取り寄せないといけない部品らしい。金額にして約6900万円もするとのこと。

「だから松木田。どうか先生に協力してほしい! 売れっ子のAV女優になって部品代をカンパしてくれ!」

 夕陽を浴びながら拳を固め、川面に向かって熱弁をふるっていた教師に対して、ゆりこはジト目を向けた。

「教師が教え子にそーゆー仕事につけって勧めて、なおかつ稼いだお金を貢いでくれってあきれてモノも言えません」

「松木田はとりたてて美人ではないが、普段の献身的なところにAV女優としての光るものがある。磨けばさらに光を増すだろう」

 ゆりこは、「増しません!」と強く返答し、両目を鳥の足跡みたく閉じてカバンを振りかぶった。

「もういいです! 先生に相談するのやヤメてあとは一人で考えます」

「胸のサイズはDカップってところか。こうして見るとわりとヒップもあるし、身体全体がむっちりしてて肉付きはわるくないよな」

 ゆりこの制服に包まれた身を、教師はアゴに指鉄砲をそえて舐めまわすみたいに眺めていた。

「脱いだらけっこうイイ感じじゃないか? なんならルートコで働くのもいいぞ」

「な、なんですかソレ?」

 教師のエロい視線から逃れようと、わが身をかばう。

「今風に言うならソープ嬢のことだ」

「どっちもムリ!」

 ゆりこは自身の胸元を隠しながら首をブンブン振った。しかし教師に手首をつかまれ引っ張られる

「とりあえず今から先生の家(宇宙船)に行って、松木田が立派な売れっ子AV女優になれるよういろいろと手ほどきをしてあげよう」

「いーえ。わたしもう帰りますから、はなしてください」

 ゆりこは狼狽した表情で、足を踏ん張りながら抵抗するも、さらに強い力で引かれてしまう。

 大人と少女の綱引きじみたやりとりを、周囲の通行人が奇異なものを見る目で眺めていた。仲裁にあたろうかと迷っている人もいるほどだった。

「ぐぬぬ、暴れるんじゃない。つつつ。くそう人手が足りん。ここは大山川先生に連絡して手伝ってもらうとしよう」

「なんでここで大山川先生が出てくるの?」

「あれはな、実は先生の奥さんなんだ」

「ええ!?」

 瞬間、ゆりこは地面に尻餅をついた。なぜなら教師の手首がスポっと抜けたせいだ。

 痛む腰を撫でつつ視線を先生のほうにやれば、なんと抜けた手首から植物の太い蔦のようなものが、奇妙にウニウニとうごめいている。

 ゆりこは目を剥いて短い悲鳴を上げた。教師が一歩ずつ近づいてきて、触手が波のようにうねりながら迫ってくる。

「つまり新婚旅行中に、船が故障して地球に落ちたんだよ」

「じゃあ奥さんに頼んでよ!」

「バカもん。自分の嫁を売ったりできるか」


 そして──。

 ゆりこは触手の先から出た麻酔薬をむりやり飲まされ、教師の肩に担がれて宇宙船まで運び込まれた。

 周囲の見物人に対しては、ドッキリの撮影だと説明して、どうにか阻まれないことに成功した。

 彼女の自宅には変声機を使った声音で本人を装い、明日は土曜のため、友人宅に宿泊する旨を伝えた。

 その後、教師の脳裏から放たれたテレパシーを受け取った大山川先生が、保健の白衣のままメガネをキラリと光らせてやってきた。

 ゆりこは船内の一室で触手により拘束されてしまう。

 彼女は翌朝まで、二体の異星人から、肉体と精神が壊れそうなほどの強烈な性行為を受け続けた。

 何度も絶頂に達した肉体から出た体液は、総量で2リットルにも及ぶほどであった。

 行為が終わったあと、触手の拘束がとかれ、全裸で床に放り出されたゆりこは糸の切れたマリオネットのようだった。

 疲れ切った体が痙攣し、完全に放心して、暗くよどんだ目で息を継いでいた。

 のちに頭を改造され脳を洗脳されてしまったゆりこ。

 普段はまじめな女子高生、そして闇のルートでは身体を売るという二つの顔を持つ立場となる。

 やがて高校を卒業し、AV業界に入る頃にはあらゆる性技を身につけた立派な女になっていることだろう。


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