第13話 お鍋で夕飯


 貧乏暮らしがいい加減嫌になってきたウサギは、焚き火の前で重くため息を吐きました。

「あー腹が減ったなあ」

 痩せ枯れた頬で目をしばたたき、すっかりへこんだお腹を撫でていると、山のどこかからお寺の鐘がゴーンと聞こえてきます。

 焚き火は枝を爆ぜさせて元気に燃えていますが、ウサギは背に陰を帯びて意気消沈していました。 

 今食べられる物といえば、麓の民家から頂戴したしおれた菜っ葉しかありません。

 やつれたウサギは侘しくわが膝を引き寄せ、散らばる菜っ葉に目を向けて独りごちました。

「今日はこれでも煮て飢えをしのぐしかないか」

 ところが煮るにも鍋がないようです。生活用品はすべて他の動物たちと物々交換をして全部食べ物に代えていました。

 今あるのは目の前の焚き火と、よれよれの菜っ葉と痩せさらばえたわが身だけです。

 ちなみに焚き火は猟師が使っていた物を、あとから見つけて火をおこし直したものです。

 ウサギは地面の菜っ葉をひとつ摘んで、どうしようかと沈んだ目でそれをじっとりと眺めました。

 生で食べることも可能ですが、今は冬場です。できるなら暖を取るついでにあったかくして食べたいのです。

 上空はねずみ色の曇天模様。もうすぐ雪がちらつきそうな気配があります。

「何か鍋になるものはないかな」

 ウサギは体にムチを打って腰を上げ、よろめきながら林の中を歩き始めました。

 空きっ腹のせいで思考がはっきりしないため、どこをどう歩いたのか、いつの間にやら川のほとりに立っていました。

 はたと気づいたのは、川からのぞく岩の上からカメが声を掛けてきたからです。

「おいしっかりしろよ」

「はぁ」

 心配そうな目で話してきたカメですが、ウサギは空腹のあまり返事をする気がわいてきません。

 甲羅に苔のついた初老のカメは、呆れた口ぶりで続けました。

「どうしたんだ、そんなにやつれて。死体が歩いているのかと思ったぞ」

 そんな軽口を叩かれたウサギでしたが、今は誰かと会話をする気分ではありません。しかし知らん顔するわけにもいかないのでカメに事情を話すことにしました。

「──なるほどね。鍋を求めてここまでやってきたか」

「落ちてませんか?」

「ん?」

「どこかに落ちていませんでしたか?」

「さあね。落ちてはいないし流れても来なかったし、ここらに沈んでいるわけでもなさそうだが」

 ウサギは返事の代わりに顔をがっくり落としてため息を吐きました。

 しかしその時、ハッとひらめくものがあったのです。

 ウサギはすぐにカメのほうに視線を戻しました。正確に言うならば、カメのお椀みたいな甲羅に向けてです。

 ウサギのどんより沈んだ目の奥にギラリと光るものがありました。カメはそれを察して不思議そうな顔でこう問いかけます。

「おや? どうしたんだい。あんたの求めている物はこの辺りには見当たらないようだぞ」

 ウサギは何も答えません。

 そのまま互いに無言になったので、水を打ったような静寂が漂います。

 ほどなくしてウサギは、陰気な視線を甲羅に張りつかせたまま、眠るように言いました。

「カメさん、あのね」

「なんだい」

「ちょっと協力してほしいことが……」

「協力?」

「いえ、なんというか、お願いごとがあるんです……」



 それから数時間が経ちました。

 ウサギは念願の鍋を手に入れ、菜っ葉を無事煮ることができました。

 いえ、菜っ葉どころか、なんとお肉を手に入れることができたのです。

 あったかい湯気を立ててグツグツと煮える鍋を、ウサギは物欲しげに見つめながら呟きました。

「そろそろ頃合かな。いやはやこれはまったく美味しそう」

 小枝を二本、箸代わりにつまみ、垂れるヨダレをすすればお腹がグーと鳴ります。

 一仕事したあとの食事はさぞ美味でしょう。汚れてしまった全身を川で洗い落とすのは、お腹を満たしたあとでもかまいません。

「それではいただきまぁす」

 合掌して箸を伸ばした時、鍋の向こうから声が掛かりました。

「ゆっくり食えよ。急いでがっつくと喉につまらせるぞ」

「はい。おかげさまで食事にありつくことができました」

「まあこれからも時々頼むよ。自分じゃ手が届かなくてなあ」

 カメは光沢を帯びてぴかぴかなった甲羅に慈愛の目を向けました。

 全身苔まみれのウサギは、先ほどの光景を思い出します。

「お腹が減っててキツかったけど、綺麗に磨けてよかったです」

 カメから報酬をもらい、それを他の動物から物々交換して得た鍋とお肉は、相変わらずグツグツと煮込む音を立てています。

 ウサギは食べ物を口に含み、舌鼓を打って喜びました。


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