第5話 背後に注意
「おい見ろよ。こんなところにビデオテープがあったぞ」
暗い室内のあちこちを探っていたBくんが、ライトを片手にふり返った。
和室にいた他の三人が、興味ありげに押入れの前に集まってくる。
「きったねえテープだなぁ。ほこり被ってるし、いったい何年前のやつだよ」
「おもしろそうじゃん。コレ持って帰って見てみようぜ」
「お前んち、デッキあったっけ?」
「ある、ある」
こんな感じに深夜、林にある心霊スポットの廃屋にいた四人は、戦利品とばかりにこのビデオテープを持ち帰ることになったのである。
三十分後。車でAくんのアパートまで戻ってきて、さっそくテープの汚れをティッシュでぬぐい、ビデオデッキの中へと差し込んだ。
時計は二時を少し過ぎていた。
「ちゃんと再生するかぁ、コレ」
「カビとか生えてなかったし、たぶん大丈夫だろう」
四人はテレビの前に座り、真っ暗な画面を注視した。ここからいったい何が映るのだろうと期待半分、スリル半分のていで固唾をのむ。
「おっ、きたきた。映ったぞ」
「んん? なんだこれ」
「暗くてよくわかんないな。おい、もっと明度をあげてみろよ」
四人はジュースとお菓子をつまみにして映像を楽しみにしていた。Cくんはコーラを飲んでポテチをつまみ、Dくんは手を伸ばして取ったプチワッフルを美味しそうに食べている。
Aくんはリモコンを操作し、画面の明るさを増やした。すると既視感のある建物が映った。
「うーん、これってもしかして」
「ああ、たぶんそうだ」
先ほど行ってきたばかりの廃屋である。
二階建ての庭付きの民家だが、すでに人が住まなくなって十数年が経過しているため、草はぼうぼうに生い茂り、建物には蔦がからみつき、自然にできた幽霊屋敷と化している。
「俺ら以外にスポットに来た誰かが録画して、押入れに置いて行ったのかな」
「そうかも知れないな」
ビデオの映像は撮影中、ライトは使っておらず、弱い月明かりだけがたよりとなっている状態。
「にしても、俺たちよくこんな場所まで行ったよなあ」
「一人じゃ無理だ。しかも夜中にだぞ」
「だな。お前らがいなきゃこんな所ゼッタイ無理」
みなそれぞれ、心霊スポットに行ってきた余韻が残っているため、思い出すと身の毛が立ちそうになった。
家の外観を撮影していたカメラは、戸が開きっぱなしになっていた玄関をくぐり、ゆっくりとした動きで中へと入っていった。
「なんか不気味だなぁ。……っていうか、おかしくないか」
「うん。えらく低い。まるで子供が撮影しているみたいだぞ」
「いや、このアングルは子供どころじゃないな。床に近すぎる」
まるで這いながら撮影しているような低さ。だが這っているわりに進み方は歩くような速度。
「わざとこんなふうに姿勢を低くして、カメラを下にしながら撮ってるんじゃね」
Bくんが立ち上がって、身体を使って説明した。その様子をDくんがお菓子を噛みながら眺めた。
「だとしても、なんのためにそんな」
「そこまでは分からないけど」
Cくんの疑問にBくんは首をかしげる。
とりあえず黙って続きを見ようと思い、誰もが口を閉じて画面に目を向けた。
映像は今、廊下を通っているらしい。うっすらと青く光る板敷きが映っていて、そのまま前に進んでいるのだ。
Aくんはさらに明度を上げて、目盛りが限界になるまで操作した。
すると廊下の途中で動きが止まり、カクンと右に折れて和室の中に入っていく。
室内に人が数名いるのがわかった。ライトの光がまちまちに動き、何かを探っているように見える。
そして数名いた者たちが押入れの前に集まった。固まって話しはじめたいくつかの背中……。
「あれ? これって……」
「うそだろ。まさか俺たちじゃないよな?」
テレビの前に座っていたAくんとBくんが顔を見合わせた。どちらも不思議な感覚にとらわれ焦った表情をしている。Cくんは画面を凝視している。Dくんは持ってきたコップにジュースを注いでいた手を止めた。
カメラはさらに人に近寄り、ビデオテープを手にして喋っているBくんの横顔が映った。カメラとBくんは、手を伸ばせば触れそうな距離になった。
「うわあ! ありえねえよ。なんだこれ」
「俺たちが映ってる。間違いねえよ。俺たちだ!」
「お前あの時うしろにふり向いたか?」
Cくんの問いかけに、Bくんはうろたえながら黙って首を振る。
「おい。これヤバイんじゃねえの。もう停めた方がいいだろ」
「信じられない。なんでこんなことが……」
Aくんは、恐怖と奇妙な感覚に支配され、リモコンの停止ボタンが押せなくなっていた。焦燥した他の顔がAくんに集まる。
「ほんとヤバイって! こんなのもう見ないほうがいいだろ」
「まったくだ。消したほうがいい」
Aくんは、慌てた話しぶりを耳にしつつ、画面を食い入るように見ていた。
「早くしろよ。なんで停めないんだよ」
「俺たち呪われるのか。呪われるのか! 心霊スポットでこんなもの持ち帰ったから祟られたんだろ」
「落ちつけよ。取り乱したって仕方ないだろ」
「いやだってどう考えてもおかしいだろ。なんで持ってきたテープに俺らが映ってるんだよ。時間軸が狂ってるじゃないか」
「いいから静かにしろって。騒ぐなよ」
なぜこんなことが起こりうるのか。Bくんは膝立ちでパニックになっていた。そんな有様にCくんが言葉で制し、Dくんはやんわり掌を向けて、なだめようとする。
しかしそこでAくんが口を開く。
「待て、よく見ろ」
落ちついた声音でそう諭され、三人はまた画面のほうに向いた。
テレビの中の自分たちは廃屋を出て、草だらけの庭に停めた車に乗り込んでいる。カメラは尚もついてくる。
敷地を出、林の小道を抜けて、道路を走る車のテールランプを一定の距離で追随し、たまに空に舞い上がって車の屋根が映った。浮いたり下がったり、ゆらゆらとした動きでまったく離れようとしない。
執拗な尾行。たまに渦のように回転しており、見ていると酔いそうになる。なんとなくだが嬉々とした様子がうかがえる。
「いったいどうやったら、こんな映像が撮れるんだ……」
「人間の仕業じゃねえよ」
「ドローンだよ。ドローンを使ってるんだ。きっと」
半分泣きそうになってるBくんの言い分に、返事する者は誰もいなかった。
やがてカメラは運転する車内に入ってきた。リアガラスのあたりから撮影を続けている。
そのままアパートの駐車場に到着し、それぞれが降車して外階段を上がっていく。カメラは縦に小さく揺れつつ彼らの背中を追っていく。
「まさか……まさか……」
この時にはもうテレビの前にいる全員の顔色が青白くなっていた。
ここから予想されることはただ一つ。誰一人として後ろをふり向くことができない。きっと自分たちの後ろに何者かが居座っているはずだ。
蛇に睨まれたかえるの如く、みな一様に口を縛って、身を硬くして座っていた。
画面の中のテレビには、さっき見ていたビデオの映像が映っている。
Bくんたちの取り乱した様子が流れだした。さっきと同じだった。そして全員が座り、固まった後ろ姿になった。
テレビの中で、同じ画面がまるで合わせ鏡のようになって、奥へ奥へと連続している。もしかすると奇妙な存在がこっちに向けて、順々にテレビの枠をまたいで接近してくるかもしれない。
Aくんたちは今まで感じたことのない恐怖にとらわれ、真剣な顔つきになっていた。
汗がじっとりとにじみ、いっさい身動きがとれない。動けば狙われる、そんな危機感があたりを包んでいた。
誰もが水を打ったように黙っていたが、Aくんがテレビに視線を張り付かせた状態で口を開いた。
「……な、なあ、そこのお前。もう帰ってくれないか?」
その言葉に、前を向いたままのBくんが、震えながら同意して何度もうなずく。
テレビ画面の中で、おびえている三つの背中。
Cくんは、目だけをゆっくりと背後のほうに動かした。それから相手に話しかけた。
「そうだ、もう帰ってくれ。二度とあの廃墟に行かないと約束するから……」
返事はなく、ただ後ろからポテチを食べる音がする。
さきほど心霊スポットに向かったAくん、Bくん、Cくんの三人は、同時にふり返り、本来いるはずのない四人目に視線を向けた。
帰れと言われたDくんは、口の中のお菓子をジュースで流し込んで、皆の言葉にきょとんとしている……。
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