第2話 拳銃と俺


 深夜の公園を散歩していたら、拳銃を拾ったんだ。

 外灯のあるベンチの下に紙袋が隠すみたいにして置いてあった。手にとると思ったよりずっしりと重く、気になって開いてみたらそれが入っていた。

 精巧なモデルガンだと思いながら、レバーを下げて弾装を出してみた。どうやら底まで詰まってる弾は本物っぽい。

 嘘だろ? マジで本物の銃か、これ。

 ためつすがめつしていると、だんだん興奮してきて心臓が胸をドクドク打ってくる。

 当然こうなると試射してみたくなるよな? だからさ、林の奥に見えたホームレスの青いテントに忍び込んでみたんだ。

 案の定、留守だった。あいつら昼間グーグー寝てばっかりいて、夜になると活動しはじめるんだぜ。まるで万年無職の俺みたいだろ。

 んで、中からくっせえ枕パクってきて、さらに藪をわけて林の奥へと入った。セーフティーを解除したあと、銃をカチャリとスライドして初弾を送り込む。

 おっ、すげー心地のいい金属音! これマジで本物なんじゃねーの。なんだか気分がハイになってきたぞ!

 で、ガキの頃にやった火遊びみたいな感覚で、ワクワクしながら地面に置いた枕に銃口を押し当てて、トリガーを引いてみたんだ。

 そしたら薄暗かった周囲が一瞬、枕といっしょにピカって光った。音はそんな響かなかったけど、ブシュって空気が弾ける音がしてビビった。

 いやそれよりも、こりゃ本物だって確認できて、そっちのほうにビビったんだ。

 火薬と布の燃えた煙が夜の湿った空気に混ざって、それが鼻をかすめていって、いやこりゃもう間違いねえなって、緊張と興奮で手が震えだしたのがわかった。

 まったくとんでもねーモン拾っちまった。だが今日はなんてラッキーな日だ。マジでテンション上がる!

 だって日本で本物の拳銃を拾ったんだぜ。こんな機会一生に一度もないだろ。たぶんさっき親と喧嘩して途中から兄貴が混ざってきて、三人がかりで色々説教とか罵倒とかされたから、そういう酷い目に遭った〝おかげ〟でツキがまわってきたんだと思う。

 毎日いろんなコトでむかむかしてたし、俺って昔から何やっても鳴かず飛ばずで失敗ばかり繰り返してきた。運動神経ゼロだし、そこそこやれた勉強でも上の成績のやつから見下ろされてる感じがして、なんか学校社会自体がキモかったし、小学校からずっと好きだった女にイケメンの彼氏ができて、毎日教室とかでイチャラブしてるとこ見せ付けられてムカついたし、あと親が入れって子供の頃からうるさく言ってた志望校に三回も落ちたし、あっもういいや。自分の人生ふり返るなんて、ただただ身体に毒だ。要するになんも楽しいことがなかった人生ってわけだ。

 とにかく何だ。今手にしているコイツを人に向けて、ぶっ放してやりたい。

 誰でもいいから撃ってやろうと思って林を出てみたら、丁度そこへ、夜中の公園なんかでデートしてる高校生くらいのカップルが歩いてきた。

 あ? 何だよコッチじろじろ見てんじゃねーよ。こんな晩に部屋着のジャージ姿の無職が林から出てきたのがそんなに怪しいかよ。

 俺の存在がお前らに何か迷惑かけたのか? つか抱き合うみたいにして肩くっつけんな。世界中のカップルどもはデートすんなら俺の視界の届かないところでやれ。

 よっしゃ。じゃあ最初の標的はお前らに決めた。

 ちょっと緊張してビビってっけど、どうせ自分のくだらない人生がどうなったっていいや。

 上着のポケットの中で手が震えてるのがわかるけど、いや、手だけじゃなく足とかもブルってんけどやってやるよ。

 セーフティーは外したままだし、あとは野郎のほうに向けて指を引いたら、それでお陀仏ってわけよ。

 愛する男の頭がいきなり爆ぜてぶっ倒れたら、このアイドルばりに可愛い女はどんな顔して悲しむだろうなあ。

 きっと驚くはずだし、悲鳴だけあげて真っ青になって棒倒しに倒れたら、それはそれで面白い。意識がなくなってるトコ、彼氏と一緒にあの世に送ってやんよ。

 しかしなあ……。こいつらの仲がどんだけ深いのか知らないけど、いきなりデートの邪魔をしちゃ悪い気がするな。

 俺みたいに二十三になっても彼女ができない奴よか、よっぽどマシな人生送ってそうだし、まじめに働いて納税して将来は結婚して子供を育てて、子孫繁栄にも貢献するんだろうな。

 少子化社会に貢献しちゃってる非納税者の俺よりも、よっぽど世の中にとって役立つ存在だし、無理に標的にしてやる必要はないな。

 じゃあこいつらを撃ち殺すのはヤメにしよう。とか思ってるうちに、奴らとっくに俺の横を通り過ぎて向こうのほうまでいっちゃった。まあいいか。次いこ次。

 上がってたテンションちょっと落ちてきたけど、気を取り直して堂々と大通りまで歩いて行った。ここらは場所が場所なだけに深夜でも結構人がいた。

 俺はレンタル屋でエロDVDを吟味してる時以上の興奮を覚えて、どいつをターゲットに選んでやろうかと目を忙しく動かして相手を探した。

 で、コンビニのほうを見たら格好の標的を発見したんだ。今の俺にとっちゃ願ったり適ったりの相手だね。ぜひとも全員撃ち殺してやろうと思う。

 いったい誰だって? ははっDQNに決まってるじゃん。店の駐車場にズラッと悪趣味なデザインの改造バイクを並べて、入り口のところに固まって何の雑談してんのかここからじゃ分かんないけど、とりあえず他の客の邪魔になってることは間違いなし。

 現にスーツ着た会社員みたいなおっさんが店に入ろうとしたけど、連中を見るなりきびすを返した。ああいう奴らこそが社会から排除されるべき存在だね。

 だいたいDQNってのは学校時代の頃、俺みたいな奴を殴ったり蹴ったりパシらせてイジメた経験があるだろうし、好き勝手生きてきて、いろんな人間に迷惑をかけてきたはずなんだ。

 元犯罪者とかの年少上がりが多いっていうし、実際にああやって改造バイクでうるさい音を立てながら、大勢の人間が仕事や学校に疲れて眠っている夜の街を暴走運転しているしな。

 どいつもこいつもどうせ働いてないだろうし、ほんと迷惑極まりないね。まさに社会の害悪って感じ。まだ俺のように無職をしていても、ひっそり大人しく暮らしてる奴のほうがマシってもんよ。

 じゃあ早速やらせてもらうとしよう。ポケットの中の銃が火を吹いちゃうよ?

 モノホンの銃を装備してる今の俺は無敵だから、あんなDQNの群れなんて微塵も怖くない。

 ちょっと手足が震えてるけど武者ぶるいってやつよ。奇抜な髪型と服装でたむろしてるのが十人くらいいるけど、離れたところから撃ちまくればきっと当たるだろう。

 拳銃の弾装って何発入るんだっけ。まあいいや、外さなきゃどうにか足りるはず。

 五メートルくらいの距離まで詰めると、何人かがこっちの接近に気付いてキモイ視線を向けてきた。

 いつもの俺ならここで下を向いて、二度と目を合わさないようにしてそそくさと通り過ぎるんだけど、今は条件が違うからな。心臓がバクバク鼓動を打ちまくってるけど、この機会を逃したら俺は一生、DQN以下の愚か者になっちまう。

 汗ばんだ手をポケットに入れたまま相棒をグッと握り締めて、負けそうになっている自分を鼓舞した。

 ヤバイ! こっちに何か話しかけようとしているらしく、一人が不機嫌な顔をして立ち上がった。 

 な、なんだよ。俺がじっと見てて何か悪いのかよ。お前らだってこっちじっと睨んでるじゃねえか。お互い様って言葉を知らねえのかよ。

 くわえタバコの煙を昇らせながら、すげー怒った顔で俺の目を見たまま、いっさい他を向こうとしない。

 こっちがジャージのヒョロイ奴で喧嘩弱そうに見えるからって、完全にバカにしてきやがって。じゃあまずはさ、お前からやってやるよ。

 まさか銃を持ってる奴を相手に喧嘩を売ってるなんて自覚はゼロだろうし、このバカどもをバンバン撃ちまくって目ん玉が飛び出るくらい驚かせてやる。

 だけどなあ……。こういう元気な奴って意外とまじめに働いてるのが多いんだよな。子供の頃やんちゃしまくってる影響か何かで、大人しく生きてきた俺みたいな奴よりもストレスのガス抜きができているから、成人した頃に人格者になる場合があるんだよな。

 働いてないなんて決め付けたけど昼間は、土木か建設関係の仕事とかして、夜にバイクで発散してるだけかもしれない。

 今こうして俺が立ってる道路だって、こういったタイプの奴らが几帳面に測量して日差しに汗しながら敷いた道路かも知れないし、電気や水道やガスとかのライフラインだってこういう人が作っただろうし、家やビルや店の建物だって同じことがあてはまる。

 それに結婚して子供をたくさん作って幸せな家庭を築いている人が多いし、子供が多いってことは未来の納税者を増やしてるってわけだよな。もちろんDQNの遺伝を引き継いで犯罪者になる奴だっていると思うけど、それだって更正すれば社会にとって役立つ人間になる可能性はある。

 違法バイクやケンカで迷惑なこともしてるだろうけど、独り身でおそらく結婚もできない俺と比べたら、よっぽどマシな人生を送ってると思うんだ。

 ガチでヤバイ犯罪者もいるけど別にDQNに限った話じゃないし、話してみたら意外と根は優しくて親切なのがいるって言うから、だんだん標的にする気が失せてきた……。

 そんなことを色々と考えているうち、いつの間にか歩道をとぼとぼ歩いている自分がいた。

 ふり返ってみたら、さっきのコンビニは遠くなっていた。うーん、まあいいか。DQNはまた今度にして別の相手を探すとするか。

 あまりひと気のない住宅街に足を向けて、キョロキョロしていたら、ふいに後ろから誰かに声をかけられた。

 なんだよ急に、って。ゲッ! 今一番会っちゃいけない相手じゃん! ヤベエ!

 おれがビビった顔で肩をすくめたのが不審に思ったらしく、制服姿の警察官の表情が厳しいものに変わった。

 ハンドライトを無遠慮に当てられて目がくらむ。

 職質される! そう察した途端、読みどおりの質問をこっちに投げかけてきた。

 まさか親と大口論の果てに家を飛び出して、公園で拳銃を拾って……。なんてバカ正直に言うわけにはいかないよな。

 だからふっつーに夜の散歩をしてて、これからウチに帰るところですって嘘をついた。

 でも手垢のついた言い訳だと思ったんだろうね。あと伸ばしっぱなしの頭髪と、着たきり雀の古臭いジャージを着ていたのもマズかった。

 警察官が声音を威嚇じみたものにして、さらにあれこれ追求してきたんだ。

 両手をポケットに入れたままだったから、何か取り出すんじゃないかと警戒してそっちジロジロ見てるのも分かる。

 どうしよう……。どうしよう……って、そうだ! 俺って今とんでもないモン持ってたんだ。銃だよ銃! もしもこんなもの携帯してるのがバレたらどんな罪になるんだっけ。先に公園の林の奥で一発ぶっ放したから、そういうのまで発覚したら、カンペキ逮捕沙汰になって親や兄貴に説教くらうだけじゃ済まねーよ。

 確か国内で発砲すると、殺人罪と同じくらいの刑罰が下るっていうし、いやヤバイこれ。マジでヤバイ!

 心臓が今までにないくらい胸の内側で暴れまくってる。顔色だってすごい色をしていると思う。表情は完全にパニクってて、誰がどう見ても挙動不審なのが自分でも分かった。走って逃げたくなったが足に力が入らない!

 ……終わった。俺の人生終わった。結局何も成し遂げられないままバッドエンドかよ。どうせ捕まって臭いメシを食うハメになるなら、自分のいけ好かない誰かに向けて、一発だけでも撃っておけば良かった。

 待てよ。……あっ! そうか。俺って間が抜けていた。

 ポケットの中のものを、今ここで使えばいいんだ。

 すぐ目の前にいるから銃を抜き出して、先端からバンってやればこの場をしのぐことができる。いやマジでその方法しかねえだろ。

 つか、だいたい警察官って高圧的な人が多いんだよな。

 以前、ただ道を散歩してただけで、いきなり近寄ってきて、こっちを主観だけで判断して思いっきり不審者扱いされたことがある。何も悪いことなんかしてないのに、まるで犯罪者みたいな前提で、居丈高に職質されてつらかった。

 あと別の日に、道路で一時停止しなかったパトカーにムカついて、小声で文句言ったのが聞こえたらしくって、逆にこっちが悪いみたいに話をすり替えて、根掘り葉掘り訊かれてこられたし、とにかくいろいろと嫌な目に遭わされてきたんだ。

 よし。じゃあやってやろうか。まさかこの手の相手が第一ターゲットになるとは思ってもみなかった。いっそ上着のポケットごしに撃って意表をついてやろう。

 めちゃくちゃビビって歯がガチガチ鳴りそうだけど、すぐに終わるから大丈夫だ。うん大丈夫……。落ち着いてやればきっと成功する。

 だけど、警察官にも良い人はたくさんいるんだよな。子供の頃、警察署見学に行ったことあったっけ。俺みたいなガキを相手に誰もが親切に接してくれて、子供の稚拙な質問にも懇切丁寧に答えてくれた。

 このまえだって自転車で信号機のない横断歩道を渡ろうとしたとき、バカなドライバーどもが誰一人として止まらなくてムカついてたら、白バイの警官が停止して対向側の車にも止まるよう合図を送って、俺の自転車を渡らせてくれた。

 そもそも今こうして比較的治安の良い街に住めるのも、警察の人らが毎日パトロールをして防犯活動に勤しんで、犯罪者がいたら捕まえて頑張ってくれてるおかげなんだよな。

 そんなことを色々考えていたら、じゃあ気をつけて帰ってくださいなんて言い残して、警察官は歩いて行ってしまった。

 てっきり所持品検査をしてあれこれ漁られると危惧していたのに、意外とあっさり行ってしまった。

 俺があまりにもビビっていたから、こいつはただのヘタレ野郎で犯罪なんてできるようなタマじゃねえな、って可哀想に思ったから解放したのだろうか。

 よく分からないけど、去り際にちょっと笑っていたような気がする。

 まあいいか。たまたま運が良かったおかげで、難を逃れることができたみたいだから、もう今日は家に帰るとしよう。

 ターゲットを探すのは明日の夜でもいいや。相棒はずっと俺専用のアイテムになってるわけだからな。自分の部屋でじっくりと本物の銃を眺めて触って、いろいろと楽しみたいし、今は夜中の何時か知らないけど、大人しく帰って朝までまったり過ごすとするか。

 やがて家の玄関まで着いた時、胃に重いものがやってきて、気分がズドンと下がった。

 そういえば俺って家族と喧嘩して家を出たんだっけ。電気消えてるからもう寝てるみたいだけど、もしかしてカギ全部締めてるんじゃねえの?

 とか心配したけど裏口のドアはあっさりと開いた。無用心な家族だなまったく。腹が立ってカギ掛け忘れて不貞寝しちゃったか。

 起こすと面倒だからそっと靴を脱いで、静かに廊下を歩いた。

 だけど家の中の空気を吸っていたら、だんだんさっきに言われたことが脳裏にやってきた。続いてムカムカした気分が再燃してきやがった。

 ああそうだった。働けだ何だとうるさく言われたんだ。

 いや俺だっていつまでも無職なんかやってないで、いい仕事を見つけて毎日働きてえよ。でも俺がやりたい仕事ってハロワやネットじゃ求人してないし、特殊が技術が必要なものばかりで、努力したって挫折しまくりなんだよな。

 現実はどれもこれも長時間拘束されてすぐに飽きてきそうな退屈な仕事か、ブラックばりにやたらキッツそうな職ばっかで嫌になる。

 給料や休日のことだって腑に落ちないし、基本的に俺ってコミュ能力に自信がないから新しい環境でぜんぜん知らない奴、しかも上司や先輩ばっかのめんどくせー空間で、円滑な人間関係を築くことなんて絶対できやしねえ。

 今まで簡単なバイトはいくつかやったことあるけど、そういう職場ってだいたい底辺のレッテルにまみれたおかしい奴とか、やたらと新人をいたぶる口うるさい職人気取りの先輩がいるんだ。だから、まともに続いた試しがない。

 仕事中、トロトロしないでもっと早く動けってやかましく煽られるし、分からないことがあったら質問しろとか言ってきた割に、実際そうしたら、そんなコトも分からないの? ってバカにした目で嘲るような態度をとって、まともに仕事を教えようとしないんだよな。

 同世代の女がいたらいたで、俺の存在なんか完全スルーしてて、あんたみたいなのは端から恋愛対象から排除してますよってな感じで、こっちが話しかけてもすげー冷たい態度をとられる。

 そんな自分とは相性の悪すぎる職場という世界に毎日身を置いて、一生懸命働けって言うのは、死ねって言ってるのと同じだろ。

 要するに俺みたいな奴って、ブサイクなツラした深海魚と同じなんだよ。

 暗いところで孤独にひっそりと生きるのが合ってるんだ。なのにそれを海の底から無理むたいに引き上げてきて、太陽の日差しがクソ眩しい青空を、毎日鳥みたいに元気に飛び回れって、そんなの土台無理な話だろ。

 俺に働けって言うのはつまりそういうことなんだ。どんな人間だって適材適所ってものが当てはまるんだ。人生に失敗した奴にはそれ相応の、暗くてジメジメした場所がお似合いってわけよ。

 どいつもこいつも、俺という無能の日陰者を、明るい場所で活動させようと率先してくるんじゃねえ。

 なんて、色々と不平不満を頭の中に並べていたら、上着の中の相棒を取り出したくなってきた。

 だってそうだろ。自分の家というのは安らぎを得るべき場所なんだ。安息の地なんだ。なのにそういう心を安らげるべき唯一の場所で、説教くさい家族という邪魔者がいたら、俺はいったいどこで心を休ませればいい。

 ただでさえ過去と現在と未来という、どうにも解決しようのないストレスに苛まれているのに、そこへ働けだの結婚しろだの跡継ぎうんぬんについて、口うるさく説教をかまされたら、脳がパンクして気が狂いそうになる。

 だから俺はもう奴らを始末することに決めた。

 兄貴は二階、両親はすぐそこの寝室にいるはず。さっきの外の連中みたいに、起きて活動しているわけじゃなく眠っているだけだから、狙いをつけて弾を埋め込むなんて子供だってできる。

 子供にできる簡単なことなら俺にだってできる。

 文句ばかりぶつけきて精神的な負担を増やして、どんどん俺を窮地に追い込んで狂わせようとする家族どもを標的に選んだことに、戸惑いがないかといえば自信はないが、ここでやらなければ明日もきっと同じ目に遭わされる。

 最近とくに風当たりがきつくなってきたから、今後それがエスカレートしていくはずだ。

 そうだ。だからやるんだ。

 脳裏で決意を固めたあと、銃を抜いて静かに撃鉄を起こした。目が視界に慣れてきた暗い廊下を、靴下滑らせて慎重に歩いた。

 冷たいドアノブを握って、ゆっくりと回す。

 予想通り、寝息が聞こえ、二人がそれぞれのベッドで眠っているのが分かった。

 こっちが終われば次は兄貴の番だ。布団か何かに銃口を当てて発砲すれば、いくらか音を小さくできるのは実証済み。

 覚悟を決めて一歩ずつ、カーペットの上を進んでいくと先ほど以上の戦慄がやってきた。呼気の音が大きくなり、鼓動も暴れだして口内が乾燥してくる。

 けれど、父と母の寝室に入って、肉親の匂いを鼻に感じていると、なんだか胸に懐かしいものがよみがえってきた。

 今はこんな人生だけど、子供の頃は楽しかった。

 休日には家族四人でデパートに出かけ、おもちゃを買ってくれたり、美味しい食事をみんなで楽しんだ。連休になると旅行に行ったり、大きなテーマパークに連れて行ってもらって、兄貴と夢中で遊ぶこともあった。

 海や山で今まで見たことのない壮大な景色を眺めた。みんなが幸せだった姿をカメラのレンズに通して、たくさん写真の中におさめた。今は部屋の押入れの奥で、アルバムと一緒に埃をかぶっているが、当時の俺にとっては宝物だった。

 学校行事の参観日や、親子での遠足や運動会や文化祭などにも、まめに参加してくれた。仕事や家事で忙しかったろうに、いつも笑顔で来てくれた。

 まさか俺が大人になった時、こんな有様になるとは思っていなかっただろうな。  

 将来をいろいろと期待して養育費と労力をかけて育ててきたのに、こんなふうに恩を仇で返すかたちになるとは、思ってもみなかったはずだ……。

 ベッドで眠る両親の影を眺めつつ、昔を思い出して、楽しかった頃の出来事を回想していると、いつの間にがポロポロと涙を流している自分がいた。

 なんだこれ……。ちくしょう。今日は気分がのらねえよ。やっぱヤメにして明日考えることにしよう。

 何日も着込んだジャージの袖で目をぬぐいながら、鼻水をすすって自分の部屋に戻った。灯かりのスイッチを入れて、適当な場所に座り、ややあってから銃を抜いて掌に置いてみた。

 サイズよりも重みのあるそれを見つめていると、とつぜん頭の中にパッとひらめくものがあった。

 この銃を用いて、もっとも標的にしなければならない相手とは、いったい誰なのかということを。

 そうか。そういうことか。やっと分かったぞ。この世で一番不必要な存在がこんな近くにいたとは。

 弾数は充分にあるけど、一発あれば問題はない。しかも確実に仕留めることができる。

 もしかすると神ってこの世界にいるのかもしれないな。不運な俺にこんなチャンスを与えてくれたんだ。ぜひとも生かすべきだ。

 

 そして数秒後。

 俺は、最初で最後のターゲットに向けて、迷いなく引き金を引いた。


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