第8話 メロディを思い出して



 次の日、俺は朝から学校だった。授業を受けている間も、友達と会話をしている間も、なんだか頭がパッとしないし渡辺さんのピアノの音色が頭の片隅で流れているようだった。


 知らない曲だったし、メロディが流れているわけではないけれど、音だけが心地よく響いていたのだ。



「…るか!おい、遥!」


「はい!」


「お前大丈夫か?朝からずっとぼーっとしてるけど、寝不足か?」



 俺のことを心配してくれているのは同級生の橋本だ。橋本とは大学に入ってすぐに必修の英語のクラスで出会った。周りはサークルの仲間同士で仲良くしていることが多いので、珍しいと思われることも多いかもしれない。俺もなぜかわからないけれど、橋本に話しかけられて意気投合したのだ。


 橋本は学食でカレーを買って、俺が待っていた席に帰ってきたところだった。




「別に寝不足ってわけじゃないけど、ちょっと考え事してるっていうか…。」


「考え事?どうしたんだよ。…まさか!ついに、可愛い可愛い小野田君にも好きな人が出来たのか?」


 橋本はそう言ってニヤニヤ笑っている。


「そんなんじゃないよ。っていうか可愛いってなんだよ。」


「え?そのまんまだろ。小さいし顔だって小動物みたい。」


 そういって小さい動物にするみたいに頭をなでてきた。確かに俺は平均の大学生男子からしたら背は高くないし、ガタイだって良くない。顔だって小学生くらいまでは女の子に間違われていた。今だって背の低さくらいは少し気にしているのだ。


「ふざけるなよ。」


 俺は問答無用で橋本の手を振り払った。


「わかった、わかった。ごめんって。…ところで悩みって何なの?俺で良ければ聞くけど。」



 橋本は優しい。今の冗談も俺を元気づけるために言ってくれていたのだろう。


 俺は渡辺さんのことの一連を話した。橋本と渡辺さんの面識はない。むしろ、バイト先のことすらあまり話さない。



「うーん。」


 話を聞き終えた橋本はうなった。


「難しいよな。俺はそういう習い事とかで伸びたやつがなかったから渡辺さんの立場というか、気持ちとかも想像がつきづらくて。」


「でも、遥は渡辺さんを助けたいんだろ?」


「…うん。」


「うーん…あ、そうだ!そんなに有名な人なら、ネットとかで調べたら次の公演場所とか出てくるんじゃない?」


「え、どういうこと?」


「もう一回見に行って、それでも苦しそうな表情なら、調子のいい悪いが問題じゃないってことくらいは確かめられるんじゃないか?」


「…確かに。…でもそんな、こそこそと調べるようなことしてもいいんだろうか…」


 渡辺さんがもし、自分のことを知られるのが嫌だったら。それで嫌われてしまっては、元も子もない。


「そっか…何とかなんねーかな。」


「ごめんな、相談に乗ってくれたのに、逆に困らせちゃったな。」


「いや、俺こそいい案が思いつかないし。また何かあったら言えよな。」


「うん、ありがとう。まあ今日はこんなぼーっとしてるけど、しばらくすれば大丈夫になると思うから。」


「おう。」


 本当に橋本はいいやつだ。今も俺が迷惑かけているのに、やさしく笑いながら、また頭をぽんぽんしてくれる。




 俺はその後もずっと考えていたが、結局タイミングを待つしかないのかなとも思った。無理に色々やってしまって、渡辺さんを傷つけることだけはしたくなかった。

 


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