第5話 差し風

 


 俺は、ショッピングモールでの出来事からしばらく、渡辺さんとシフトが被らなかった。やっと一週間後の土曜日に、夕方から閉店作業のシフトで渡辺さんと一緒になったのだ。

 正直、気になっていた。本人にストレートに聞いてもいいのかはずっと迷っていたけど、見て見ぬふりには少し苦しいと思ってしまうのだ。




 俺は聞きたい気持ちはあるものの、何と切り出したらいいのかわからずに、勤務に集中できずにいた。

 もう司での仕事内容にも十分慣れているので、多少集中できなくとも問題なく働いていた。ところがいつもと違うことが起こると話は別になる。



「なあ、兄ちゃん七味ないの?」


「はい?…七味ですか?」


 夜の9時過ぎに来店した、サラリーマンらしきスーツの男性だった。俺の父さんと同じくらいの年だろうか。


「焼き鳥にかけるから。小分けの袋に入ったやつとかあるだろ。」


「申し訳ございませんが、こちらではご用意がございません。」


 この駅は、駅の中にも外にも焼き鳥を置いている店はすくなくない小規模激戦区ともいえる。司は、使用している鶏の品種にもこだわり、肉そのものの味で勝負するという戦略だ。そのため、たれもそんなに濃くはないし、とりあえずは何もつけづに食べてほしいという思いから、薬味などは用意していない。

 だけど俺は、たれがべったりついた焼き鳥もそれはそれで好きなのだが。


「はあ?焼き鳥には七味ってきまってるだろ。用意していないなんて、焼き鳥を置いてる店としては失格だな。」


 少し酔っているのだろうか。普段はあまり酔っているお客様は来ないので、正直どうしたらいいのかわからなかった。


「申し訳ありません。」


 こういう酔っぱらっている人は否定してはいけないとどこかで聞いたことがあった。けれど一応司の店員としては商品へのこだわりを伝えるのが、マニュアル通りなのだろうか。


「いいから出せよ。」


「いえ、ですからこちらには用意がないので…」


「だから七味よこせっつってんだろ!」


 ついに男性は怒鳴り声をあげた。向かいの惣菜店、弥生の店員も心配そうにこちらを見ている。

 これは少しまずい状況かもしれない。これ以上気に障らないようにしないといけない。だけど、謝る以外にどうしたらいいんだ。どう頑張っても用意がないものは出せない。

 今日いる社員の人は女性だから、もう少し様子をうかがってから相談した方がいいかもしれない。店長だったら男だし、ガタイもそれなりにいいので安心なのだが。


 

 そんなこんなを頭の中で考えてるうちにも男性はヒートアップしていった。


「だから七味だって言ってるだろう!ちょっとこっちに来い!」


 そう言って男性はこちらに手を伸ばしてきた。顔の近くに手が伸びてきたので俺はすかさず横に避けた。




「……ん?」



 

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