第3話 メロディーの先端

「えー、じゃあ明日は?」


「どうしようかな?」


「ねー、いいじゃん。あそぼ。」


「まあ、お前がいい子にしてたらな。」


「えー、何それ?うふふ。」



 まったく。おとなしく聞いていれば、ただのイチャイチャしてるカップルじゃないか。男の声が冷たかったのも女の気を引くための演技だったようだ。

 大体、何でわざわざこんな暗い高架下で話す必要があるのか。俺からしたらかなり疑問に感じるところである。

 そんなカップルは、イチャコラしたまま駅の改札口の方へと消えていった。



 俺は様子をうかがっていた自分さえばかばかしくなり、ここで立っていても仕方がないので、帰ることにした。



「あ!…は、小野田君。」



「…渡辺さん!」


 振り返ると私服の渡辺さんが立っていた。シンプルなTシャツに黒のスキニーパンツ、グレーの薄いロングカーディガンを着ていて、長身の彼にはよく似合っている。


「あれ…もう帰ったかと思ってました。」


「ああ、ちょっとお手洗いに行ってたんだ。…小野田君、こんなところで立ち止まってるなんてどうしたの?」


 俺はいきなり話しかけられたのと、見慣れない姿の渡辺さんがいつもよりさらに華やかで少し緊張してしまっていた。


「あの、えっと、門の外で話してる男女がいたので修羅場だったらまずいと思って様子を見てたんです。」


「それで知らない人の会話盗み聞きしちゃったんだ?」


「え…いや、ちが…えっと。」


 俺は慌てて訂正しようとしたが、長身でしかも美形のイケメンに顔を覗き込まれて言葉がうまく出なかった。


「うふふ。冗談だよ。もう遅いし早く帰りな。」


「あ、はい…。」


 渡辺さんはそのまま、「じゃあ、また。」と言い残して帰ってしまった。服装もそうだけど、渡辺さん自身の雰囲気も違っていたような感じがした。

 あんなに陽の感情というか、楽しそうな彼を初めて見た。




 




 ある日、遊ぶ予定で開けていた日にキャンセルが入ったため、一人で買い物に来ていた。そんなに都心ではないけれど大きめのショッピングモールだ。自分が好きな雰囲気の店があればいいので一人で行くときは大体そういう場所に行く。



 俺は冬に向けてコートを買った。カーキのモッズコートで少し高かったけど一目ぼれしてしまった。まあ、いいものを買えば長く着られると考えよう。

 

(はあ…結構こういうところって乾燥してるよな。のどが渇く。)


 俺はよくあるチェーン店のジューススタンドで3種のベリーのジュースを買って近くのソファーで飲んだ。

 目の前は一階の広場からの吹き抜けになっていて、俺のいる二階からは広場での催し物が少しだけ見えた。


「今日って…土曜日か。毎週こういうのやってるのか?」


 今日はピアノのコンサートをやっているようだ。ちょうど司会者に紹介されて演奏者が出てきた。


「本日ご演奏いただくのは、先日行われた全日本ピアノコンクールで金賞を受賞された方です、どうぞ!!」


 俺は目を見張った。なんと名前を呼ばれて出てきたのは渡辺さんによく似ている人…ではなく渡辺さん本人だったのだ。


「え…渡辺さん?」


 自分の気のせいかと思ったけど、あの華やかな雰囲気も含めて渡辺さんだ。


(何で渡辺さんがこんなところにいるんだ?)


 俺は目の前の手すりにしがみついて広場を見下ろした。

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