第35話 朱夏の日常 バカな男

 本業のコラムが滞ってしまって、こっちを済ませなければ、生活に困るから、しばらくお休みしよう。

 

 ネットライターズというコラム記事を書いて欲しいというサイトに登録して、すでに三年がたった。

 地方紙の取材コラムも手掛けるようになった。

 だけど、家にいる仕事なので近所からはいったい何やっているのか心配されている。

 まぁ、引きこもりに近いくらい、以前なら家から出なかったので、いつでもいると思われていた。

 ただ、この、両家同時建て替えの騒音がなければ、ずっと家にいただろうし、自分の生活に波風など立たなかったのだろう。と思うと、ほとほと迷惑な限りだ。


 なぜそう思ったのか不思議でしようがないのだが、その日も朝早くに出かけようとしたら、元夫、あたしバツイチです(こうやって書けるのも、きっと、ファミレスのおかげかも)。その元夫が朝早くに家の前に立っていた。

 ぎょっとしたし、平日の朝早くに何やってるんだ? と怒りさえ覚えた。

「何、してるの?」

 あたしのごく普通の質問に、イライラしげに

「何だぁ? お前こそこの朝早くからどこ行くんだよ。お前みたいなコミュ障が仕事始めれるわけないし、あれだろ、店長だろ、あいつと付き合ってんだろ?」

 何を言っているのか不明だった。そもそも、なんで別れた亭主から出かける先を言わなければいけないのか? そして、店長と付き合って(いないけど)いると報告しなくてはいけないのか?

 あたしが黙って眉間にしわを寄せていると、元夫は人の家の門扉を、どこで拾ってきたのか棒で叩く。なんで棒なんか持ってんだ、この人は?

「そういうところが可愛くないんだよ、イラつかせんな」

「別に、ファミレスに仕事しに、」

「ウソつけ、お前が、ファミレスなんか行くやつかよ。めんどくせぇとか、お金かかるとか言って出かけなかっただろうが?」

 それはあんたのほうだろ? 結婚記念日とか、誕生日にも出かけず、自分の誕生日には豪勢にしないと、機嫌が悪くなるし、姑に、大事にされていないって訴えてただろうが?

「大体お前が外出するなんて、」

 と言ったところで工事が始まった。元夫はぎょっとして左右を見る。

 あたしも隣を見る。業者がちらりとあたしのほうを見てかすかに笑った。ナイスタイミング。

「あなたのほうこそ仕事なんじゃないの? 作業始まったから、八時になったよ」

 あたしのさめざめした言葉に我に返った元夫は、何か言おうとしたが、工事の音がうるさいし、確かに、この中に居て平気なわけはなかろうと思ったのか、ぶつぶつ言いながら一歩下がった。が、

「だからって、なんであいつの居るファミレスなんだよ」

「こんだけの資料を広げられて、なおかつ、いつまでもいていい場所が近所にあそこしかなかった。フードコートも考えたけど、あそこは長いすると子供連れの主婦ににらまれる。店長のところは一人掛けがあるから。てか、なんであたしの行動を知る必要があるの? もう赤の他人でしょ? あたしが店長と仲良くするのが気に入らない? 別れた女房でも、店長に取られるのは許せない? あんた、店長となんだかんだと張り合ってたもんね。すべて負けてたけど」

 元夫が棒を振り上げ殴り掛からんとする勢いだったのを、

「あぁ、すみません、それうちの角材ですよね、いやぁ、探してたんですよ。まったく、こういうの鹿が居て困りますよ。ですよ、。見つけてくださってありがとうございます」

 と業者が後ろから腕を掴み、角材を取り上げてくれた。

「いや、あの、その」

「あぁ、いつもうるさくてすみません。そして、いつも差し入れどうもです」

「いえいえ。暑いですからね」

「めっちゃ助かりますよ。ほんと、がお隣でよかったですよ。さもなければ、両隣同時に工事なんて、苦情どころじゃないですよ。下手したら、裁判でも勝ち取れますよ」

 あたしは苦笑した。業者がどうでもいい会話を続けるので、元夫はいたたまれなくなって立ち去った。

 あの人は、自分より強いモノには弱い。あたしも強いと解ると暴力に出る。女だから、殴ればいいと思っているようだった。

「大丈夫ですか?」

 両隣から工事の音がやみ、業者の人たちが通りに出てきた。

「すみません。助かりました」

「あれ、元旦那でしょ? 昨日来たんですよ。俺らはどこ行くか知らないっていうと、激怒して、あれはやばいってなって、警察とかいに言ったほうがいいですよ」

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」

 業者の人に酷く心配をかけられながら、あたしは今日は「ファミレスは、あいつ行ってそうだな」と思い、普段はいかない図書館へ行った。

 図書館は面白くないのだ。みんな静かなので、盗み聞きができないから。

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