第29話 お母さんは大変だよ

 主婦バイトの鈴木さんが、店内に入った途端手招きをした。

 厨房の出入り口側に四人掛けの席があるが、あまり客を入れたがらない席。そこへ引っ張り込まれ、座らされる。

「ねぇ、手芸得意?」

「は、はい?」

「それ―手提げバック―手作りでしょ?」

「ま、まぁ」

「教えて?」

「何、急に?」

「小学生の娘のクラスでね、手芸得意なお母さんがいるらしくって、なんか、手作りカバンとか持たせて来るんだって、それ見て、うちの子が、裁縫得意なお母さんがよかったとか言い出して」

「それはまた、難儀な、」

「で、あなたのカバン手作りだから、教えてほしいなぁって」

「そりゃ、いいけど……。独学で、適当だけど」

「いいのよ。明日、あたし休みなんだけど、ここじゃぁ、何なんで、図書館あるじゃない、あそこの一階に交流スペースがあるから、あそこで教えて」

「あ、いいよ」

「何が居る?」

「……何を作る気?」

「鞄?」

「……、手芸やで待ち合わせしようか」

「助かる」

「明日の、十時?」

「ありがとう」

 ということで、待ち合わせして十時半になった。

 いやいや、鈴木さんは張り切って、開店と同時に手芸店で布を選んでいたようだけども、いまだに決まらない。

「ほんと、どうしよう。このキャラクター? それとも、こっちがいい?」

 とさんざん悩んでいる。

「キャラ物はやめたほうがいいよ」

「なんで?」

「飽きるから。今好きでも、一年後好きかどうか不明。そのアニメが終わったら、使わなくなるかも。一年使ってくれたらいいけど、一か月で飽きる可能性もある。それなら、その子のキャラクターに合ったものがいいと思う。上の子って、髪の長い、ちょっと少女趣味だったじゃない、だから、こういう、小花柄で、でも、学校で使っても汚れが目立たないような感じがいいよ」

「あぁ、すごい、なんか、ほんと、いいね」

「じゃぁ、これにする? この分なら、カバンと、弁当袋とか、なんかもう一個作れるよ」

「ほんと?」

 鈴木さんの買い物は、高くついたけれど、本人は満足そうだった。

 福祉交流センターには、期日前選挙か、図書館にしか着たことがなかったが、一階にはだれもが利用できる交流室というのがあった。

 四人掛けの丸テーブルが四つしかない場所だが、それでも二つのテーブルには人が居て、それぞれの話をしていた。

 窓際の明るい場所に座る。

「さて、鈴木さん、あなたの裁縫能力をまず見たい」

 鈴木さんは苦笑いをした。まぁ、すぐにその実力を見て、苦笑いの理由は分かったのだけども、こういう人っているんだ。

「わざと、やってないよね?」

「どうしても、こう、なんていうの? 無理なのよ」

 薄い布になみ縫いするのに、肩に力を入れて、刺していく人、初めて見た。こちらも自然と力が入る。

「しんどいわぁ」

 あたしの言葉に、鈴木さんも笑い声が漏れる。

「とりあえず、上達への早道」

 と言って、糸のついていない針をただひたすらぐし縫いさせる。

 長時間やっていても肩のコリにくくするために、できる限りそれに時間を割いた。それができればあとは技術の問題なのだ。ただただ、針を楽に動かせれれば何でも作れる。

 鈴木さんはかなり飽きていたが、娘さんにいいもの持たせたいんでしょ。と言って我慢させた。

 お昼は近くの喫茶店でランチを食べて、その後も続け、三時までそこにいた。

「まだ作れない?」

「作っていいよ。一応、布は切ったし、縫う場所には目印つけておいたから」

「じゃぁ、できるわね」

「多分」

 そしてあたしたちは別れた。

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