第24話 母親の苦労・ちくり

「ありがとう、ありがとう」

 ファミレスの元喫煙席は店の奥のほうにあって、壁が茶色で証明も他と違って濃いので薄暗く感じる。混雑していなければ、よほど好きでなければ選んで座ろうとしない席だ。

 コラムのための記事を読むので、カウンターではなく元喫煙席の二人掛けに座っていた。

 その隣の四人掛けに、先に一人座っていて、待ち合わせがあると言ってメニューを見ているが、人が入ってくると顔を上げるのでよほど待っていたのだろう。

 待ち人は同年代らしい中年婦で、大きなカバンを持っていた。

「ごめんね」

「いいのよぉ、それより、なっちゃん、とうとうその気になったの?

「なったというか、なれって感じで、見せようかと」

「なるほどね、いくつだったっけ?」

「36歳」

「まぁ、まぁ、そうね。えっと、別にいろいろと条件はなかったのよね? ちゃんと仕事してて、次男で、まじめで、飲酒喫煙がなくて、あとなんだっけ?」

「貯金している人」

「そうそう」

 条件めっちゃあるやん。

「いいなぁって思ったのはね、この人まずどう?」

 見合い写真を広げる。

 多分、仲人なんかの世話をするのが好きな人―まだこんな人いるんだーと、普段は、彼女と関わらないようにしてきただろうけど、ちょっと娘が行き遅れ気味だから焦っている母親。という感じかしらね。

 ちょうど、写真が横目で見える席だったので、写真を見た。

 今時のお見合い写真、いや、今も、昔も見たことはないが、それにしても、白スーツに、強風に当たっても乱れません的な髪、極めつけが、その写真のフレームがバラって、今時の見合い写真てこういうの? 笑いそうになったので、私は資料を束ねて机に打ち付けそれを見る。

「これって、何?」

「あぁ、その子の親が、宝塚好きで、本人も好きらしくって、それで、ね」

「……、これがうちの男勝りと合うと思う?」

「そ、そうね。そうよね。えっとね、えっと、これはどう? まじめな人よぉ、大工でね、ちょっと年上すぎるかもしれないけど、」

 見るからに、五十は超えていそうだった。頭頂が薄く、そこすら日焼けしていた。

「こういう肉体労働者は、汗臭いでしょぉ」

 あんたが見合いするわけじゃないでしょうに?

「そう? まじめなのに、」

「いくつよ、」

「57歳」

「うちの娘、36よ。上すぎるわ」

「そうよねぇ」

「じゃぁ、これはどう? お医者さんなんだけどね」

 一見真面目そうな人だった。きっちりとスーツを着て、美形で、医者なんて条件いいじゃないか。

「ちょっと、これって、あの、甘やかされて育ったマザコンでしょ? 開業医の実家、あの息子が継いだ途端、傾くと思われてるじゃない。それに、この子、身長低かったでしょ? うちのが巨人に見えるわ。てか、ねぇ、世話してくれる気あるの? うち、本当に困ってるのよ。あたしも、もう年だし、孫だって見たいし、あたしが倒れた時、どうするのよ」

「そうは言ってもねぇ……正直、なっちゃんも年取りすぎてて、相手方が紹介してほしいって言わないのよ」

「失礼な、まだ36歳よ」

「お見合いでは、遅いのよ、36歳って。今か婚活サイトってのがあって、逆にそっちのほうが」

「駄目よ、信用ならないじゃない。あんな、ネットとかって。うちのが玩ばれて捨てられるに決まってるわよ」

「そんなことないわよ、ちゃんとした、あ、ちょっと?」

「もういいわよ。あなたに頼むんじゃなかった」

 思わず、世話役の人と目が合った。彼女は煩くてごめんなさい。と首をすくめ、荷物をまとめて出て行った。

 ―あたしも、もう年だし、孫だって見たいし、《《あたしが倒れた時、どうするのよ》―ひどい言い草だ。

 子供は、親の看病をするために生まれてきたのだろうか? 看病して、看病して、そして、なんで結婚しないんだ? と病床で言われるのに。

 ―何で、結婚しないんだ? そうか、しないんじゃなくて、できないのか、可愛げがないからね、あんたは―

 胸のずっと奥のほうで「チクリ」と音がした。

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