第23話 母親の苦労・あだ名

 今日は雨だったけれど、ファミレスに行った。

 毎日行くと、日課になってくる。一日休むのはいいけれど、連休を取ると、次回から行けなくなるのが私の悪い癖だ。―だから、外に働きに出ない。という理由にはならないけれど―

 たまっていたコラム記事もあったので、今日は原稿と、メモを持って、本気で仕事(下書き)をしに行くつもりだった。

 そう、予定は未定。聞き耳を趣味にしてしまった結果、やっぱり、行くと聞き耳を立ててしまう。

 今日は、記事や資料を広げたくて、元喫煙席の二人掛けに座っていたので、奥まったそこにやってくる人の話を聞くことになった。

 お好きな席をどうぞ。と言われても、なかなか進んでここの席に来る人は少ない。窓の側ではないし、奥で少し暗いからだ。混雑して、案内されれば別だが。

 案内されてやってきたのは中年の主婦だった。二人組で、わりと身なりに気遣う人たちのようだった。だからと言って、華美でないので、常に身ぎれいなのだろう。

「忙しい?」

「そうね、仕事が今がね、新人さん入ってきて、社員さんたち教育してるけど、若いからね、そのフォローも入って、」

「あぁそうね、新人さんが配属されてくるころだね」

「そっちは?」

「仕事は順調」

「仕事は? なんかあった?」

「うーん、息子がね結婚するのよ」

「あら、おめでとう。相手って、学生のころから付き合ってる子?」

「そう」

「よかったじゃない、いい子だって言ってたし」

「そう、いい子よ。向こうの親とも関係は良好で」

「ならいいじゃない。なんか嫌なの?」

「いやというかね、一応、娘にも彼ができたのよ」

「あら? 女だって一人で生きていけるのよ! って言ってた、あの子?」

「そう。結婚しろ、見合いしろってせっついても、全く無視してたのに、彼ができたって、」

「よかったじゃない、」

「よかったのよ、よかったんだけど」

「なに? 変な人?」

「変、というか……、ねぇ? おたくの娘さんにも彼氏いたよね?」

「いるよ、クマみたいな子よ」

「なんて呼んでる?」

「なんてって? 名前よ」

「なんだっけ?」

「ナオキ」

「ナオキ、君? とか?」

「そうね、何?」

「彼の名前、タダヒサっていうのよ」

「まぁ、古風ね」

「私もそう思った。でね、問題は、タダヒサって言い難いってことなのよ」

「タダヒサ……そうね、少し言い難いかもね、タダヒサ君、うーん」

「だからって、タダくんて変じゃない?」

「向こうの親は?」

「お兄ちゃん」

「おっと出ました長男?」

「次男。上にいるらしいのだけどね、」

「上に居てお兄ちゃん?」

「長男さんは、おっきいお兄ちゃんだって」

「親も?」

「親は名前で呼ぶみたい」

「で、次男をお兄ちゃん?」

「そう。親も言い難いみたい」

「いやいや、つけたんだし、」

 二人が苦笑いを浮かべると、料理が運ばれてきて、少し食事を始めた。

 タダヒサ、確かに、言い難いかもしれない。

「さっきの話だけど、あだ名で呼ぶってありかなぁって、」

「あだ名? えっと、タダくん?」

「たーくん、たっくん?」

「それは……、」

「てか彼女の母親にあだ名で呼ばれるって、あまりいい気しないかしら?」

「それは、どうだろうね、彼はなんて?」

「好きに呼んでくれていいって」

「だろうね」

「やっぱり、タダヒサくんて、呼んだほうが無難だろうけど、」

「娘さんと、あだ名考えて呼んだら?」

「うちの娘は、彼のこと、ジャイアンて呼んでんのよ」

「なんで、ジャイアン?」

「歌が下手だからだって」

「あーそっち……。一緒にジャイアンは、あまりいい呼び方じゃないね」

「でしょ? 娘が呼んでて、うつるならありうるだろうけど、あたし一人そう呼ぶのも、ねぇ」

「……諦めたほうがよさそうね」

「やっぱり、そうよね」

「ちなみに、彼女、お嫁さんになる人はなんて呼んでんの?」

「ちぃちゃん。チカさんていうのよ。だからちいちゃん。まぁ、学生のころから知ってるでしょ、その時からそう呼んでたから、不自由を感じなかったんだけど、急に、言い難いっ、て思ったら、余計に言い難くなって」

「……頑張って呼ぶか、娘にたーくんか、なんか呼び名を変更してもらうか。なんじゃない?」

 ため息をつきながらも、スープスパを食べる手は休まらなかった。

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