第3話 時間が迫っているけど、腹もすいてて
モーニングのバイキングタイムが三十分で終わるころ、一人で若い兄ちゃんが入ってきた。大学生か、卒業してすぐか、真新しすぎるスーツが、仕方なく着てやっている。という風に見える。
あたしが座っているのを見て、カウンター利用していいんだ。という顔で、端に腰を下ろした。
携帯を取り出すところが今どきの子だ。髪の毛をチェックしている。トイレに行けば、その乱れたスーツ自体も見えるだろうに。と思ったが、赤の他人に言うことではないので、黙っている。
従業員が、あと三十分でメニュー開始で、それまではバイキングの時間で作れないのだが、もうバイキングの料理がないというようなことを説明している。
兄ちゃんは立ち上がり、確かに片付けられて、あとは葉っぱの切れ端が集まっているだけのキャベツのトレイと、多分、空揚げだったんだろうなぁ。と思われるかけらのトレイを見てため息をつき、携帯の時計を見て、
「待ちます」
といった。
予定があるけど、ここで出て行っても時間を持て余す。メニューを選び、素早く食べて出ていけば間に合うか。ぐらいの時間があるんだろう。
多分、十二時半か、一時かに予定、かな?
兄ちゃんはそわそわしてステップに乗せた片足で貧乏ゆすりを始めた。
他人の癖なので被害が及ばなければ気にしないが、あたしは貧乏ゆすりで自分が揺れるのが非常に嫌いだ。
ステップをガンと踏んづけると、兄ちゃんがびくっと体を跳ねらせてあたしのほうを見た。
あたしは文字を書いてますオーラを出すと、兄ちゃんは首をすくめてメニューを開いた。
バイキングが終わる十分前になると、早いランチに来た人がどっと押し寄せてきた。
まだ出勤していない少ない従業員がその人たちをさばく。今日は特に多い……。あぁ、15日かぁ。年金の日ね。年寄りが多いわけだ。
モーニングタイムも多かった。早速引き出し、朝食を取りに来た者、病院帰りの人は今頃来る。という感じなのだろう。
どやどやと一気に人の熱が増える。
兄ちゃんが呼び出しボタンで呼ぶけど、従業員には届かない。
焦っている兄ちゃんは、立ち上がって様子を見るが、「すぐ行きます、お待ちください」と言われるだけで座りなおす。
そのうち、兄ちゃんの貧乏ゆすりが激しさを増し、携帯と、ベルを何度も押すを繰り返すようになった。さすがに来てやれよ。と思った時、兄ちゃんの携帯が鳴り、慌てて落としそうになりながら電話に出る。
恐縮して出て、何かを話しして、そのうち、椅子にすとんと座り、
「ハイ、解りました。はい、はい、はい、どうも、ありがとうございました」
と電話を切った。
「ご注文ですかぁ?」
空気読め、バイトの姉ちゃん。
兄ちゃんは愛想笑いをして、「この、チーズハンバーグのCセットを」といった。
電話の内容は聞こえないが、多分、予定キャンセルだったんだろうなぁ。そして、後日の予定もなくなったんだろう。でなければチーズハンバーグなんて時間のかかるものは頼まないだろう。
就職面接か? まさかの? てか、まだ五月だぞ。……もしかして、去年から受けているが決まらない。というやつか?
その十分後、チーズハンバーグCセットが来て、兄ちゃんは黙々とほおばり、おなかは満たされたようだが、顔は満たされていないまま帰っていった。
「ありがとうございましたぁ。またのおこしをぉお待ちしておりますぅ」
(いったい何の店だ)バイトの甲高い声が彼の背中にむなしく響いている。
がんばれ、若人。
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