第3章~下~

【ティル視点】 〔昨夜の続きからです〕

 魔法をかけた後、私は自分のベッドに上がった。

少年が私のことを嫌っているのは最初から分かっていた。その理由も。…私は、待つことにした。


 少年が自ら振り向いて話しかけてくれることを。



 早朝、少年のために必要な物を買いに行った。お金にはまだまだ余裕があったから難なく買えた。買ったのは、ミスリルの剣と軽量の盾……みずぼらしくも感じるが、少年の体格からすればどれも十分に力を発揮できるはずだ。鎧や兜もあったが、やめておこう。少年は屈強な戦士ではない。少年にとっては重いだけである。

 それに合わせて、万能薬や毒消しなど旅で怪我をしたとき(主に魔物から)に必要な物も買った。


 宿屋の一階で荷物の整理をしていると

僕「おーい、ティルー」

少年の声が聞こえ、少し驚いた。

僕「何驚いてんの?」

テ「いえ…。貴方に名前を呼ばれたことがなかったので

その…何というか…(もしかして、私のことを気にかけてくださった?)」

僕「いいじゃん。別に名前で呼んでも!それよりもさー、

  一階で何をしていたの?」

テ「旅支度を整えていました」

僕「へ?」

テ「旅支度を整えていました」

僕「それじゃあ、この町に来た意味ってあったのかよ」

テ「ありましたよ。丁度、武器を調達したかったんです。ほら、いつまでも素手じゃ心許ないでしょう?」

僕「武器?」


 ここで私は武器の話をした。


 ついでに呪いのことを話せば、少年の顔から笑顔が消えた。

 私は少し心配になった。


僕「そ、そっか。そうなんだな」

テ「無理して笑う必要はない******」

僕「!」


テ「貴方が苦しむ姿を…もう見たくないんです(貴方が元の世界で苦しみながら生きてきたことは知っています)」

僕「…」


テ「それに貴方には自分の心を偽らないでほしい。

  ありのままの自分をさらけ出してほしいのです。(もう二度と貴方の心が閉ざされることがないように…この世界だけは貴方の心が救われるように)」


僕「あんたに僕の何が分かる訳?もう、いい。僕のことなんかほっといてよ!」


 そう言って少年は宿屋から逃げていく。


 私から………逃げていく…。


…逃げないで、お願い。



テ「待ちなさい!貴方は勘違いをしています!」


 私はそう少年に向かって叫んだ。

でも、少年は振り向かずにその場を去った。


 私には、貴方に伝えたいことが沢山あるのに、逃げるなんて……許さない。許さない、許さない、許さない…


私を怒らせた貴方が悪いのですよ、ね? 

******。


悪い子には、お仕置きをしなくては。



 私は、城を守る衛兵に連絡を取った。

内容は次の通りである。


「この世界に来た勇者を知識の女神である私の下まで無傷で連れて来なさい」



 そう、私は知識の女神。だから、人の文化は勿論のこと異世界のことまで幅広く知っている。

 私が主人公のいる世界に行けたのも、主人公が考えていることが分かるのも其の所為だ。


 今まで少年には「顔に書いてありましたから」と言って誤魔化していた。


 普通、相手が「心が読める」ということを知ってその相手と一緒にいたいと思える人間等いるだろうか?いや、いないだろう。いる方が可笑しい。


 よって、ずっと隠してきたのだ。でも、今は違う。

少年が逃げるなら、手段は厭わない。


(さあ、覚悟しなさい。すぐに、貴方の思念を掴み、こちらに戻して差し上げます…)


 私は、意識を集中させた。この感覚は久し振りだ。

少年が進んだ経路を心の中で辿っていく。



(……見つけた)



 少年はクレスの城門近くの樽に身を潜めていた。


宿屋からは五百メートル程か。どうやら、突然やって来た衛兵に逃げることが困難になったと感じているようだ。


…まあ、私が呼び出したのですが。



 私は移動魔法を詠唱無しで唱え、少年の背後に行く。


テ「私が呼び出しましたよ。さあ、出てきなさい」

僕「うわぁ!」


背後からの声に驚いたようだ。少年は樽の中から出て逃げようとする。また、少年から逃げられそうになる。


しかし、私も逃げられる訳にはいかなかった。

四、五人の衛兵が向かい側で待機をしていた。



 …気付かれた。私はそう思った。

 少年は衛兵がいることを気配で感じ取ると

急に方向転換をし、東の方角に進んでいった。


 慌てて逃げた少年を追う衛兵。私はその場で立ち尽くした…。そして、少年の様子を見る。


 少年は必死に衛兵から逃げている。

時には、屋根に上ったり、塀を飛び越えたりする様子も見られた……正気の沙汰ではない。


 (そこまでして私から逃げたいのですね)

 私は冷静にそう考えるようになった。先程まではあんなにも少年のことを追いかけていたが、現在は別に逃げられても良かった気さえする。



 やがて、衛兵達が帰ってきた。


「勇者******を取り逃がしてしまいました」と。



衛兵達は全員私に向けて謝罪の言葉を述べ、土下座をした。私は笑顔で衛兵達の処遇を言い渡す。


テ「クレスの衛兵達よ、ご苦労様でした。勇者は逃がしてしまいましたけど、私はまだ諦めてはいません。

  これからも彼を追い続けます。ですが、彼が町の外に出た以上、皆様が追うことは不可能です。なので、皆様の処遇は兵士長殿に決めていただきます。私が直接決めることではないので、兵士長殿にお任せしました。ですので、城にお帰りください」



これで大丈夫だろう。後は兵士長の責任だ。


たとえ、勇者とはいえまだ子供なのだ。大の大人、ましてや国を守る衛兵が四、五人でかかっても一人の少年を捕まえることが出来なかったのだ……。


 どうなるかは大体想像はつく。けれども、考えない。



 考えていることは一つだけ。
















 テ「さて、何時まで『私』を呼ばずにいられますかね」


 全てを識る者は迷う仔羊をじっと観ていた……。




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