第2章

 何時間くらい歩いただろうか。ようやくティルと僕は城下町クレスに着いた。僕はとても疲れていた。

 「だいぶ、お疲れのようですね」とティルは今まで歩いてきたとは感じないくらい、平然としていた。

 「はぁはぁ…そ、そうだね」と意識が朦朧になる僕。


 実は、ここに着く前にティルからこの世界の仕組みを教えてもらい、魔物を倒したばかりだった。初めて倒した魔物は、幼い頃に父に買ってもらったゲームに出てきた魔物に似ていた。その青いジェルのような魔物は意外に強く、最終的には脚を絡めとられそうになったため、ティルに助けてもらった。ティルは【召喚魔法】というのが使えるらしく、魔法を詠唱すると銀色の巨竜が現れ、魔物を攻撃した。魔物は倒れ、全く動かなくなった。これが人間でいう「死」と同じ状態であることを教えられた僕は、胸が痛くなった。魔物も一つの命だと思うと、僕が殺したんだ。僕が殺さなければ生きていたんだ。

と罪悪感が込み上げた。…そして、今に至る。


 「では、宿屋に泊まりましょう」とティルが言う。

 宿屋とは、なんでも体力と魔力が回復するとかなんとか。

  僕「でも、金なんて持ってないよ」

ティル「ご安心ください。一緒に泊まりますから」

  僕「えー、やだよ」

ティル「貴方、野宿でも構いませんか?」

  僕「ノジュクって何?」

ティル「家の外で泊まることです。魔物の餌になっても知りませんよ」

  僕「それもいやだー!(あれ?身体が急に…痛い、痛い、痛い!)ぐはぁ!…ゴホゴホッ」

ティル「 っ!【回復魔法】よ、勇者を癒し給え!」

  僕「はぁっ…(痛みが、消えた…?)」

ティル「痛みは収まりましたか?」

  僕「な、なんとか…。(……助けてくれたんだ)」

ティル「…貴方は私と泊まるのが嫌とおっしゃっていました。ならば、私が野宿しますので貴方は宿屋の主人に会い、旅の疲れを…」

  僕「そんなこと、できるか!」

ティル「!」

  僕「第一、君がこの世界に連れ出したんだろ」

ティル「それは…」

  僕「ちゃんと責任とれよ(僕はこの世界についてはまだ何も知らない…。教えてほしい、世界のこと。そして…君のことも)」

ティル「貴方はツンデレさんなのですね」

  僕「!(えっ!もしかして心を読まれた…?)」

ティル「顔に書いてありますよ。私は他人の心を読む術など、持ち合わせていませんから」

  僕「…(よ、よかったぁ~)」

ティル「それはさておき…日も暮れたことですし、宿屋に行きますよ。嗚呼、言い忘れていましたが、クレスの宿屋はツインルームになっているので、添い寝にはなりませんよ」

  僕「ソイネって何?」

ティル「一つのベッドに一緒に寝ることです」

  僕「……」

ティル「……」

  僕「……(何か話してよ…この雰囲気、つらい)」

ティル「もうすぐ、宿屋に着きます」

  僕「う、うん」


午後八時、宿屋に到着。宿屋の主人が出迎えてくれた。

 主人「こんばんは、旅の方。一泊二十ルンですが、いかがでしょうか」

ルンとは、この世界でいう「円」や「ドル」などの通貨と似たようなものだとティルが教えてくれた。ただし、この世界では魔物を倒した時にも手に入るらしい。

ティル「はい、泊まります」

 主人「あら、子供連れでしょうか?でしたらお安く」

  僕「違います!僕は子どもじゃないもん!」

ティル「この子の分も支払いますので、私とは違う部屋にしてください。お願いします」

 主人「…その前に年齢確認。坊や、いくつだい?」

  僕「僕は十二歳だよ!子ども扱いしないで!」

ティル「あっ」

 主人「はい、アウト。この町ではね、十六歳未満は坊やも含めてみんな子供なんだ。ということで、お母さんの部屋で泊まるから、十ルンいただきます」

  僕「待って!この人はおかっ…むぐっ(ティルの手で口を抑えられる)」

ティル「十ルンです。ちなみに、ツインルームですか」

 主人「勿論ですとも。だから、坊や安心をし(微笑)。では、ご案内いたします」


こうして、宿屋の二階の一室に案内された。

 主人「それでは、どうぞごゆっくり」と挨拶をされ、

部屋から出て行った。


ティル「さて、明日の話でもしましょうか」

  僕「ちょっと待った~!さっきのどういうことだよ」

ティル「何かありましたか?」

  僕「君が僕のお母さんって、、、」

ティル「嗚呼、そのことでしたか」

  僕「『そのことでしたか』じゃねーよ。全く、誤解されてしまったじゃん。どうすんの(呆)」

ティル「その方が都合がいいのですよ」

  僕「何がいいんだよ!」

ティル「それとも、野宿が良かったですか?」

  僕「!」


すると、ティルが隣に来て僕の耳元で「クレスは決して安全な町ではありません。それを理解してください」と囁いた。

……なぜかとても優しく感じた。

ティル「貴方は……。いえ、何でもないです。明日の話はやめて、もう寝ましょう」

  僕「そ、そうだね。僕、寝るね!おやすみ!(これ以上聞かない方が良さそうだ)」

ティル「おやすみなさい」

僕はそのままベッドに入り、眠りについた。


【ティル視点】

隣のベッドから少年の寝息が聞こえる。どうやら、やっと眠ったようだ。私は、少年を起こさぬように部屋から出た。シャワールームに向かい、身体を洗った。そして、少年の眠る部屋に戻り、部屋のドアを開けようとした時、小さな声で「お母さん」と呼ぶ声が聞こえた。

 私は、ドアを半開きにして部屋の様子を伺った。

……寝言のようだ。少年は先刻と同じようにベッドで身を守るようにして眠っていた。

 確か、この少年は幼い頃に両親を事故で亡くした。しかし、両親の遺した財産で一人暮らしをしていた。少年の叔父はそんな少年のことをあまりよく思っていない。むしろ、少年の家に来ては少年を虐めていた。

 部屋のドアをそっと閉め、少年の眠るベッドの傍に向かう。暫くその寝顔を眺め、今までを振り返る。

(今日は、色々なことがありましたね…。魔物に遭遇して二人で協力して倒したり、この宿屋での些細なトラブルに巻き込まれたり…。初めて来た世界にとても驚いたことでしょう。しかし、明日は今日よりももっと大変になるでしょうから、今は何も考えず休んで欲しいです)

そう、これから待ち受けている未来は優しくない。


だって、彼は Monde des rêves を救う


名も無き【 Un homme courageux 】で


悪の【 Roi demon 】と戦うのだから……


 

 人々は彼を偽善者と呼ぶかもしれない。

あるいは、異端者だと批難するかもしれない。

 しかし、私は信じているのだ。

彼が世界を救ってくれること、そして……

彼自身が幸せになれることを。

 (貴方の創る王国が安らかでありますように)



 …私は、少年の手をやんわり握り、祈りを捧げた。

すると、少年は安心したようにすうすうと寝息を立てていた。


 それを見た私も急に眠気が襲ってきて、自分のベッドに戻ろうとしたら、自分が握っていた手が強く握り返してきたのだ。その手を解こうとしても、まるで母親から離れるのを嫌がる子供のようにギュッと握り締めてくるので意味がない。


 (困りましたね。起こすのも一つの手段ですが、折角安眠したばかりのところを起こすのは流石に私でも気が引けますよ…さて、どうしましょうか)


 仕方なく、少年の隣で寝ることにした。少年の身体は温かった。自分はシャワーを浴びて身体を温めたが、それよりも温かい。ここで、私は少年がまだ子供であるということと将来世界を救ってくれる存在になるということを思い出した。こんな無防備に寝ている少年がいつかは世界を変える勇者になるのだ。


 そう思うと、私は少しだけ哀しくなった。少年は元の世界でも人々から避けられていた存在だから、この世界だけでも受け入れてくれないだろうかと願ったのに…。

何故か少年を勇者にすることが本当に少年の幸せに繋がらないような気がしたのだ。

 私は考えるのをやめ、隣で眠る少年の身体に魔法をか

けた。少年の手の握る力が次第に弱くなっていった。




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