4 存在の耐えられへん痛み

「ふ、はーはっはっは! 少し気持ち悪いが、その意気や良し! しかしどうする? そこの女に否定できなかった妾を、お主ごときが否定できるのか?」

 気持ち悪いって何だ。健全な男子の思考だぞ。

 しかし見得を切ってみたけれど、鳴花のことを言われると、非常に痛い。

 我らがフィロ部の部長だけあって、鳴花の舌鋒はおそらく、ぼくが知っている誰よりも鋭いのだ。

 大体の分析は的を射ているし、哲学的な素養はぼくなどと比ぶべくもない。

 いくらイレギュラーだとは言え、その彼女が一敗地に塗れるほどの難敵だ。……真正面から議論をすれば、打ち負かされるのは間違いなくぼくの方だろう。

 だから――ぼくも笑う。

 狙ったわけではないのだけれど、幽霊は機嫌を損ねたようだった。

『……小童。何が可笑しい?』

「ははは……いや、こんな機会はなかなかないなー、って」

 鳴花は。

 積み立ててきた理論の数々で考えを組み立てるタイプだ。それだから、前提を崩されると呆気ないほどに脆い。

 だけどぼくは違う。理論もへったくれもないのだから、崩されるべき前提がそもそも存在しないのだ。

「鳴花と違って、ぼくは柔らかいんだよ……佐奈ちゃんのおっぱいのようにね」

 そう。

 崩されないから、場当たり的であっても柔軟に対応することができる。

 それは鳴花にはない、ぼくの強みだ。

『お主、まさかやらしいだけの男子学生じゃないだろうな……』

「男子はみんなやらしいんだよ」

『それを言う輩は大体やらしいが』

 ともかく。

 鳴花の考えを整理しよう。

 彼女によれば、幽霊なんてそもそも存在しない――ぼくたちの頭の中にだけ存在する幻影というわけだ。それはたとえば、見間違えた電柱の影であったり、怪談を聞いて想像した『怖さ』の顕現であったり。

 理解できない物事を解釈するために人は神話を作り上げる……と言ったのは誰だっただろうか。これは心理学的なアプローチだけれど、そういった形で幽霊が作り出されることも昔はよくあったようだ。

 問題は、幽霊が実際に「いる」ことである。

 ぼくたちの目の前に。……だから鳴花は、同じ状況であればおそらく誰にだって、存在を否定することはできないだろう。

 だけど。

「ところで、幽霊」

『何だ、小童』

 ――ぼくはニヤリと、再び笑う。

「きみの存在を否定するだなんて、ぼくは言ったかな?」

『なに……?』

 幽霊は佐奈ちゃんの顔を怪訝そうに歪ませる。

『言ったではないか。「きみを否定して佐奈ちゃんを取り返す」と。それとも恐怖で忘れてしまったか? ははっ、思った以上に他愛ないな――』

「あぁ、そう言ったさ」

 笑みを絶やさないぼくを見てか、幽霊が動きを止める。

 さて、正念場だ。


 ――判断停止エポケー


「ぼくにはきみが見えている。鳴花にもきみが見えていた」

 ――ぼくが持つ唯一の武器は、ありのままを受け入れると言うことだ。

「どういう条件できみが存在しているのか、佐奈ちゃんに憑依したのかは分からないけれど、きみが存在していること自体は疑わない。……意味がないからね」

 ――あるものはあり、否定してもないことにはならないのだ。

「だけどぼくはきみを否定する。許されない存在として『弾劾』する。だってきみは、それだけのことをしているんだから」

『はっ……意味が分からんな! 何が言いたいのかはっきりさせたらどうだ!』

 だから、ぼくのは場当たり的なんだって。

 でも、言いたいことはシンプルだ。

「きみは喋っている」

『は――?』

「きみは佐奈ちゃんの体を動かしている」

『……小童、ついにおかしくなったか?』

「きみは、人間であることに慣れている」

 そこでぼくは、言葉を切る。


 ――還元リダクション


「きみは――人間だ」

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