③ 読者に思考させる要素がある

 感想を書かせる――つまり求めるものは読者の中にある言葉なのだから、読者の中に言葉が構築されなければならない。

 前項で『あなたはどう思いますか?』と聞くことをお勧めしたが、それと似て非なるものなのでご注意を。


 感想文の題材として選ばれるような文章には必ず思考に引っ掛かりを残す部分があるものだ。『なぜ青鬼は赤鬼を残して去ったのか』しかり『ごんは本当に殺されなくてはならなかったのか』しかり。

 こうした引っ掛かりの由来は多く感情の振れ幅であるものなのだが、感想文ではそうした感情に理由付けがなされなくてはならない。それ故にこうした引っ掛かりを足掛かりに理論を構築しようと思考を始める。こうした思考を促すための引っ掛かりを文章内に置けばいいというだけの話だ。

 ところが、書くことが義務として与えられている読書感想文ならいざ知らず、一般の読者にはこうした引っ掛かりを見つける義務はない。これは実際に自分が感想文を書いてみればわかることだが、『感想を書くこと』を前提として物語を読みすすめた場合には、無意識もしくは有意識のうちに自分が感想として書きやすい引っ掛かりを探しているのだ。

 この時におおよその人は小学校の国語で習った読み取りのポイントに基づいて引っ掛かりを見つける。物語の進行や登場人物の行動などから感情に一番干渉してくるものを探し出すわけだ。

 ところが国語も勉強である以上は出来不出来があるわけで、まれにこうした感情のポイントが他者とずれている子供がいる。誰も足を止めなかったような些末な部分に興味を示したり、作者すら意図しなかったような大胆な物語解釈をしてみたり。こうした子供は国語の勉強的には落第生だが、真実の意味での読解力は普通の子供よりも高い可能性が往々にしてあるのだ。

 しかし、世の中にそうした特異な読解力を持つ読者がどれほどいるものか。感想文を求めるときに相手にするべきはこうした独特の感性を持つ読者ではなく、数多くいる『国語の点数は平均的だった』相手なのだから、そこを見誤ってマニアックな方向に進まないように。特に文章運びに関しては、むしろ平素で理解しやすいほうが、平均程度の読解力で読み取れる限界なのだ。

 さて、難しい文章運びもなく読みやすい文章を心がけて、しかもネタも共感度の高いものを選べばびっくりするほど派手になることはないだろう。ならばどこに思考させるポイントを作るか、あくまでもそのための手段としてあるのが『あなたならどう思いますか?』というテクニックなのだ。すべてではない。

 ならば感想を書かせることに特化した文章とは――具体的にはここまでやってきたことの複合技である。

 まずは共感度の高いネタを選んだ、そしてそれをエッセイという形でわかりやすく書く、方向性としては読者が『自分ならば』を考えやすい方向で。そこから逆算された答えが『死にネタ・病気ネタ・動物』であり、実はここまで説明してきたことのすべてがバランスよく再現されて初めて『読者が感想を書きやすい文章』が出来上がるのである。


 さて、読者に対する最後の仕上げとして仕込むべきもの、それはわかりやすい泣かせポイントである。上記の『死にネタ・病気ネタ・動物ネタ』にはこうした泣かせポイントが仕込みやすいという利点がある。

 人間とは生来が善人であるのだから、目の前でかわいそうな話をするというのは効果的なのだ。たとえ同情まではしてくれなくとも、そうしたかわいそうな話を笑い飛ばすのははしたないと考えるのだから、反論は起こりにくい。ましてやノンフィクション前提のエッセイであれば、そこに書かれたかわいそうな出来事を実際に体験したかわいそうな人物が実在するわけで、これに厳しい一言を投げつけようという人物はめったにいない。

 逆に優しい言葉をかけてやりたいと思う人物は相当数いるはずだ。感想を書かせる文章のターゲットは、こうした心優しい人たちである。

 こうした心優しい人たちが、心優しい言葉を生み出しやすいように思考させる、となると思考の引っ掛かりは泣かせが一番感情に訴えるだろうという、単純なロジックだ。と同時に経験則でもある。

 きちんと社会性を身に着けた大人というのは、公の場で使う言葉に気を遣うものである。例えば死にネタでも、負の感情に人を揺さぶる胸糞話や犯罪示唆であれば共感は起こりにくく、また共感したとしてもそれを衆目の元である感想欄に書き込むのははばかられるのだ。逆に素直にねぎらいの言葉や気遣いの言葉であれば誰にはばかることもなく感想欄に書き込むことができる。実際にネットで書いていて感想が多くついたのは、読者の正の感情をくすぐるそうした作品のほうであった。

 だからエッセイの締めはポジティブに終わるように構成するとよい。究極の理想は24時間テレビである。

 死にネタなら死を乗り越えて再び歩き出すエピソードを、病気ネタなら苦難に負けず病魔と闘う話を。それこそが一般多くの人が最も共感し、何かひとことの言葉をそえたくなり、また、公然でコメントしやすいものなのだ。


 以上、これに沿って文作してもなお一件のコメントももらえぬ場合、私が書評を差し上げますゆえご一報を。

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