美貌の姫と魔法使い

西桜はるう

囚われのプリン

「リト?」

その日。

アズナが軟禁されている通称『鳥かご部屋』の扉が勝手に開いた。

古い屋敷なので建付けが悪く、扉は開け閉めのときに必ずギシギシと鳴った。なので、アズナも『鳥かご部屋』の扉が開けばすぐに分かった。

「リトなの?」

開いた扉の外は闇が広がっており、目視ではリトの姿はおろか何があるのかすら分からない。

その時、アズナはリトが街で買ってきてくれた本を読んでいた。生まれてすぐにリトの屋敷へと嫁いだアズナの知識は、リトが街で買ってきてくれた本と、リトが話してくれるものだけだった。

それでもアズナは満足していたし、見たことがないものを敢えて見てしまうより想像して補う方が好きだった。

「リト?いるの?」

特別『鳥かご部屋』を出てはいけないと言われていないアズナだったが、物心ついたときからずっとこの部屋にいたため『出て行きたい』と思ったことがなかったのだ。

「…………?」

アズナは恐る恐る部屋の外を覗いた。薄暗く、長い廊下が左右に広がっている。

(出てもいいのかな……?)

今までまったくなかった、『屋敷の中はどうなってるのだろう』という好奇心がむくむくと湧いてくる。

「ちょっとだけなら」

『だってリトは、私に屋敷の中を歩いちゃダメって言わなかったわ』と、アズナは言い訳するようにそっと『鳥かご部屋』から出た。

「リト、ねえ、いないの?」

リトは時折、依頼を受けて街へと仕事へ出かける。基本的に屋敷の中で何やら怪しい研究をしているが、腕は確かな魔法使いなので依頼が絶えることがないのだ。

(何の匂い?)

廊下の奥から漂う匂いに誘われるように、アズナは足を進めた。嗅いだことがあったが、アズナは何の匂いか思い出せない。けれど、とてもいい匂いなのだ。

導かれるようにアズナは一歩一歩、匂いにもとへと近づいていく。

「リトなの?」

突き当たった扉の隙間から、光が漏れている。その扉の向こうから、アズナが誘われた匂いがするのだ。

「あぁ、来たね」

扉を開けると、リトはアズナが来ることを予想していたように笑って迎えてくれた。

「リト!部屋の扉を開けたのはリトなの?」

「そう。たぶん、匂いに誘われて来ると思ってね」

「意地悪。私があの部屋から出ること、ちゃんと許可してくれてないのに来ると思ったの?」

「でも来たじゃん」

「うっ……、そうだけど……」

『まあ、早く入っておいで』とリトはアズナを手招きした。

扉の中は大きな台所だった。せわしなく、灰色のエプロンドレスを着た女性が何人も動き回っている。

「だ、れ?」

アズナはリト以外に『人』を見たことがないのだ。それ以上にアズナが驚いたことは、屋敷にリト以外の『人』がいたことだ。

「あぁ、シルキーだよ」

「しるきー?」

「妖精のこと。屋敷の掃除したり、こうやって料理したりするの」

「ふぅん」

リトが一人のシルキーに合図を送ると、シルキーが大きな鍋を持って二人のそばに来た。

「何?」

「見てみなよ」

アズナはリトに促されて、シルキーが持ってきた大きな鍋を覗いた。

「あ!」

大きな鍋の中には、

「プリン!」

リトが街へ仕事へ行くと、アズナへとよくお土産に買っていくプリンだった。

「どうして?今日は街へ行ってないんでしょ?」

「街でさ、家でも作れるって聞いたからレシピを手に入れてシルキーに作らせたんだよ」

「すごい!」

感激の声を上げるアズナを見て、リトがニヤリと笑った。

「今日は、アズナが僕のところ来て15回目の記念日だよ」

「え……?毎年そんなことしないのに……?」

「そうだね。いつもはしなかった」

狂気を宿したリトの瞳が、アズナを捕える。アズナはリトから目を離せなくなった。

「でもこれからは毎年やるよ。僕は気づいたんだ」

「?」

リトは耳元でアズナにささやいた。

「この日アズナが僕のものになった大切な記念日だって、アズナにも自覚してもらうためにね」

「うん。分かった。私は、プリンを食べるたびに思い出すわ。私はリトのものだって」

美貌の姫は、魔法使いにうっとりと頷いた。


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美貌の姫と魔法使い 西桜はるう @haruu-n-0905

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