兄の物語[39]それは笑う

リザードマンとフォレストリザードの剝製を速攻でクリアした日から四日後……クライレットたちは残りのグラッシュバッファーのみ討伐出来ていなかった。


「ねぇ……ドーウルスの周辺に、グラッシュバッファーって生息してるのよね」


「そうだね。手に入れた情報通りなら、わざわざ遠い場所に行かなくても大丈夫ではあるね」


「そうなのよね…………じゃあ、なんで私たち一回も出会わないの?」


指名依頼を受けてから五日後の夕食時、珍しく肉料理をバリバリモリモリ食べながら愚痴を零すペトラ。


今だけ肉食エルフの言う通り、四人は指名依頼を受けてからだけではなく、ドーウルスに到着してからの期間も含めて、これまで一度もグラッシュバッファーに遭遇していない。


「運が悪いとしか言えない、かな」


「クライレット、多分……多分だけど、私の記憶が正しければ、グラッシュバッファーとはドーウルスに来てから、まだ一度も遭遇してないわよね?」


「そ、そうだね。間違ってないよ」


かなりイラつきピりついている……様子にビビっているのではなく、怒りを顔に出しながらもむしゃくしゃと肉料理を次々口に放り込んでいくペトラが……少し面白過ぎた。


顔を見なければ良い。

確かにそうだが、パーティーメンバーと喋るのに、顔を見ないというのは、とりあえず普通ではない。


だが……あんまりしっかり見て話そうとすると、吹き出して笑ってしまう可能性大である。


「だっはっは!!!! おいおいペトラ、面白い顔し過ぎだろ!!!!」


しかし、こういう時こそ空気を読まない男、バルガス。


クライレットとフローラが必死に堪えていた努力を無に帰す。


「…………バルガス、あんたぶっ殺すわよ」


「おいおい、物騒過ぎるって……ぶはっはっは!!! ぺ、ペトラ。とりあえず飲み込んでから喋れって、マジで面白過ぎる!!!!」


「……………………」


再度、ぶっ殺すというあまりにストレート過ぎる暴言は出てこなかった。


何故なら……ペトラ自身も、少々口の中に肉を詰め込み過ぎたと自覚していた。


そう、今のペトラは完全にリス顔。

パーティーメンバーではない者たちから見ても、思わず笑ってしまうぐらい面白い顔になっていた。


「ふぅ~~~。クライレット、次笑ったらぶっ殺すわよ」


「分かったわかった。分かったから落ち着けって。さっきみたいな変な顔にならなきゃ笑わねぇから。つ~かよ、別にちょっとぐらい見つからなくてもよくねぇか? ドーウルスの周辺には相変わらず面白くて強ぇ魔物が多いじゃん」


面白く、強い魔物と満足出来る戦いが出来れば、特に問題はない。


確かにそれはそうと言えるかもしれないが、それはあくまでバルガスの私情。

割とアホな発言をしたバルガスに対し、ペトラは……憤怒が籠った視線を向けることはなく、ただバカを叱るのに疲れ、俯いた。


「バルガス、パーティーメンバーとして、受けた指名依頼があまり上手くいってないから、一応意識はしてほしいかな」


「おぅ、分かった分かった。でもよ、それならそれでどうやってグラッシュバッファーを見つけるんだ? 塩胡椒をぶっかけた肉でも焼いておびき寄せるか?」


「それはちょっと…………そう、だね。悪くはない、のかな?」


バルガスが適当に提案した内容に対し、クライレットは全く自信はないが、決してなしではないと思えた。


標的をおびき寄せるのに、肉はともかく塩胡椒を使うなんて、さすがに勿体ない。

それは低ランクや高ランクの冒険者なんて関係無く、全員同じ意見である。


面白いなと笑う者はいるかもしれないが、それでも実行しようとする者はまずいない。


「く、クライレット。本気?」


「本気というか、別にまだ僕の中で確定してる訳じゃないけど、達成した時に貰える報酬額を考えると、とりあえず試してみるのはありかなって思って」


指名依頼を達成した際に得られる金額は……白金貨三十枚。

得られる額を考えれば、試しに塩胡椒を使っても、全く懐にダメージはなかった。

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