少年期[964]丁度良いウォーミングアップ

「ゼルート君、休憩を挟みますか?」


三回目の試合が終わった後、ディスパディア公爵は好意でそう尋ねた。


「いえ、問題ありません。このまま続けましょう」


だが、ゼルートには要らない気遣いだった。


(おいおい、これぐらいで一々イラつかないでくれよ。仕方ないだろ、本当に必要ないんだから)


公爵を慕う者たちからすれば、公爵の好意による提案を断るなど、不敬と同じ。

戦争を行い……自国の冒険者や騎士を多く葬った人物が相手となれば、更に怒りは増すというもの。


ただ、ゼルートはその戦争の結果、男爵という爵位を授与されたため、立場だけであればそういった視線を向ける彼らの方が不敬だった。


「分かった。それでは、このまま続けようか」


四人目の挑戦者は……ディスパディア公爵家の次期当主、ゴーディアス。

ローレンスやインテリ次男と違って硬派な雰囲気を纏うオールバックの巨漢。


彼が開始線まで並ぶと、観客である騎士たちからざわめきが零れる。

その理由は……今回の一件が始まってから、初めてゼルートが抜剣したから。


「…………」


初めから抜剣する。

その行動に対して、ゴーディアスはほんの一欠片だけ嬉しさを感じた。


しかし、それは本当に一欠片のみ。


弟の仇を取る為、その瞳は熱く燃えていた。


(この人なら、良い相手になりそうだ)


ミスリルデフォルロッドをロングソード状に変化させ、楽しそうな笑みを浮かべる。


楽しそうな要因はやっとまともに戦える相手が現れたというのもあるが、大きな理由は別にある。


(最後に控えてる……騎士団長さん? あの人を相手にする前の、丁度負いウォーミングアップになりそうだ)


決して口に出してはならない。

出したところで今は誰もどうこう出来ないが、最悪の雰囲気になることは確定事項。


それはゼルートも理解してるため、うっかり口を滑らせることはなかった。


「「ハッ!!!!」」


呼吸、空気が整った瞬間、二人はほぼ同時に駆け出し剣を振るい、ぶつかり合う。


ゴーディアスは流水を纏い、ゼルートは旋風を纏いながら斬り結ぶ、

当然のことながら、ゴーディアスは一切油断はしておらず、既に強化系のスキルを発動済み。

装備しているマジックアイテムも発動しており、並みの戦士では瞬殺出来る力がある。


対してゼルートはマジックアイテムなどは一切使用していないが、万が一に備えて身体強化だけは発動している。


両者の武器はともに品質が高く、何十という斬撃をぶつけても欠けたり折れることはない。


(ッ……舞う様なこの動き。どうやら、まだ嘗められているようだなっ!!!!!)


ゼルートにとって、四戦目は五戦目を楽しむ丁度良いウォーミングアップ。

故に速攻で勝負を終わらせることはなく、これまでの戦いと比べ……更に繰り出す攻撃に戦意が乗っていない。

その行為は真剣に挑んでいるゴーディアスの怒りを買うには十分な理由。


(おっ、剛腕と疾風を習得してるんだな。見た目通り、しっかり鍛えるな)


パワー、スピードともに大きく上昇し、ゼルートとの差を縮めるも……依然としてゼルートの表情から余裕が消えない。


寧ろそれなりに敵の攻撃が自身に届く距離を楽しみ始め、ゴーディアスの斬撃を紙一重のところで躱すという行為が増える。


(ほ、殆ど見えない……でも、あのゴーディアス兄さんの攻撃が、全然当たってない)


(おい……嘘だろ、嘘だろゴーディアス兄さん!!! そいつの、そいつに……一撃でも良いから叩きこんでくれよ!!!!)


五男はまだ戦況を冷静するにはレベルが足りない。

しかし、ゼルートが試合開始前と比べて表情に全く変化がないことだけは解る。


四男のヤンキー令息も深いレベルまで戦況を理解することは出来ないが、それでも現状……尊敬し、信頼している兄

が追い込まれている事だけは解ってしまった。

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