少年期[960]解っていても抑えられない

今回の試合に、開始の合図はない。

この戦いで死んでも構わない……そう覚悟を決めた者たちだけが、ゼルートへ挑む。


「……抜かなくて良いんですか」


「あぁ、まだ抜く必要はない」


ゼルートの余裕綽々な態度に多少のイラつきを感じるも、大きく心が乱れることはなく……最初から強化系のスキルを使用し、ロングソードの刃に水流を纏いながら斬りかかった。


(へぇ~~。それなりに折れの実力を評価してくれてる、ってことで良いのか?)


戦闘開始から数分は強化系のスキルなど使用せず、小手調べといった様子で仕掛けてくると予想していた。


しかし、いざ始まってみれば、少年は殆ど全力で斬りかかってきた。


(思い切りは良いな。攻撃力は年齢にしては良い方だ……防御面はどうかな)


武器のリーチでは圧倒的にロングソードを使う少年の方が有利だが、ゼルートは平然とした表情で懐に入り込み、打撃を繰り出す。


「ッ!! ハッ!!!!」


なんとかゼルートの打撃を回避し、即座に攻撃へ転ずる。


その反応の良さに笑みを浮かべる兄の仇。


(笑うな……ローレンス兄さんを殺したくせに……殺したくせに、笑うなッ!!!!!!!)


戦場で殺されたからあれこれと考えていればきりがない。


モンスターとの戦いではない。

盗賊団との戦いでもない……ゼルートとローレンスが出会った場所は、戦争という名の戦場なのだ。

そこで敵として出会ってしまったら、殺し合うしかない。


そこで起こる死は……基本的に仕方ないのだ。


だが、それを理解するには、少年はあまりにも幼かった。

若い思いを、悔しさを抑えられるほどの理性がない。

故に……尊敬していた兄を殺した冒険者が、目の前で笑っているという現実が……どうしても許せなかった。


当然、ゼルートはそんな少年の気持ちは理解していた。

理解しているからこそ、特に文句を言うことはなく、その思いは試合の中で受け止める。


「うわぁああああああああああああッ!!!!!!」


感情が爆発し、その影響で多少剣筋が雑になるものの、その分速さと重さが増す。


(なんでなんでなんで、なんでッ!!!!!!)


少年の頭には、これが形式としては試合なのだという事など、すっぽり抜けていた。


殺すつもりで剣を振るっているのに、首を……心臓を斬るどころか、刃が掠りもしない。


「よっと」


「ッ!!!!!????? あ、ぁ……」


渾身の一刀を躱し、カウンターの拳を腹に叩きこんだ結果、少年は地面に倒れ込んだ。

骨こそバキバキに折れているが、内臓は少し損傷した程度であり、回復魔法で十分に治すことが出来る。


ただし……この時点で完全に生殺与奪の権は握られた。


「俺の勝ちってことで良いですよね」


「ッ!!!!! ぁっ!!!!」


決着だと思い、ディスパディア公爵家の当主に確認を取る。


次の瞬間、五男の少年は骨折、その他諸々の痛みを堪え、まだ戦えると吼えようとするが、それよりも先に当主による決断が下された。


「あぁ、そうだね」


「ッ…………」


まだ理性を完全に制御できる年齢ではない。


しかし……それでも、ここで自分がまだ我儘を口にしようとすれば、それはディスパディア公爵家の名に泥を塗る行為となる。

それが解からない程、少年は愚かではなかった。


(ゼルート……完全に遊んでたわね。別におちょくってたりしてた訳じゃないけど、結局抜剣することなく一発で沈めたわね)


(まっ、そうなるだろうな。あの少年は弱くはなかった。これからまだまだ強くなるだろうが……それでも十四か十五の少年。その年齢にしては強いといった程度だったな)


結局、ゼルートは試合が終わるまで抜剣するどころか、魔力もスキルも使用しなかった。

当然のことながら、最後のボディーブローも思いっきり手加減している。

仮に本気殴ろうものなら、綺麗な大きめの風穴ができるか、爆散するかのどちらかいう悲惨な結果になっていた。

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