少年期[842]命令ではないけども
翌日……ゼルートは予定通り、アドルフとミーユの元へ向かい、二人とのお茶会が始まった。
二人はゼルートに緊張せずに楽にしてほしいと言われたが、それは無理な相談だった。
(何事もなく終われば良いんだけどな)
アドルフとミーユが、ただ自分とゆっくり話したいだけ。
そんな淡い思いは……あっさりと打ち砕かれることとなった。
話はゼルートの女性関係などに変わり、アドルフは最後に妹であるセフィーレを婚約者にどうだと口にした。
「…………」
当然、ゼルートはその言葉を聞いて固まってしまう。
自分がセフィーレと婚約。
そんなこと、今まで一度も考えたことがなかったのだ。
ゼルートが固まってしまうのも無理はない。
全く関係がない人物から「お前なら、セフィーレ様とそういう関係になってもおかしくないんじゃないか?」と言われても、軽く受け流すことが出来る。
しかし、そういった話をしだした人物が……セフィーレの実の兄であり、次期当主であるアドルフ。
そんなアドルフの考えに、セフィーレの姉であるミーユも賛同している。
気を持ち直したゼルートは、当然やんわりと失礼が無いように断った。
立場が、他の貴族が……などなど様々な要素があり、自分には相応しくないと口にした。
ゼルートも正式に男爵になったとはいえ、セフィーレは公爵家の娘。
立場的には婚約関係になることは、まずない。
しかし、アドルフは今後のゼルートの可能性を考え、セフィーレとの婚約を提案した。
「ゼルート君、君はこれからも冒険者としての活動を続けるのだろ」
「はい。勿論です」
「であれば、君にはいずれガレン殿の様に上に上がるチャンスに遭遇するだろう。そもそも、功績という点だけ考えれば私もセフィーレと同じく、ゼルート君は子爵の地位を貰ってもおかしくないと考えている」
悪獣が世に解き放たれれば、都市が幾つ消えるか分からない。
「そう簡単に上手くいかないのが貴族の世界だが。君は間違いなく……あの戦いで、英雄と呼ばれる存在になった。戦いがたった一日だけで終わってしまった故にあまりその重大さを解っていない者が多い」
「私もアドルフ兄様と同じ考えよ。あなたはあの戦いで、大勢の命を救った……とても大きな功績なの」
つまり、冒険者として活動を続けるゼルートなら、そういった功績を再び打ち立て、上に登るだろうと二人は考えている。
(ふ、二人にここまで褒められると、超照れるな)
相変わらず真面目に褒められると照れてしまうゼルート。
「君は、強大な危機が目の前に迫ったとしても、逃げないだろ」
「まぁ……そうですね」
そもそも一般的な強大な危機が、ゼルートにとってそこまで危機ではないという場合もある。
ダンジョンの攻略……これも階層が深ければ深い程、初めて完全攻略を行えば……それも偉大な功績となる。
ゼルートが過去に探索した、ホーリーパレスがその例に当てはまる。
階層が多いダンジョンの攻略は相当厳しく、命が幾つあっても足りない。
しかし……ゼルートはその挑戦を怖い、恐ろしいとは思わない。
(危機を危機とも思わないその実力と精神力……おそらく、彼が二十を超える時までには条件を満たすだろう。いや、早ければ十五までに条件を満たすかもしれない)
国も、功績を上げた者には褒美を与えなければ、示しがつかない。
「勿論、妻は何人いても構わない。英雄色好むというからね。ただ、セフィーレを大事にしてくれれば、兄としては何も文句はない」
自分よりも相応しい者がいるのでは?
そんなゼルートの疑問は、あっさりと吹き飛ばされた。
公爵家の次女というセフィーレの立場に釣り合う立場や器。
そして、まだまだ実力を上げるセフィーレとそういった面でつり合う力を持っているのか。
そこに加えて中身なども考えた結果……アドルフとミーユ的には、今のところそんな好物件はいない。
この話はここで全て纏まることはなく、アドルフからは前向きに検討してほしいと言われた。
命令ではないよ、と言いたげな口調ではあったが……ゼルートは二人から強い意志を感じ、放っておいていい案件ではないと思い、宿に戻ってから盛大に溜息を吐いた。
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