少年期[721]強さに憧れるのは当然

「どうだ、美味いか?」


「うん、美味い。というか、呑みやすいな」


「そういうオーダーで頼んだからな」


実家に向けて出発する日の前夜、夕食後にゼルートは銀獅子の皇のメンバーであるアルゼルガに少し吞まないかと誘われた。


その日の夜に関しては既にクライレットとレイリアに渡す錬金獣は完成していたので、特に断る理由はない。

銀獅子の皇のトップであるオーラスよりも信用出来る人物なので、奢りならという条件を付けてお勧めのバーへ入り、マスターにカクテルを頼んだ。


「そろそろこの街から発つのか?」


「そうだな。明日の朝、実家に向けて出発するつもりだ」


「明日の朝か。早いな……とはいえないか」


「時期的にはな。そろそろ実家に向かっとかないとヤバい」


ガレン・ゲインルートの戦力として戦争に参加するのであれば、さすがにそろそろ実家に向かわなければならない。

ガレンや家に仕える兵士たちの為に手に入れた武器があり、それらの扱いに慣れてもらうための時間も必要。


「ふふ、この街の領主としてはお前がこの街に滞在する者として参加してくれた方が有難いだろうな」


「……かもしれないけど、基本的に誰かの下には付きたくないんだよ。でも俺は今一冒険者なわけだから、戦争に参加するなら結局誰かの下に付いて参加しなければならない。それなら、父さんの下に付くのが一番だよ」


「冒険者として活動する者であれば、その感情は正しいな」


アルゼルガはグラスに入った酒を呑みほし、少し気になっていたことを尋ねた。


「ゼルート……お前は、クランをつくるつもりはないのか?」


「…………なんか、オーラスからも似た様なことを尋ねられたな」


「あいつも俺と同じ事を訊いたのか?」


「将来的に貴族になって領主になるのかって……そんな感じのことを訊かれた」


領地を治める貴族になる。

クランをつくり、マスターとして活動する。


その二つはゼルートにとって大した差はなかった。


「なるほど……確かに似た様な内容だな。それで、どちらもなる気はないというわけか」


「そりゃな」


答えを訊かずとも、ゼルートの顔を見れば領主にもクランマスターにもなりたくないという不機嫌なオーラが丸見えだった。


「クランのマスターになれば書類作業をすることもある。そういった点は領主などと似ているな」


「それだけじゃないだろ。クランのマスターになれば他のクランと、貴族になれば他の貴族と衝突する機会があるだろ」


「うむ、それはそうだな」


アルゼルガの記憶にもそのような内容は残っている。

なんなら、クランではないが隣に座っているゼルートとついこのあいだ衝突しかけた。


「だがな、ゼルート。貴族になって領地を治める立場になるかどうかは、お前が今後どう動くかで変わってくると思うが……クランをつくるか否か。そんな状況に関してはそう遠くない将来、決断を迫られると思うぞ」


「えっ…………なんで、だよ」


目の前のAランク冒険者はこういった冗談を言うとは思えない。

それを知っているからこそ、思わず固まってしまった。


「簡単だ。男は……いや、性別は関係無いな。冒険者であれば、戦う者であれば圧倒的な強さを持つ者に憧れるのは当然じゃないか」


「それは……うん、まぁそうだな」


その言葉は否定出来なかった。

ゼルートも前世は戦隊ヒーローや仮面〇イダーにウル〇ラマンの強さに憧れていた。

強さに憧れる、その感覚は解る。


だが、だからといって自らの意志でクランをつくろうとは微塵も思わない。


「お前に憧れる者はこれから多く現れるだろう……悪獣を一人で倒した件があるから、既にゼルートのファンはそれなりにいるかもしれないな」


「俺のファンって……そんなのいるか?」


「ゼロではないな。ゼルートは……まぁ、まだ外見は子供ではあるが実力は超一級品だ。その強さに憧れ、付いて行きたいと……少しでもお前の力になりたいと思う若者が現れる」


「そ、そんな断言されても困るんだが」


悪い気はしない。

悪い気はしないが、是非とも自分の為だけに時間を使って欲しい。

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