少年期[638]打ちのめされる、前を向いて歩くか

「それで、銀獅子の皇のクランハウスで何をやらかしたのかしら」


三人の用事が終わり、夕食を食べているとアレナが早速気になっていた質問を尋ねる。


「おい、なんでやらかしたのが前提なんだよ」


「なんでって言われても……ゼルートだから、としか言いようがないわね」


「そうだな。ゼルートなら、たった一人でも大手クランと揉めてもおかしいとは思わない」


仲間二人から同じことを言われ、肩を落として少々落ち込んだ。


「最近はそうならないように気を付けてるだろ」


「……そうかもしれないけど、ゼルートがそれなりに権力や力を持つ相手と絡むときは、大抵やらかしたときじゃない」


「それはまぁ、そうだけど……とりあえず、今回は何もやらかしていないから」


今回に関しては嘘偽りなく、ゼルートは何もやらかしていない。

アルゼルガから頼まれた通り、鬱憤が溜まっていたルーキーたちの相手をしただけ。


「アルゼルガから頼まれた通り、俺の存在に不満を持っているルーキーたちの模擬戦相手をしただけだって」


「ゼルートに不満、ねぇ……それって、正当な不満だったの?」


「いや、ちょっと理不尽な不満だな。でも報酬額が良かったしな。片っ端からルーキーたちの相手をして適当にぶっ飛ばせば金貨五十枚だぞ。良い仕事だと思うだろ」


「そうね。全員がルーキーなら、私が受けても十分に対応出来そうね」


「そのルーキーたちはゼルートに用があったのだから、アレナが出ては意味がないのではないか?」


「分かってるわよ。ただ、物凄く割の良い依頼だと思ったのよ」


BランクやAランクになれば一日の稼ぎや、一回依頼を受けた結果の稼ぎが金貨五十枚を超えることはそこまで珍しくはない。


だが、全くの危険がない環境で金貨五十枚稼げる仕事があると聞けば、殆どの高ランク冒険者が受けようとする。

それほどにゼルートがアルゼルガから受けた指名依頼の報酬金額は高かった。


「それで、しっかりと心の芯やプライドをへし折っちゃったのでしょ」


「基本的に相手に全てを引き出してから腹パン決めたりって感じで倒してたからな……うん、ボロボロになってたな」


ゼルートと戦い終えた冒険者全員が地面に膝を付き、予想していた結果と全く違う事実に打ちのめされていた。


「最後に全員纏めて相手をしてボコボコにしたのが一番効いたのかもな」


「……あなた、本当に容赦ないわね」


「今後殆ど関わることがない奴らなんだ。わざわざ容赦する必要がないだろ。それに必要以上に痛めつけてはいない。軽い打撃を入れただけで、致命傷になるような攻撃は一つも入れてない」


「そうだとしても、何十人という数で一人の冒険者と戦ったのに、何も出来ずに負けたとなるとかなり落ち込むでしょうね」


プライドが膨れ上がっていた者でも、前を向く力があるルーキーは既に新しい目標を立てて歩き出している。

だが、アレナが考えている通り……ケアを受けても未だに立ち直れていない者もいる。


「……弱いんだから仕方ないだろ。てか、負けた俺で良かっただろ。実戦で魔物や盗賊に襲われたらそこで一巻の終わりだ」


「内容が飛び過ぎよ、言いたいことは解るけど。でも、人はそう簡単にあり得ないと思っていた事実を受け入れられないものなのよ」


「二人は結構受け入れてる気がするけど」


「目の前で何度もあり得ないと思っていたことが起きれば、事実を受け入れないとやってられなくなりでしょ」


十二歳にして圧倒的に実力を持ち、所有している武器や防具にマジックアイテムも一級品。

そして自作のポーションを造ったり特別なテントや料理も作れる。


そんな人物が何度もあり得ない光景を起こせば、自然と受け入れてしまうのは自然なことだろう。


「私は単純に慣れた。ゼルートだからなんでも出来てもおかしくないと思っている」


「なんでもは無理だっての……まっ、とりあえずそんなところだ。後はアルゼルガと一分間だけ模擬戦をしたぐらいかな」


最後の一言を聞いて二人は同時に食事にと手止めた。


「一番大事な話が残ってたじゃない! えっ、それはゼルートから申し込んだの?」


「あぁ、そうだ。ルーキーたちの相手しかしてなかったから、ちょっと消化不良だったんだよ。だから一分間だけスキルを使わずに模擬戦をしないかって提案したんだ」


提案という言葉に間違いはないが、アレナにはアルゼルガが脅されている様にしか思えなかった。

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