少年期[637]要らない心配だった

「これが約束の金貨五十枚だ」


「……おう、確かに金貨五十枚受け取った」


ルーキーたちを順番にボコし、次に纏めてボコボコにしてからアルゼルガとの模擬戦を終えてようやく報酬金を受け取ったゼルートはホクホク顔だった。


(ルーキーたちを軽く相手しただけで金貨五十枚……美味しい仕事だったな。バカな話を広めたバカ貴族二人に感謝だ)


アホ二人が事実を少々話を変えて広めた結果、金貨五十枚がゼルートの懐に入り、ルーキーたちのプライドがバキバキに折られた。


途中からベテラン組も模擬戦を観客席から見ていたが、何度もルーキーたちに合掌を送った。

そして自分はあの中に参加しなくて良かったと思っていた。


大手クランのベテラン組ともなれば、世の中には理不尽な化け物が存在するということぐらいは既に知っている。

そんな理不尽に直接潰されたルーキーたちの心境はどうなるのか……考えたくもない。


既に立ち直り、前を向いている者がいれば、まだまだ完全には立ち直れない者もいる。

銀獅子の皇にはルーキーの中ではそれなりにエリートな連中が入るので、今まで大きな挫折を味わったことがない者が多かった。


ましてや、十三歳の冒険者になって一年ほどしか経っていないルーキーに負ける。

そんな体験をしたことが一切なかった。


「ゼルート殿は、あいつらにとって本当に良い壁になってくれた。感謝している」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、強くぶつかり過ぎて立ち直れない奴とかいるんじゃないか?」


「いるかもしれないな。ただ、冒険者として活動し続けていれば、いずれ大きな壁にぶち当たるものだ。それが少し早まっただけ」


「はっはっは、先輩は厳しいね。それじゃ、用は済んだし俺は返らせてもらうよ」


「あぁ……なぁ、一つ聞いて良いか」


「なんだ?」


「聖魔石が必要だと言っていたが……それなりの手札を用意しているのか」


ゼルートたちが強いのは十分に解った。

アレナやルウナは別だが、ゼルートとその従魔たちには敵わないと思っている。


だが、六十階層のボスは自分たちでも毎回死の危機を感じる。


「……俺にはこれがある。それで十分だろ」


右手の上に浮かべられたのは闇の魔力。

六十階層のボスには有効な属性魔法だ。


ただ、それが弱点とはいっても相手は生半可な魔物ではない。


「そうかもしれないが……闇属性が付与された武器などを持たずに戦うつもりか」


アルゼルガがも六十階層のボスと戦う時は普段使っている槍ではなく闇槍を使う。


「一応闇属性が付与された武器は持ってるぞ。まっ、なんとかなるって。てか、なんでそんなに俺たちがボスと戦うのを心配してるんだ?」


もう敵対はしていない。

だが、友達になった訳でもない。


せいぜい知り合いといったところ。

何故そこまで自分たちのことを心配しているのか解らない。


「……もう少し時が経てば、隣国との戦が始まるのは知っているだろう」


「あぁ、それは知っている」


「ゼルート殿も、その戦いには参加する……筈だろ」


「勿論だ。俺の父親も参加するんだし、俺が参加しない訳ないだろ」


実際のところ、ゼルートはガレンが参加せずとも、戦争には参加する気満々だった。


「そうか……俺としては、万が一お前たちの様な大きな戦力が戦いの前に失われるのは惜しいと思ってな」


「……はは!! なんだ、そういう事か。なるほどなぁ……安心しろ。そう簡単に死ぬつもりはない。六十階層のボスがいかに強くても、悪獣より強いということはあり得ないだろ」


「そ、そうだな…………あぁ、確かにそうだな。忘れていたよ」


六十階層のボスと戦って勝てるのか、そんな考えは要らない心配だったと思い出した。

目の前に立っている少年はソロで悪獣という最悪最凶の魔物を倒した英雄だったのだ。


ボスは精々Aランクの魔物。

そして今回はソロではなく、パーティーで挑む。


ゼルートたちが負けるなど、絶対にあり得なかった。


「それじゃ」


「あぁ、じゃあな」


ゼルートをクランの外に見送った後、心が本気で折れているルーキーたちのケアについてもう一度考え始めた。

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