少年期[496]普通はやろうと思わない

「俺は冒険者だ。それで、今回ラッキーティアをオークションに出しはするけど、金には基本的に余裕がある。だから今後自分達を強くする要因になるかもしれない悪獣の素材や魔石を売ったりはしない」


「……なるほど、冒険者らしい理由だ。悪獣の素材や魔石がオークションで出た記録は見た事が無いからどれぐらいの値が付くのか気になるが、それは完全に私情だね」


「ははっ、自分としてはそれは少し気になりますね。仮にまた悪獣と戦って勝てたら考えますよ」


Sランクモンスターと冒険者や騎士が戦う事そのものが少なく、その勝負に冒険者や騎士達が勝った記録も少ない。

そして討伐されたSランクモンスターの素材が市場に出回ることもあるが、大半の素材はその討伐者達が自身の為に使ってしまう。


「君は、本当に強いんだな」


「・・・・・・どうして、そう思うんですか」


特にゼルートから闘気や殺気、怒気が溢れている訳でも無い。

しかしグラットはゼルートが本物の強者であると、表情から感じ取った。


「仮にまた悪獣と戦って勝てたら考える。謙虚に感じる言葉かもしれないが、君の表情には謙虚さが感じられない」


「そう、ですか? そんなにドヤ顔をしてるつもりはないんですけど」


「あぁ、すまんな。言葉を選び間違えた。自信に満ち溢れていたり傲慢な表情になっている訳では無い。だが君の表情にはまだ余裕がある。君より長い間生きてきたからこそ解るものだ」


グラットは確信していた。次にもう一度ゼルートが悪獣と遭遇した時、その個体のレベルやスキルの練度や数によって戦闘時間や難易度は変わるが、それでもゼルートの勝利は揺るがないと。


(噂では雷と風を纏っての殴り合い。それにプラスして魔法のぶつけ合い。それが本当にそうなのか実際に見た訳では無いから断言は出来ないが、それぐらいが出来なければ悪獣を単独で討伐は出来ないでしょう。そして戦いが終わった後に気絶したという話は聞いたことが無い。それならまだまだ余力を残して勝利したとも考えられる)


流れて来た噂を整理すると、ゼルートは属性魔力を用いた身体強化魔法を使え、魔法を無詠唱かもしくは詠唱破棄で使用している事が解かる。


その話だけを聞くと接近戦も出来て遠距離攻撃も出来る超万能タイプに思えるが、大して物事を考えない者ならそんな話はあり得ないと一蹴する。


ただ、悪獣を単独で倒すならそれぐらい出来なければとグラットと同じ考えに至る。


(悪獣を倒すことが出来る力に更に上がある……そう考えるとこの少年をランクという枠に縛るのは無意味だと思うのだが……あまり無理を通すことが出来ないのが組織という物だ。後一年ほどでSランクまで上がるようなことは無いだろう)


現実的な面でも無理だが、そもそもゼルートに成り上がってやるという野心が無い。

なので今後ゼルートが冒険者としてのランクを上げていくことはあっても、短期間で激的に上がることは殆ど可能性としては無いだろう。


「……俺は、魔法の才に恵まれています。その才が、俺自身の肉体を強くさせる要因になっています」


「それは面白い話だね。魔法を使って肉体を強化すると。それは……一時的にでは無いのだろう」


「はい。簡単に言えば、筋力トレーニングと一緒ですね。ただ、それを聞いて誰もやろうとは考えないと思いますよ」


「そうかい? 強くなれるならそのトレーニングを望む者は少なからずいると思うが」


魔法が使える者の多くが戦闘職に就いている。

その者達が強くなる手段を拒むのか? グラットはそうは思わなかった。


ただ、それは魔法の才能が有りながら接近戦を一定レベル以上行えるゼルートだからこそ実践しようと思えたトレーニングだった。


「強い魔法というのは、それだけで人を満足させてしまうものです。だから……それは使ってトレーニングをしようなんて、普通の人は思いませんよ」


「……ふふ、そうか。面白い話を聞かせて貰ったよ、ありがとう」


そこで二人の話し合いは終わり、ゼルート達は会場を出て街をかるく散策し始めた。

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