少年期[446]妙なスッキリ感

ゼルートと悪獣の戦いはそう長くは続かずに決着がついた。

時間にすれば一分程度。


だが、その戦いの余波でゼルートと悪獣が戦っていた周辺の森が壊滅的な状況になった。


枷を九まで外し、初っ端から疾風迅雷と身体強化のスキルを発動し、全力で殴り掛かる。

それに悪獣も応えるように身体強化のスキルを複数発動して接近戦に応じる。


お互いの攻撃がぶつかり合う度に衝撃音が響き、何も解らない者にとっては巨大な魔物の足音のように聞こえる。

それから悪獣は風と闇を、ゼルートは風と雷の魔法をも使いながら更に戦いを加速させていく。


ここ最近に戦いでゼルートは大した傷を負ったことが無い。

というよりも、全力のゼルートの速度に付いて来れる者と出会わない。

そんなぬるま湯な状態に熱湯を注ぎこまれたゼルートは内出血は当然で切傷や打撲、果ては吐血までの傷を負った。


だがそれは悪獣も同じく、体の至る所に傷を負っていた。

翼もボロボロになり、碌に空を飛ぶことも出来なくなっている。


しかし戦況としては持続回復魔法を使えるゼルートがやや優勢なまま戦いは進む。

悪獣も再生のスキルを持っているが、当然失った血までは戻らず、大量な魔力がゴリゴリ減っていく。

それに対してゼルートの持続回復魔法は一度掛ければ一定時間は魔力を消費せずとも回復する。


ただし、持続的な回復魔法を使っていたとしても、一瞬で傷が治るわけではないので、痛みが無くなる瞬間は戦いが終わるまで永遠に続いた。


そして他の冒険者たちに不安を煽るような戦いに終わりが近づき、最後は両者の風雷を纏った拳と風闇を纏った拳がぶつかり合い、最後の最後で人としての限界を超えたゼルートに軍配が上がる。


「は、はっはっは。強いとは思っていたが、ここまでの強さを持っていた、とはな」


「そりゃこっちのセリフだ。肉弾戦には結構自信があったんだが、ここまで傷を負ったのは久しぶりだ。お前・・・・・・本当に強かった」


「そう、か。真の強者でお前に、そう言われるなら・・・・・・本望だ」


満足そうな表情を浮かべながら悪獣の心肺は停止し、立ったままあの世へに行った。


「ゼルート様、大丈夫ですか」


「ああ、大丈夫だ。一人で立てる。怪我も、少し休めば治る。ただ、流れた血はどうしようもないけどな」


ポーションをいくら飲んでも無くなった血までは元に戻らない。


「あと魔力もすっからかんだ。もう殆ど魔物は残っていないと思うが、念のためにグルっと周辺を回ってきてくれ」


ゼルートからの指示を受けたラルとゲイルは即座にその場から離れて他の冒険者の様子や残った魔物狩りを始める。

普通ならば地面に腰を下ろしてしまうほどにスタミナが切れている仲間を放っておく冒険者はいないが、ゼルートの場合はほぼほぼの仕事を一人でこなせるので二体は安心してその場から離れた。


自身の魔力を圧縮した結晶を取り出し、ゼルートはゆっくり魔力を回復させた。


「いやぁ~~~・・・・・・本当に、マジで疲れた」


ここ数年は感じたことが無い緊張感を体験し、本来なら一分程度の戦いで切れることは無いスタミナを持っているゼルートがその場から一歩も動こうとしない。


「あいつ、完全に俺よりレベルが上だな」


戦う前は早くこいつを仕留めなければという気持ちでいっぱいだったゼルートは悪獣に対して鑑定を使っておらず、どのようなスキルを有しているのかなどが分からなかった。


「・・・・・・人の事言えんが、こいつも中々に化け物だな」


取得しているスキルは殆どがレベル五を超えていた。

風魔法と闇魔法と身体強化にいたっては七に達しており、人に例えれば超一流の領域に達している。


(多分、途中からお互いに無意識で闘気まで使って体を強化していたもんな。体の節々が筋肉痛になったみたいで痛い。痛すぎる)


圧倒的な実力を持つゼルートでも、まだ完全に肉体が出来上がっている訳ではないので無茶な身体強化を続ければ筋肉が断裂する可能性もある。


「まぁ、なんにせよ思いっきり殴って蹴って魔法を放っての戦いが出来た事には感謝だ」


妙なスッキリ感があるゼルートは未だに立ったまま死んでいる悪獣に軽く頭を下げた。

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