最終話~ミドル18~
キングタイガーを上手く撒いた影裏と春見だったが、元の時代へと帰る手段はもう、無い。
5年もの間、人目を避け、誰にも気付かれずに潜伏し続けるしか、方法が残っていない。
二人はひとまずN市郊外にある建物に身を潜めた。
雨に濡れた身体は冷たく、暖を取ろうにも侵蝕率が高すぎるため影裏の黒炎を使う事も現実的ではない。
身体は完全に実体を取り戻したとはいえ、これからの事を考えると暗い気持ちが芽生えそうになる。
二人は身を寄せ合うようにして、互いを暖めていた。
影裏:「……この時代で俺たちがやるべき事はクリアできたな。とはいえ──」
春見:「──これからどうしよっか。目立つわけにもいかないし、帰る事もできない」
影裏:「加えて、一緒に跳んできた京香とも離れたままだしな……」
春見:「心配だね……」
影裏:「この時代の
ふと、雨に濡れた身体が小さく震える。
影裏:「……寒い、な」
春見:「うん……でも時間だって超えたんだもん。大丈夫だよ。きっと、何とかなる」
言葉とは裏腹に、心に忍び寄る不安感をそっと拭うように身体を密着させる。
影裏:「ああ。今更こんなところで止まってる訳にはいかない。京香と合流したら、改めて方針を話し合おう」
春見の肩に手を回し、静かに、けれど力を込めて抱き寄せた。
……しばらく、二人だけの時間が過ぎる。しかし身を寄せ合う彼らは、無人に思えた建物内でゆっくりと近付いてくる足音に気付いた。
靴音から察するに、おおよそ戦闘で使われるような靴ではない事も窺える。
その人物は懐中電灯を手に二人の前へと姿を現した。
白衣を纏う黒髪の彼女は、UGNに所属していた頃にジャームとして処理した女性──
春見:「(FHの──)」
影裏:「(ラヴィングサン……!)」
見覚えのある女性:「……ちょっとなぁに? ずぶ濡れじゃない。風邪でも引いたらどうするのよ」
警戒する二人に、どこか心配するような声音で話しかけてくる。
補足すると、2話のミドル戦闘でボスとして登場したNPCだ。
自らが作った鶏頭の男を息子と呼び慕いつつ、戦闘ではエネミーを強化する事に特化したソラリスピュアのジャームだった。
彼女については第二話ミドル2に詳しい。気になった方は改めて読んでみるのも一興だろう。
影裏:「(ジャームか? いや、レネゲイド拡散から間もない時期だ……判別を付けるにはまだ早い)」
立ち上がり、春見を庇うように一歩前に出る。
その様子を見てか、彼女は小さく溜息を吐いた。
見覚えのある女性:「付いて来なさい? 何か温かい飲み物を淹れてあげるわ」
近くの部屋まで歩き、彼女は照明を点ける。それによって、二人は思い至った。
郊外に位置するこの建物は、5年後、彼女を筆頭とする”マトリクス”セルの研究所となる場所だという事を。
しかし建物内にそういったレネゲイドを思わせる設備は存在していない。
彼女は慣れた手付きでミルクを温めると、二人に手渡す。
見覚えのある女性:「ほらほら、温かいうちに飲みなさい? 元気出るわよ」
影裏:「……確認したい事がある。誰の差し金だ?」
カップを受け取りつつも、二人とも口を付けようとはしない。
見覚えのある女性:「ふふっ。面白い事言うのね? そうねぇ、強いて言うなら……。
私は息子がいるのよ。ちょうど、アナタたちと同じくらいの歳の」
「だから放っておけないのよ? そんな恰好してたらね」
そう言って、彼女は優しく微笑む。それは理性を失ったジャームでは、決して作れない表情だった。
影裏:「……ありがとうございます。俺は結理といいます」
春見:「……ありがとうございました。私は春見です。貴女のお名前は何というのでしょう?」
焦点の合わない目で、恐る恐るミルクに春見は口を付ける。
影裏もまた、賭けだと言わんばかりに口を付けた。
見覚えのある女性:「結理君に、春見ちゃん。私は
ホットミルクに口を付けた二人は、比喩ではなく、事実として力が湧いてくる。
その感覚には覚えがある。レネゲイドによるものだ。
GM:二人とも、シナリオ内の使用回数に制限のあるエフェクトを、一回分回復してくださいな。
春見:やっぱり、これはソラリスの?
GM:うむ。《帰還の声》だ。
補足すると、これによって春見はこのシナリオでもう一度《スターダストレイン》が撃てるようになる。しかし、それを撃てば視力が完全に失われるだろう。
そして影裏も《レネゲイドリゾプション》をもう一度使用可能となる。
影裏:ありがたすぎる……。
春見:うん。助かったね。
GM:では描写に戻っていこうか。
春見:「……美味しい。でも愛さん、もしかして貴女も?」
あえて明確な単語類は口にせず訊ねる。
檜山 愛:「あら、バレちゃった? そうよ、魔法使いなの」
影裏:「……なるほど。それは温まる訳だ」
檜山 愛:「ふふ、秘密にしてね?」
もう一口、影裏は大きめに飲み込んだ。
二人は彼女に聞こえないよう小さな声で、言葉を交わす。
春見:「(魔法使い。そうだよね、今の時代なら『オーヴァード』なんて単語は一般化してないか)」
影裏:「(そうなるだろうな。そうか、レネゲイド拡散初期から覚醒していたのか……)」
二人のやり取りに気付く様子もなく、檜山 愛は懐から一枚の写真を取り出し見せびらかしてくる。
檜山 愛:「ほら、見てごらんなさい、この写真。可愛いでしょう? ケイトって言ってね、自慢の息子なのよ」
そこにはどこか幼い顔つきの少年が写っている。
春見:「可愛らしいですね(……そっか。この人が、ああなっちゃうんだね)」
ホットミルクを
檜山 愛:「私の愛は無限大なの。汲めども尽きぬ永劫の愛なのよ。でも──
親から子供への愛って、そういうものでしょ?」
穏やかな口調で語る彼女の行く末は、息子を亡くしたショックでのジャーム化だ。
その末路を、二人は知っている。
影裏:「っ……そういうもの、ですか」
檜山 愛:「まぁ、お子様には分からないわよね。
……でもいつか、アナタたちに子供ができたら、きっと。分かるようになるわ」
影裏:「…………」
ホットミルクと共に、飛び出しそうになる言葉を、飲み込む。
檜山 愛:「あ……ごめんなさいね? 息子の事になると
春見:「……素敵ですね。私も、いつか愛を配れる人になりたいです」
檜山 愛:「ふふっ、ありがとうね? でも、きっと。そういう人になれるわ」
「だって春見ちゃんの目、とっても──とっても、優しい目をしてるから」
今まで、敵対した誰もがその眼を恐れた。能力を知れば、誰しも恐怖を抱いた。
しかし彼女だけは、その瞳に宿る優しさを認めたのだ。
春見:「……ありがとうございます。私、頑張りますね」
寂しさも、悲しさもある。それでも、努めて優しく微笑んだ。
檜山 愛:「こんな彼女、滅多にいないわよ? 大切になさい、坊や」
影裏:「……ええ、そのつもりです」
檜山 愛:「あら。余計なお節介だったみたいね?」
臆面もなく言い切った影裏に、くすりと笑う。
檜山 愛:「外は雨だから。気の済むまで、ここで休んでいくといいわ」
影裏:「助かります。ありがとうございます、愛さん」
春見:「はい。……ぁ、そうです。愛さん。これは昔見かけたお話なんですが」
意味が無いのは分かってる。でも好意だけを受け取って、ただ見過ごすのは性分ではなかった。
春見:「魔法使いのお姉さんは力を使いすぎると、いずれ我を忘れて災厄を振り撒く大魔女になってしまうそうなんです」
そう、これはただの余計なお節介だ。だがこれが春見なりの──
春見:「……だから。心の隅で気を付けて貰えたら、嬉しいです」
──愛の形なのかもしれない。
僅かに、驚いた顔をした。もしかすると、心当たりがあったのかもしれない。
檜山 愛:「ありがとう、春見ちゃん。大魔女になったら、息子が可哀そうだわ。
……折角だから、ちょっと控えてみようかしら」
これは小さな、本当に微かな変化だったかも分からない。
春見:「それがいいかもしれません。きっと息子さんは、それでも貴女を愛してくれると思いますけど」
小さく微笑む。そうであって欲しいという、想いを込めて。
この言葉で結果が変わったかは、分からない。だがたとえ変わらなかったとしても。
「そうだといいわね。でもね──」
そこに抱く想いだけは。
「その時は、息子にこそ止めて欲しいものだわ」
変わったのかも、しれなかった。
影裏:「(……ああ、全く。春見はあなたの見立て通りの女性だよ、愛さん)」
檜山 愛:「あら。雨、止んだわね? 泣き止んだのかしら、なんてね」
窓の外を見て、口にする。
檜山 愛:「せっかく雨が上がったのだし、アナタたちはもっと、広い世界に出るべきよ。
狭い部屋で
影裏:「……そうですね。やるべき事が、まだ残ってる」
決然とした表情で、俯いていた顔を上げる。
影裏:「……ご馳走様でした。おかげで温まりました……とても」
右手で──あの時、彼女を貫いた手で──カップを差し出す。
檜山 愛:「その顔、私の息子に負けず劣らずよ?
やり遂げなさい。それが、子供のあるべき姿よ」
差し出されたカップを、その手で受け取る。
春見:「はい。愛さん、雨宿りありがとうございました。お陰様で、前に進めそうです」
檜山 愛:「時には立ち止まってもいい。けど、座り込んじゃダメ。──しっかり歩いてね?」
影裏:「ありがとう、ございます」
春見:「はい。二人で歩んでいこうと思います」
深く頭を下げた後、歩き出す。
影裏の固く握られたその右手が。
彼の左側で歩き始めたその姿が。
彼女への返答だったのかもしれない。
未来に向け、しっかりとした足取りで進む青年たちの背中を、女性は温かく見送る。
いつか敵として再会するかもしれない。その時には互いが分からないかもしれない。
……いつか、理性を失ってしまうのかもしれない。
それでも──今、この瞬間だけは。彼女は一人の大人として、彼らを導き、癒したのだ。
誰も悪くなどなかった。ただ超常の存在──レネゲイドに狂わされた。ただ、それだけ。
いつか彼女に終止符を打った彼らは、戦場へと向かう事となる。
過去の因縁も、現在の絆も、力へと変えて。全ては未来を掴み取るために──。
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