最終話~ミドル6~

 プランナーが戦場へ出てからも、春見は必死に過去を調べ続けている。

 しかしぼやけた視界と疲れによって、その効率が悪くなっているのは明らかだ。

 成果の上がらない作業は春見の心を、徐々に、焦りへと陥れ始めていた。


春見:「……」


 それでも黙々と続ける。ひとつの愚痴も、溜息を吐く時間すら惜しい。

 まるで視えない誰かと戦っているかのような緊張に反して、ゆっくりと声がかけられた。


杏子:「春見。お茶を淹れてきたよ」


 つい昨日、姉妹の関係に戻れた相手。無下には、したくない。

 作業を止め、カップを落とさないよう両手でしっかりと掴んでから、一口すすった。


春見:「……ありがとう。お姉ちゃん。──温かい。

 それになんだか……甘くて、いい香りがする。これって茶葉は何?」

杏子:「ふふん。実はこれ、ただの粉末茶なんですよ。一手間加えて甘みを付けているんです」


 どこか得意げな説明に、春見は目を凝らしてカップの中身を見ると白緑色に濁っていた。


杏子:「京香さんから教えてもらった飲み方で、緑茶ミルクティーっていうらしいよ。

 私たちは知らなかっただけで、意外と歴史のある飲み方なんだって」

春見:「へぇ、緑茶をミルクティーに……私も今度練習してみようかな」


 その言葉に微笑むと、杏子は優しく頷いた。


杏子:「……今やってる作業はさ、この飲み物と同じなんだ。過去を知るためには、文献だけが頼りじゃない」

春見:「……もしかして、あまり調子が良くないの、バレてた?」


 少し困ったように笑いかけた春見に、


杏子:「もちろん。だって私は──」



「春見のお姉ちゃんなんだから」



 いつか、言えなかった言葉を、ようやく口にできた。


春見:「──うん。やっぱりお姉ちゃんには隠し事は無理なんだね。全部お見通し」

杏子:「……だから、私も正直に話すよ。

 私が知ってる、本当の佐倉家について」


 心を決めるかのように、長い沈黙を保ってから。


春見:「うん、教えてお姉ちゃん。5年前の襲撃について、お爺様が昔あんなにも厳しかった理由。そして──」


「──”予言の子”の正体を」


 杏子はこくりと頷き、語り始める。


杏子:「春見がまだ小さかった頃、当主様の様子は急変した。

 あの頃は、春見が”眼”を扱える可能性を見出したからだと思ってたけど……」


「5年前。佐倉家が襲撃されるまで、当主様は”眼”に支配されていた。

 襲撃してきた暴漢たちが──”春見と影裏さん”が、それを助けてくれたんだ」


春見:「……え、私と結理君に? でもあの時、私たちは別の場所に──」


 ゆっくりと、杏子は首を振る。


杏子:「あれは5年前の、当時の二人じゃない。ちょうど、今の春見と影裏さんくらいの年頃だったんだ」

春見:「それって、まさか──」

杏子:「たぶん、そのまさか。あの襲撃があって、ようやく当主様は”眼”から解放された。

 正気に戻った当主様は、”予言の子”についてこう語ってくれたんだ」


「この”眼”を我が家にもたらした妙齢の女性は、”眼”を渡す時に”予言の子”を指名したようだって」


春見:「『7代後に産まれる少女こそ、この”眼”の本当の持ち主』……そっか、今なら分かるよ。都築さんが、私にこの"約束の瞳"を渡すために言葉を残してくれたんだ」


 誤算は、アンナが春見の姉だと知らなかった事。

 先に産まれた杏子を”予言の子”だと思い込んだ厳蔵によって、杏子もまたオーヴァードとなった。

 レネゲイドの影響で、杏子は幼い姿のまま成長が止まってしまったのだ。


杏子:「でも私も当主様も、春見たちにいつ伝えればいいのか分からなかった。

 だから当主様はこの事実をひとまず隠して、明かすための条件を設けた。

 それが『5年後』と『私を越えた時』のふたつだったんだ」

春見:「だからお姉ちゃんは『私を越えてもらわないと』って言ってたんだね」

杏子:「うん……そういう事」

春見:「……ひとつ、いいかな。お爺様は”眼”に操られてたけど、じゃあ今の私は?」

杏子:「大丈夫。当主様の時とは様子が違う。間違いなく、正常だよ」

春見:「本当に? お姉ちゃんや結理君、及川君たちならまだ大丈夫だけど……。

 他人の言葉や想いを信じられそうにないの」


 その言葉に、杏子は驚愕する。


春見:「眼も悪くなってきてる。集中しないと、お姉ちゃんの顔も判別できない。

 それでもまだ、大丈夫かな、私」

杏子:「まさか……じゃあ”声”を聴いた事はある? それか、頭の中に言霊が浮かんだ事とか──」

春見:「あるよ。私が覚醒した時、”声”を聴いた気がする」

杏子:「──! ……だとしたら、春見も、なんらかの干渉を受けてる」


 春見と杏子は思案する。干渉を防ぐ手立て。それはつまり、"約束の瞳"を分析する事に他ならない。



 情報項目:春見への干渉

 <知識:レネゲイド> 12



春見:『専門家』を使用して判定ダイス+2個していくね(ダイスころころ)達成値は10。

 財産Pを2点消費して成功させるね。

影裏:大事なところだからな……。



 情報:春見への干渉

 "約束の瞳"には意識に満たない意志が宿っており、それが宿主の意識に干渉している。

 具体的には徐々に”人を信じられなく”なっていく。

 これを解除するには《スターダストレイン》を残り2回撃たなければならない。



春見:使いきれとのお達しだ()

影裏:干渉か失明の二択……!

GM:遺産だからね、仕方ないね。


 《スターダストレイン》は1シナリオにつき1回までしか撃つ事ができないエフェクトだ。

 それをあと2回。最終回で明かす内容ではないようにも見えるが……。

 ここはぜひ、GMの采配を温かく見守って欲しい。



杏子:「眼の構造は、なんとなく察しがついてるよ。

 おそらくそれは、レネゲイド貯蔵庫のような物。蓄えられたレネゲイドを、春見に混ぜ込んでいる」

春見:「……なら、意識干渉を避けるには使い切るしかない?」

杏子:「…………。ひとつだけ。可能性とも言えないような望みが残ってる」


 逡巡しながらも、僅かな希望を口にした。


杏子:「それが本当に貯蔵庫で、中にレネゲイドが入っている限り視力が保たれるのなら。

 使い切る瞬間に、その中に補充さえできれば、きっと──」

春見:「……難しいね」

杏子:「……ごめんなさい。気休めにも、ならないよね」

春見:「ううん、いいの。ありがとうね、お姉ちゃん」


 春見の礼に、杏子は目を伏せる。


杏子:「……私、本当は春見を巻き込まれた事。ちょっと怒ってる。

 でもそれ以上に──今こうして話せる事に……感謝してる」


 視線は、いつの間にか春見の瞳を射貫くように。

 真っ直ぐと見つめる目を、春見もまた、見つめ返す。


春見:「私も。こうして皆の力になれて、お話ができる事が嬉しい」


 優しく微笑みあう姉妹は、穏やかな心を取り戻していた。


杏子:「絶対に、影裏さんを取り戻そう。いつか言ったよね」


「”春見はきっと、影裏さんに相応しい女性になる”って」


春見:「……うん、そうだね。私、もう少し頑張るよ」

杏子:「頑張ろう、春見。……私は、少しの間ここを離れるね。

 私の足なら陽動と情報収集が向いてるから」

春見:「分かった。もし危ない事するなら気を付けてね」

杏子:「──うん、気を付けるね。必ず、生きてまた話そう、春見」


 その言葉を最後に、杏子はセーフハウスを後にした。


春見:「……さて、続き頑張らなくちゃ」


 一抹の不安が、心を埋め尽くしそうになる。寂しさと切なさと、恐ろしさが心を侵蝕する。

 時折、自分なんて無価値だと顔を出す私もいる。

 だけど、その度に心を救ってくれるのは、皆と、ここにはいない”あの人”なんだ。

 だから歩き続ける。まだ、立ち止まるべき場所じゃないから──。

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