第四話〜ミドル6〜

 自室でひとり物思いに耽った影裏だったが、思い立ったように京香の部屋を訪ねる。その胸中にはプランナーの言葉が渦巻いていた。


影裏:「京香、結理だ。今、いいか?」

京香:「あ、うん! どうぞ」

影裏:「サンキュ。邪魔するぜ」


 京香に充てがわれた部屋にはプランナーも共にいる。先ほどの言葉通り、二人は自分自身でもある相手と話し込んでいたようだった。


影裏:「ちょっと、二人に聞きたいことができてな」

プランナー:「二人に、ね。何かしら?」

影裏:「まずは京香……だとどっちもだな。すまん、今はプランナーって呼ぶぜ」

プランナー:「今更ね。好きに呼んでいいわ」

影裏:「プランナーに聞きたい。さっき言ってたな。正体不明の敵のために、俺たち4人が欠けるのが許せなかった、と」


 その問いかけに少し瞑目してから、はっきりと、そして自分の言葉で答えた。


プランナー:「──うん。そう言ったよ」

影裏:「お前、そのために……そのためだけに、3000年の孤独を、耐えたのか」

京香:「…………」

影裏:「教えてくれ。どうしてだ。どうして、耐えられた。3000年なんて気が遠くなるような時間。たった独りで、どうして戦えたんだ」


 影裏の言葉に数瞬、目を伏せてからプランナーはゆっくりと、首を振った。


プランナー:「独りじゃ、なかったからだよ。確かに私はみんなと離れて一人になったけど。ずっと、心には未来のあの頃が。……思い出があったから」

影裏:「思い出……そんな、形も何もないもののために、戦い抜いたっていうのか。そんなにお前は、俺たちのことを……。本当に、それだけなのか。たったそれだけのために、お前は──」

プランナー:「…………から」

影裏:「……え……?」


プランナー:「……結理君の隣に、相応しい人がいる。その人がいないなんて。そんなの──私は認められないから」


影裏:「……お前……。──そっか。お前も、そうなんだな……ありがとう。話を聞けて、よかった」

京香:「────」

影裏:「京香、お前の話も聞かせてほしい」

京香:「……うん」

影裏:「事故にあって、目が覚めてみれば、何年も時間が経っていて。かと思えば、オーヴァードになって、レネゲイドコントロールなんて叩き込まれて」

京香:「…………」

影裏:「それでも、お前は逃げようとしなかった。逃げても、誰も責めないことは知っていただろうに。それでも……」


 影裏の瞳には、あの頃と変わらない京香が映っている。5年前、事故が起こる前だって、彼女は戦っていた。──たとえ、自分に力が無いと分かっていても。


影裏:「……なあ、なんで戦えるんだ。どうして、お前は──」

京香:「簡単だよ、結理君」


 京香は、ただ穏やかに笑って。


京香:「みんなが側にいて。みんなが必死に戦ってて。……それなのに、みんなを置いてなんて行けない。それにね」

影裏:「……それに?」


京香:「もしかしたら、私も一緒に立ち向かえば、なんとかなるかもって思ったんだ。……もしかしたら、私が逃げたらみんな、どうにかなっちゃうかもって」


影裏:「っ……!」

京香:「だから、私は困ってる人を見捨てられないんだろうなぁ」


 困ったような笑みを浮かべる京香は、紛れもなく、ただの少女でしかなかった。


影裏:「──そう、か。……ああ。ありがとう、京香。おかげで、決心がついた」

京香:「……ねえ、聞いてもいいかな?」

影裏:「ああ、なんでも聞いてくれ」

京香:「結理君は、なんで戦えるの?」

影裏:「……それは違う。……違うんだ、京香」


 その疑問に、影裏は苦虫を噛み潰したような顔で告白する。


影裏:「俺は、戦うことを……抗うことを、諦めてた。いつかジャームに堕ちる時が来るからと。お前らと、いつまでも一緒にはいられないって……俺は……俺はッ!」


 俯いて声を絞り出す様を、プランナーはそっと目を逸らした。


影裏:「……知ってたんだ。近い将来、自分がジャーム化するって。だから俺は……ッ」


「俺は……戦ってたんじゃない。逃げてただけなんだ。逃げて、逃げて逃げて……死に場所を探してただけだったんだ。

 お前らのために死ぬなら、格好がつくからって。命を奪い続けた俺にしては上等な末路だって」


京香:「結理君……」

影裏:「そうだ。俺は、そう、思っていた」


 俯いていた顔を上げて、しっかりと二人の顔を見据えて。


影裏:「けど今は、違う。京香がたった独りで戦い続けていたことを知った。だから俺は──」


 先を話そうとする影裏の口に、すっ、とプランナーは人差し指を当てる。

 僅かに悪戯な笑みを浮かべながら。


プランナー:「ねえ、結理君。その続きを、真っ先に伝える相手は、きっと私たちじゃないよね」


影裏:「っ……なんだよ、お見通しかよ……昔、好きだった相手の前だぞ。……少しくらい格好つけさせろよ」

プランナー:「ふふっ、当然だよ。"今も"好きな相手の前なんだから。……少しくらい格好つけさせてよ」


京香:「──ッ!」

影裏:「……ああ、くそっ! 分かった、行けばいいんだろ! 行ってくるよ! ついでに桃矢にも声かけてくる。じゃあな!」

プランナー:「いってらっしゃい、結理君。……頑張ってね」


 去り際、その言葉にふと立ち止まり。背中越しに、彼女たちに声をかける。



影裏:「ごめん、京香。それと──ありがとう」



 返事を聞くより先に、影裏は部屋を後にする。

 不器用だが、それは彼なりの優しさに他ならない。どれだけの激戦を経ても変わらなかった、彼の柔らかさである。

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