ロゴーンでオールAとってみた【短編】

奈名瀬

『僕は汚れた赤が好き』

 明日は、お天気のいい日だよ。

 アスカは笑ってそう言ったね。

 雄介君は「そうなんだ」って頷いた。

 僕はそんな二人に嫉妬する。

 アスカは僕のものなのに……。

 僕は雄介の血の赤が見たくなった。


 次の日、僕は雄介と会うことにした。


 夜の11時にいつもの公園で、ふたりだけで話をしよう。

 アスカを吃驚させる遊びを考えたんだ。


 そう言って誘うと、雄介は「いいよ」と答えた。


 とても暗い夜道を僕は歩く。

 シャツの下にナイフを隠したまま、こっそりと歩く。

 この冷たい銀色の刃物が雄介に刺さることを想像すると、僕はうれしくなった。


 街灯の足元にぽっかりとできた光の円。

 その中に雄介は一人で立っていた。


「雄介、早かったね」


 声をかけた僕に彼は笑顔で「まあね」と返す。

 でも「まあね」と言ってから……彼は二度としゃべらなくなった。


 熱いくらいの赤が僕の手を濡らす。

 けれど、その赤はだんだんと熱を失っていって僕に雄介の死を実感させた。

 街灯の明かりと月の明かりがナイフの銀を光らせる。


 でも、銀に光るナイフより、赤に汚れてしまったナイフの方が僕は綺麗だと思った。


 うらめしかった雄介でもこんなにきれいなんだ。

 これが、アスカの赤ならどんなにきれいなんだろう。


 次の日、雄介のいない学校に警察が来た。

 きっと僕を捕まえに来たに違いない。

 けれど、僕は捕まる前にやりたいことがあったから、急いでアスカを誘った。


「ねえ、アスカ。一緒に雄介を探しに行こう」

「えっ?」


 僕の誘いを聴くなりアスカは驚いた顔をする。

 でも――。


「何を言ってるの? 雄介ならそこにいるじゃない」


 ――アスカの言葉に、僕の顔は真っ青になった。


「なに、言ってるんだよアスカ!」

「なによ? なんでそんなに怒るの?」


 声を荒げる僕に、アスカは不審そうな目をむけた。


「雄介はここにいないだろう! だから僕は探しに行こうって誘ったんだ!」


 彼女の肩をつかんで、瞳の奥を覗き込む。

 アスカのきれいな黒い瞳の中には雄介なんていない。

 そこには鬼みたいにこわい顔をした僕が映るだけだった。

 でも、なのに――。


「ううん。いるわよ、雄介」


 アスカは、自分の言葉を曲げようとしない。


「そこにちゃんといて、こっちを見てるの」


 そして、アスカはある一点を指差した。

 僕はそんな筈はないと思いながらも、彼女が指差す方に目を向けてしまう。

 でも、やっぱり彼女の示す先にはやっぱり雄介なんていない。


「いないよ! やっぱりいないじゃないか!」


 次第に僕の胸の内は苛立ちでいっぱいになって、彼女が指差した方を同じように指差し、怒りに任せて声を爆ぜさせた。


「見てよ! あそこには誰もいない! いないんだ!」


 けど、僕は気付く。

 アスカの指差す場所が、さっきと違っていた。


 雄介が、動いたんだ!


 そう直感し僕は周りを注意深くにらみつけた。

 でも、やっぱり何も見えない! 聞こえない!


 首がちぎれそうな程に僕は頭を動かして視点を移動させる。

 でも、僕が動き回る度にアスカの示す先は変わり、だんだん見つけられない雄介に恐怖を覚え始めた。


「な、なんで」


 いない筈の雄介に、僕の心はどんどん侵されていく。

 体から冷や汗がふきだして、口の中が渇いていった。

 その結果。


「う、うわあああぁっ!」


 こわくなって、僕はアスカのために持って来た銀に光るナイフを取り出す。

 それを一心不乱に振り回すと、耳の中に「やっぱりね」というアスカの声が聞こえた。


「ねぇ、気付かないの? 私は雄介を指差してる訳じゃないの」

「……えっ?」


 彼女の細い指先は、いつでも僕の背後を指差していると思っていた。

 でも、違ったんだ。


「私、あなたを指差してるのよ? 雄介を殺したあなたを」


 次の瞬間、教室のドアが勢いよく開かれる。

 気付けば、僕とアスカの周りには一人のクラスメイトもいなかった。

 どうやら、僕が包丁を振り回した時から、アスカ以外の奴はみんな逃げていたらしい。


 大勢の大人に体を押さえつけられながら、僕はアスカから目を逸らした。

 すると、視線の先にはいつの間にか落としてしまった銀に光るナイフが見えた。


 そして、僕は『やっぱり』と思う。


 やっぱり僕は、銀に光るナイフよりも、赤く汚れたナイフの方が好きだなと。

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ロゴーンでオールAとってみた【短編】 奈名瀬 @nanase-tomoya

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