最終話 三大陸の覇者
本日二話目
実質最終話です
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レムリア・ファールス戦争の終結より、一年。
レムリア帝国は平穏を保っていた。
もし変わったことと言えば……相次ぐ、エルキュールの子の誕生だろう。
まず、戦争終結直後にシェヘラザードの子の妊娠が明らかとなった。
エルキュールとシェヘラザードの子は、可愛らしい女の子だった。
名前はシェヘラザードの母親より、『ヘレーナ』と名付けられた。
それから数か月後、セシリアとブラダマンテ、ニア、ソニア、アリシアが相次いで妊娠した。
……時期を考えると、戦争中かもしくは戦後の間もない時期に着床したのだろう。
これについてエルキュールは「人間、死にかけると子孫を残そうとする力が働くようだ」などと笑ったという。
セシリアの子は可愛らしい女の子で、ルートヴィッヒ一世により『ルイーズ』と名付けられた。
……ちなみにこれはルートヴィッヒの女性系である。
彼はエルキュールとセシリアの子に、自分の名前を名付けたのだ。
その目立ちたがり屋な、自己顕示力の強さにはエルキュールは苦笑した。
ブラダマンテとの子は、エルキュールが直接、名付けた。
認知はしても、結婚はしな以上、ブラダマンテの子はエルキュールの庶子である。
だからこそ、父親として名前は付けてあげようという判断だった。
二人の間に生まれた、金髪の可愛らしい猫耳を持った女の子はエルキュールの姓であるユリアノスから、『ユリア』と名付けられた。
エルキュールとニアの子は、元気な男の子だった。
彼に名前を付けたのは、セシリアだ。
ニアが直接、セシリアに名前を付けて欲しいと頼んだのだ。
この息子はセシリアの家名であるペテロのレムリア語読みである、『ペトロ』と名付けられた。
エルキュールとソニアの子は、元気な男の子だった。
ソニアはエルキュールに名前を付けてくれと、せがんだ。
エルキュールは考えた結果、自身と同じ、そしてまた現在のチェルダ王国の首都であるヘラクレア市(旧チェルダ市)より、『ヘラクレイオス』と名付けた。
エルキュールとアリシアの子は、元気な男の子だった。
この子もまた、エルキュールによって名付けられた。
勘案の結果、レムリア神話における弓と羊飼いの守護神、『アポロ』と名付けられた。
セシリア、シェヘラザード、ソニア、アリシアとエルキュールの二人の妻の相次ぐ出産ラッシュにより、戦後間もない状況というにも関わらず、レムリア帝国の首都、ノヴァ・レムリアは明るいムードに包まれていた。
そんな中……エルキュールは合計、十九人の家臣と妻たちを呼び出した。
呼び出されたのは以下の面々。
カロリナ・ユリアノス。
シェヘラザード・ユリアノス。
ルナリエ・ユリアノス。
ソニア・ユリアノス。
アリシア・ユリアノス。
ニア・ディーアヴォロス=ルカリオス。
ヒュパティア。
トドリス・トドリアヌス。
ルーカノス・ルカリオス。
ガルフィス・がレノアス。
クリストス・オーギュスト。
エドモンド・エルドモート。
ダリオス・レパード。
オスカル・アルモン。
ステファン・シェイコスキー。
ジェベ。
ティトゥス・ユリアノス。
シャイロック。
アントーニオ。
「良くぞ、集まってくれた。……ところで、諸君」
エルキュールは上機嫌そうに尋ねた。
「最近、俺に付けられた綽名は知っているかな?」
「『三大陸の覇者』」
エルキュールの問いに対し、ルナリエが答えた。
それからルナリエは淡々と、その綽名に関する情報を述べる。
「民たちがあなたを、そう呼んでいる。三つの大陸で勝利を収め、そして三つの大陸を支配する、覇者。それが聖光帝、エルキュール一世」
「そう、その通りだ。……やはり他者からつけられた二つ名というのは、恥ずかしさと嬉しさが併存するものだな」
そうは言うものの、エルキュールは露骨に上機嫌だった。
ササン八世が『世界の征服者』、ルートヴィッヒ一世が『騎士の中の騎士』と呼ばれているのに対し、エルキュールはそう言った二つ名の類がなかった。
故に少し気にしていたのだろう。
少なくともライバル意識を持つこの二人にあって、自分にはないと言うのはエルキュール的にはプライドが傷ついたのだ。
自分で名乗れば良いのでは?
と思うかもしれないが、それはやはり恥ずかしい。
それにこういう二つ名は自分で考えるのではなく、他者から与えられて、初めて意味を為すのだ。
「それで、陛下。この度は……どのような理由で?」
カロリナは首を傾げた。
この場に集められた者たちは、エルキュール政権の主要人物である。
が、しかしこの全員が同じ場に居合わせることはそう多くはない。
仕事がそれぞれ、異なるからだ。
特にエルキュールの兄である、ティトゥスがいることも気になる。
彼は優れた芸術家ではあるが、政治家、軍人としてはお世辞にも優れているとは言えない。
皇帝の兄という微妙な立場もあり、政治に関わったことは殆どなかった。
「『騎士の中の騎士』と呼ばれるルートヴィッヒ一世の家臣と言えば、誰だ?」
「……七勇士ではないでしょうか?」
エルキュールの問いにソニアは答えた。
エルキュールは満足そうに頷く。
「では『世界の征服者』ササン八世の家臣は?」
「八忠将と三煌将です」
今度はシェヘラザードが答えた。
……ここまで来れば、エルキュールが何を言いたいのか、家臣たちも察してくる。
長い付き合いだからだ。
「……もしや、陛下。自分も似たようなものが欲しいと?」
「分かっているじゃないか、アリシア」
エルキュールは大袈裟に頷いた。
そして両手を広げる。
「優れた主君の元には、優れた家臣が集まるもの。『三大陸の覇者』には、相応の家臣が必要だ。そして……俺が思いつく限り、優れた業績を上げたのがここにいる十九人!」
ガルフィス・がレノアス。
クリストス・オーギュスト。
エドモンド・エルドモート。
ダリオス・レパード。
オスカル・アルモン。
ステファン・シェイコスキー。
ジェベ。
ニア・ディーアヴォロス=ルカリオス。
の八名は優れた将軍として、エルキュールに勝利を齎してきた。
トドリス・トドリアヌス。
ルーカノス・ルカリオス。
の二名は教会や諸外国との交渉に尽力し、外交を裏で支えた。
カロリナ・ユリアノス。
シェヘラザード・ユリアノス。
ルナリエ・ユリアノス。
ソニア・ユリアノス。
アリシア・ユリアノス。
の五名はエルキュールの妻として、そして時には将軍としてその業績を支えた。
ティトゥス・ユリアノス。
ヒュパティア。
の二名は優れた文化的な業績をいくつも残している。
シャイロック。
アントーニオ。
の二名は目立たないものの、レムリア帝国の財政と内政を良く支えてくれた。
以上、十九名。
エルキュールが特に業績があると考えた、家臣たちである。
「今更ではあるが……今まで、よくぞ俺を支えてくれた。お前たち以上の家臣は世界中、どこを探してもいないだろう。……感謝している」
珍しく、エルキュールがそんなことを言った。
これには家臣たちも驚いてしまう。
「そういうわけで、以上十九名を十九柱将とする。これからも仕えてくれ」
「「「は!」」」
家臣たちの返事を聞いてから、エルキュールは本題に入り始めた。
「さて、本題だが……これからのこの国の統治方針について、諸君らにはある程度、共有しておこうと思ってな」
先ほどの砕けた、少しふざけた雰囲気とは異なり……
ここからは真剣な話だ。
十九柱将にしか話さない、重要な話である。
「今までは我が国は領土拡大と権益確保の方針で動いていたが、これからは守勢に入る。……今のところ、敵はいないしな」
西方に於いては、フラーリング王国と共に「アルブム海の平穏を守る」という方針で一致している。
また東方に於いても、ファールス王国とはこれまで通りの交易を維持し、ハビラ半島に関してもその安定を維持し続けることを約束した。
よって、これからレムリアが攻勢を仕掛けなければならない敵はいない。
「そして……俺とルナリエ、アリシア、ソニアの子が成人した段階で、子供たちを各属国の王に据える。そして同君連合の状態は随時、解除していくつもりだ」
このエルキュールの言葉には、各家臣たちは驚きの色を見せた。
特に当事者である、ルナリエ、アリシア、ソニアの三名は目を丸くしている。
三人とも、自分たちの国は今後、百年はエルキュールの統治下に置かれると考えていたからだ。
「勿論、同君連合の解除と同時に同盟関係を新たに結ぶ。そして俺が実質的に支配する点は等分、変わらない。……子供たちを王に据えて、同君連合を解除していくのは、俺の子が王位を継承していくことを内外に示すためだ」
エルキュールの死後。
各王国の王族の血を継ぐ貴族たちが、自分たちこそが正統な王位継承者であると主張して、反乱を起こす可能性がある。
だからそれを未然に封じるため、事前にエルキュールの血とルナリア、アリシア、ソニアの血、二つの血統を継ぐ者が王位を継承するという先例を作る必要があった。
「……約束を果たしてくれて、ありがとうございます。皇帝陛下」
ルナリエは嬉しそうにほほ笑みながら、エルキュールにそう言った。
常日頃から捨てられるのではないかという恐怖を覚えていたルナリエだが……
今ならエルキュールを心の底から信用できる。
エルキュールはハヤスタン王国を守るためにファールス王国と戦い、そして今はすぐにでも自分の子に王位を継承させようとしてくれているのだ。
「まあ、約束というか、そういう理由も勿論あるのだが……」
ハヤスタン、ブルガロン、チェルダは属国であり、実質的には属州だ。
しかし法律的には全てエルキュールの治める国家であり、レムリア帝国とは同君連合、ある意味対等な立ち位置にある。
それを律儀に守る……というのはあくまで建前。
本音のところは別にあった。
「これから、レムリア帝国は衰退する。諸君らはそれを覚悟しておけ」
エルキュールははっきりと、そう告げた。
己の主君の弱気な、唐突な宣言に家臣たちは固まった。
「ど、どういうことですか! 皇帝陛下。何か、統治上の問題が……」
「今のところ、問題は出ていない」
エルキュールはガルフィスをそう言って宥めた。
するとクリストスが尋ねる。
「……では、なぜ衰退すると?」
「この国の国力は今後、伸びることはないということだ」
レムリア帝国はすでに十分、開発されている。
道路や橋などの交通網も万全。
治水灌漑設備も充実している。
その国土は豊かであり、これ以上開発されようがないほどに開発が進んでいる。
故にレムリア帝国には伸びしろがない。
「元々、この国は俺が即位するまで、斜陽だった。まあ……俺は天才だったから、うっかりこの国の寿命を延ばしてしまったわけだが……」
「……本来ならば滅びゆく運命だったと、そういうことでしょうか?」
「滅ぶとまでは言わないが、今の繁栄はないだろう」
ルーカノスの問いにエルキュールは答えた。
古参の家臣たちは久しぶりに……数十年前のレムリア帝国の状況を思い出した。
もし、エルキュールが生まれていなければ。
皇帝位を継いでいたのは、ハドリアヌスか、それともティトゥスか。
どちらにせよ、国の未来は暗かっただろう。
「しかし……やはり、時代の流れには逆らえんな。元々、この国は文明の十字路……様々な諸民族が流入しやすい土地だ。できうる限り努力をするが……しかし、俺の死後はどうなるか、分からない」
エルキュールの息子が、エルキュールと同程度、軍事的・政治的な才覚に恵まれるかどうかは分からない。
否、どれほど有能であろうとも、エルキュールと同じレベルを望むのは難しいだろう。
故にレムリア帝国の最終的な衰退は免れない。
「良いか、諸君。今、この国は最後の煌めきの時であると、自覚しろ。本来の流れと逆らう形で、仮初の平穏と栄華を咲かせているに過ぎない」
これを自覚しているのと、自覚していないとでは大きな違いがある。
無理に栄華を取り戻そうとすれば、国が崩壊する。
すでにこの国は老人なのだ。
老人は老人らしく、無理はせず……安らかに逝かせるべきだ。
「我々に課せられた使命は、この最後の煌めきを利用し……可能な限り、この国の衰退を緩やかに、穏やかに勧めることだ。そのうちの一つが、同君連合の解除だ。少しずつ、領土を切り離し、その上で緩やかな同盟関係を維持していく」
今後、レムリア帝国一石で全ての外敵を跳ね除けることは難しい。
故に属国をある程度、自立させる必要がある。
エルキュールはそう考えていた。
「まあ……レムリア帝国本体に関しては……どの程度、俺の子が優秀であるか、次第ではあるがな。それほど優秀でもなさそうであれば、分割相続も視野に入れるべきだろう」
勿論、これはもっと後の話。
これからの情勢変化次第で、いくらでも変わる。
「……それと、このことは他言無用だ。君主とは国を富ませる存在。これ以上国を富ませられないと、損切しようとしているなどと、他の家臣や民に知られてはならないからな。だが、お前たちならば分かってくれると信じた上で話した。分かってくれたか?」
「「「「はい、陛下!」」」」
十九名の家臣たちは一斉にそう答えた。
全員がこの国の衰退を軟着陸させるというエルキュールの方針に賛同を示した。
「よろしい。もっとも……」
エルキュールが何かを言いかけた、その時。
謁見の間に、官僚が飛び込んできた。
「ご無礼をお許しください、皇帝陛下!」
「どうした」
「タウリカ属州の総督より、使者が参っております。……北方の蛮族が、タウリカ属州の国境を侵犯しております。どうか、鎮圧のために……」
「分かった。下がれ」
エルキュールは官僚を下がらせた。
そしてエルキュールはマントを翻す。
「諸君、話は終わりだ。……戦だぞ。我らの神聖なる土地を犯す蛮族共を、皆殺しにする」
「「は!!」」
一斉に動き始める群臣たち。
そしてエルキュールは小さく、呟いた。
「俺が壮健なうちは、この仮初の栄華と平穏の夢を、見せ続けてやろう」
そして静かに笑ったのだった。
野蛮人を跪かせた皇帝よ!
異端者を叩き伏せた皇帝よ!
異教徒を打ち破った皇帝よ!
我らメシア教の偉大なる守護者よ!
海を渡り、山脈を越え、砂漠を横断し、三つの大陸を征した覇者よ!
我らレムリアの永遠なる英雄よ!
誉れ高き御身の名はエルキュール!
偉大なる大帝エルキュール一世!
三大陸の覇者「聖光帝」エルキュール一世!
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一時間後、真の最終話です
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