第17話 イルカムスの三帝会戦 結

「ベフナム様! 急報です!!」


 その知らせはまず、ファールス王国の宰相、ベフナムへと齎された。

 

「何!? 陛下が!?」


 それはファールス王国の国王、ササン八世が手傷を負い、戦場から離脱したという情報だった。

 

「……」(どうしたものか)


 ササン八世が何らかの原因で指揮が取れなくなった時は、ベフナムがそれを担うことになっている。

 ササン八世の傷がどの程度のものか分からないが、戦場から離脱した以上、かすり傷程度ではないことは間違いなく、そして指揮が取れないのは間違いない。


 ベフナムは少しだけ、悩んだが……

 すぐに決断した。


「全軍、撤退!!」


 勝利よりも、己の主君の身の安全を優先した。




 ベフナムの指示により、一斉にファールス軍は撤退を開始した。

 背を向けて逃げるファールス軍へ、十字軍は激しい追撃を行う。


 機動力に長ける騎兵の多くはいち早く戦場から離脱したが、しかしファールス軍の歩兵や戦象部隊には少なくない被害が発生した。


 斯くして……

 イルカムスの三帝会戦は十字軍の勝利で終わった。




イルカムスの三帝会戦


交戦戦力

十字軍(レムリア・ハヤスタン・ブルガロン・チェルダ・トレトゥム・フラーリング・エデルナ・メシア教会連合軍)VSファールス


主な指揮官

十字軍


セシリア・ペテロ(姫巫女=教皇)


エルキュール一世(レムリア帝国皇帝)

カロリナ・ユリアノス

シェヘラザード・ユリアノス

ガルフィス・ガレアノス

ダリオス・レパード

オスカル・アルモン

エドモンド・エルドモート

ステファン・シェイコスキー


ニア・ディーアヴォロス=ルカリオス

ジェベ


ソニア・ユリアノス(チェルダ王国女王)

アリシア・ユリアノス(ブルガロン王国女王)


ルートヴィッヒ一世(フラーリング王)

アストルフォ伯爵(アルビオン王国王子)

ローラン伯爵

ブラダマンテ(伯爵)




ファールス


ササン八世(ファールス王国国王)

カワード・カルディンティナ

シャーヒーン・シャルルカン

へレーナ・ウァレリウス・コーグ

キュロス・キュレイネス

アルタクセルクセス・アルタクス

ダレイオス・ダルマレス

ベフナム・ベフェラード

スメルディス・スクゥルディス

李黄

クビライ

カーリー・マー




兵力

十字軍 二四〇〇〇〇


ファールス 二八〇〇〇〇


結果

十字軍

死傷者 約三〇〇〇〇

残存   約二一〇〇〇〇



ファールス軍

死傷者 約五〇〇〇〇

捕虜 約三〇〇〇〇

残存  約二〇〇〇〇〇



勝敗……十字軍の勝利


影響

レムリア・ファールス戦争の終結




 戦いの翌日。

 戦場よりに十キロほど離れた場所に、ファールス軍は陣を張っていた。


「国王陛下。お体の方は大丈夫でしょうか?」

「ああ。全く、レムリア皇帝にはしてやられたわ」


 何故か、ササン八世は機嫌が良さそうだった。

 元々、彼は戦争を得意とし、即位して当初はギリギリの戦いを繰り広げていた。


 今回はその、若い時の戦いと同様、ギリギリの戦いだった。

 故に昔を、若い時を思い出し、機嫌が良いのだろう。


「……笑っている場合ではありませぬぞ。私の治癒がなかったら、死んでいたのですから」

「まあ、そう怒るな。代わりにレムリア皇帝にも、軽くない手傷を負わせた。十字軍もそうすぐには動けないだろう」


 少なくともレムリア皇帝の腕は、使い物にならないだろう。

 あれだけの傷となれば、今は高熱で身動きが取れなくなっているはずだ。


「ところで、陛下。どうされますか?」

「まだ兵は残っている。持久戦に持ち込めば、勝てるだろう。十字軍だか何だか知らんが、長期間も烏合の衆を維持できんだろうからな」


 フラーリング軍がこの十字軍に参加している理由は分からない。

 だが、おそらく現状はレムリア軍と目的が一致しているだけで……実際は双方、異なる理由で戦っている。


 戦いが長期化すれば双方は必ず仲違いする。

 何より……フラーリング軍はファールス軍と同様、否、それ以上に封建的な傾向の強い軍隊だ。


 兵士たちも戦いが長引けば、帰郷を望むだろう。

 

「それも私の方から、頭を下げるのは癪だからな」


 良くも悪くも、ササン八世はエルキュールと同様に負けず嫌いなのだ。

 とはいえ……


「国王陛下! 急報です!!」


 そこへ、新たな情報が舞い込んできた。


「我が国の沿岸部が、レムリア海軍により襲撃を受けております!」

「黒突からの使者が陛下に謁見したいと」

「……ふむ。まずは使者を通せ」


 ササン八世は傷口を隠した状態で、黒突との使者と謁見した。

 黒突の皇帝の主張は要約すれば……


 自分はレムリア皇帝の姉を妃に向かえたが、しかし同時に自分の娘をあなたの息子に嫁に行かせた。

 つまりレムリア皇帝とファールス王であるあなたと、自分は家族である。

 家族である二人が争う姿は見たくない。

 仲介するので、双方、弓を収めるように。

 もし自分の提案にファールス王が乗らないのであれば、我々はレムリア側に立って参戦する。


 と、以上であった。

 家族が争う姿を見るのは辛いと言ってはいるものの、実際のところはレムリア寄りであることは明白だった。


 結局のところ、黒突とファールスの休戦協定は仮初のものでしかなかったのだ。


「……陛下」

「分かっておるわ」


 これ以上の戦争継続は困難。

 ササン八世は講和の仲介を、黒突へ求めた。





「ふむ、エルキュール陛下。体調は如何かな?」

「見ての通り、元気……」

「エルキュール様、ダメです!!」


 エルキュールの見舞いに訪れたルートヴィッヒ一世に、エルキュールは痩せ我慢で自らが壮健であることをアピールしようとした。

 が、しかし昨晩からずっとエルキュールに付き添っているセシリアに、抑え込まれてしまう。


「寝ていてください」

「しかしだな……」


 エルキュールは文句を口にしようとしたが……

 セシリアに睨まれ、肩を竦めた。


「仲睦まじくて結構なことだ。この分だと、子が見れるのは早そうだな」


 ニヤニヤと笑いながらルートヴィッヒ一世は言った。

 するとエルキュールは不愉快そうに眉を顰め、一方でセシリアは顔を真っ赤に染めた。


「子供の名前だが、余に付けさせてはもらえないか?」

「なぜ貴様に名付け親の権利をやらねばならん?」

「ふふふ、余があなた方二人を引き合わせたようなものではないか」


 確かにエルキュールとセシリアが婚姻を結ぶことができたのは、ある意味ではルートヴィッヒ一世のおかげである。

 

「……まあ、セシリア様がいやというのであれば、構わないが」

「……私は一向に構いませんよ」

「ふむ、では考えておこう。いやはや、楽しみだ」


 ゲラゲラとルートヴィッヒ一世は笑った。

 彼の年齢はエルキュールよりも十数歳年上、程度であるはずなのだが……

 妙に親父臭い。


「しかしエルキュール陛下。あなたも考えたものだな。黒突、だったか? 参戦ではなく、仲介を申し込んでいたのだな」

「黒突は絹の国との戦いの傷が、癒えていないようだったからな」


 エルキュールはルートヴィッヒ一世の問いに対し、頷いた。

 

 エルキュールは黒突に対しては援軍でもなく、参戦要請でもなく、講和の仲介を頼んでいた。

 というのも、参戦を要請しても、間違いなく断られることが分かっていたからだ。


 黒突は絹の国との戦争で何とか勝利したが、その傷は深い。

 ファールス王国を相手に戦うのは嫌がるだろうというのが、エルキュールの予想だった。


 しかし講和程度であれば、協力してくれる。

 黒突はファールス王国の強大化を望んでいないからだ。


「それにあまり勝ちすぎてしまうと、講和のタイミングが掴めなくなるからな」

「おっしゃる通りだ」


 勝ちすぎれば、ササン八世は逆転するまでは講和に乗って来なくなるかもしれない。

 そうなれば、十字軍を長期間、維持しなければならなくなる。

 だが十字軍は長期間、維持できない。


 もうすでにルートヴィッヒ一世も、フラーリング軍の兵士たちも、帰りたがっているほどなのだ。

 これ以上引き留めるのは不可能だった。


「これより、正式に黒突の仲介でファールスと講和を結ぶが……ルートヴィッヒ陛下。あなたは何か、ファールスに求めたい条件はあるか?」

「領土など貰ったところで、維持できない。貿易協定も直接、国境を接していない以上、意味はないだろう」


 そう言ってルートヴィッヒ一世は肩を竦めた。


「我々からファールスに要求するものはない。が、分かっているな? エルキュール陛下」

「関税率に関しては、覚えている。ご安心を」

「ならば、結構。では、早くまとめてくれたまえ。……すでに我が軍の兵士はホームシックになっているのでな」


 ルートヴィッヒ一世は最低限のことを確認すると、陣幕から出た。

 それからエルキュールはセシリアに尋ねる。


「君は何か、欲しいものはあるかな?」

「欲しいもの、ですか。……そうですね」


 セシリアは頬を僅かに赤らめ、エルキュールに上目遣いに言った。


「……赤ちゃんが欲しいです」

「……俺はファールス王国に要求する物の話をしていたのだが」


 この後、エルキュールは理不尽にもセシリアに殴られた。






 一週間後。

 レムリア帝国の外務大臣トドリスと、ファールス王国の外務長官ベフナムが会談。

 双方、講和条件の擦り合わせを行った。


 さらに一週間後、レムリア帝国の皇帝エルキュール一世とファールス王国の国王ササン八世は会談。

 その場で講和条約は調印された。




 領土の変更、移動は双方なし。

 賠償金も双方なし。

 ハビラ半島に関しては、レムリアとファールス双方の政治的な影響範囲と、不干渉地域が定められた。

 また、ハビラ半島の交易は双方が保護していくという方向で締結。


 斯くしてハビラ半島は安定を取り戻し、レムリア帝国とファールス王国、双方の交易利益が確立されたのだった。





 こうして、レムリア・ファールス戦争は終結した。

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