第15話 イルカムスの三帝会戦 承
フラーリング軍は封建制の国家である。
故に兵士一人一人の武器や食糧、馬は自弁。
そして個々の武芸は達者だが、軍隊としての連携行動はそれほど得意ではない。
少なくとも、レムリア軍の常備軍のような滑らかな動きは期待できない。
ルートヴィッヒ一世が連れてきたフラーリング軍は主にルートヴィッヒ一世と直接封建契約を結んでいる、貴族未満の従士たちが主。
レムリア軍における屯田兵に近しい(実態としては別物)故に、フラーリング軍全体を占める諸侯軍と比較すれば精鋭ではあるが、それでもやはり練度は劣る。
だが、しかし。
先に記したように彼らの個々の武芸は、非常に卓越している。
故にフラーリング軍は……
乱戦の時、その真価を発揮する。
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十字軍右翼。
つまりフラーリング軍とファールス軍左翼の戦いは、非常に混乱した状態に陥っていた。
当初は長槍を武器とするファールス軍がフラーリング軍を相手に有利に戦っていたが……
剣や斧を主武装とするフラーリング軍の猛攻でその陣形は崩れた。
純粋な横陣同士のぶつかり合いであればファールス軍の陣形も崩れることはなかったかもしれないが……
斜線陣形を取っている以上、どうしても陣形は崩れやすくなっていたのだ。
勿論、フラーリング軍の陣営も崩れている。
こうなると、発生するのはフラーリング軍とファールス軍の乱戦である。
そして……先に語った通り、フラーリング軍は乱戦だと、非常に強い。
何より……
「はぁ!!」
「ふん!!」
「はっ!!」
「うぉおおお!!」
自ら先陣を切り、敵兵を打倒していく、四人の騎士。
ローラン、ブラダマンテ、アストルフォ、そしてルートヴィッヒ一世は極めて強かった。
「あなたが敵将、カワード・カルディンティナですわね? わたくしは『節制』のブラダマンテ! いざ、尋常に勝負!!」
敵の陣中にカワードを見つけ出したブラダマンテは、護衛の兵に怯むことなく接近戦を挑む。
そしてブラダマンテの声を聞き、他の騎士たちもまた彼女に続く。
ブラダマンテを守るためであり……
そしてあわよくば、カワードを討ち取り、手柄を横取りするためであった。
「はぁ!!」
「っく、面倒な……」
カワードの槍と、ブラダマンテの剣が衝突する。
本来、カワードの槍であればブラダマンテの剣を破壊することは用意だが……しかしカワードの槍の魔法は効力を発揮しなかった。
ブラダマンテの指輪の効力だった。
「得体の知れない相手と戦う気は、毛頭ない!!」
カワードはそう叫ぶと、あっさりと踵を返した。
ファールス軍の将軍たちは決して一騎打ちを嫌わないが……
しかし自らが死ぬリスクを負ってまで戦うほど、一騎打ちを好んでいるわけではない。
それが普通だ。
将軍が討ち取られれば、指揮系統が必ず混乱する。
常識的な将ならば、無理に一騎打ちをしようとはしない。
だが……
「待て!!」
ブラダマンテはカワードを追いかけた。
敵中に孤立するリスクも恐れず、彼女はカワードを追い続ける。
「これだから、旗も掲げない、戦の道理も分からない蛮族とは戦いたくないのだ!」
カワードは部下に対し、ブラダマンテを取り囲み、殺すように指示した。
これではさすがのブラダマンテも、カワードを負うことはできない。
だが……
「またお会いしましたな、カワード殿。ブラダマンテに代わって、この『勇気』のローランがお相手致す!!」
「っく!!」
ブラダマンテを撒いたところで現れたのは、ローランだった。
光り輝く、聖剣デュランダルを振り下ろし、カワードを追い詰める。
「力が……ぐぬ!」
多大な魔力を持つ
正確には、魔法によって身体能力を強化した状態に慣れてしまう。
故に魔法を無力化されると……
頭に体がついていかなくなる。
「はぁ!!」
「っ!!」
ついにカワードの槍が手から離れた。
ローランの剣が、カワードの肩を切り裂く。
「っぐ……」
「将軍閣下!!」
「閣下をお守りしろ!!」
大怪我を負ったカワードを守ろうと、兵士たちがローランに襲い掛かる。
一方、カワードはこれ以上、前線で指揮を執ることは危険と判断し、後方へと下がった。
斯くして……ファールス軍、左翼の戦闘能力は大幅に低下。
戦況はフラーリング軍優位へ、つまり十字軍側へと僅かに傾いた。
十字軍最左翼。
レムリア軍左翼を率いるのはアリシア率いる騎兵部隊。
一方、それに対するはキュロス率いる騎兵部隊である。
第一次イルカムスの戦いに続く二度目の戦いだが……
「撃て撃て!! 我らブルガロンの雄姿を見せつけろ!!」
吠えながら、兵を鼓舞しながら、アリシアは矢を討ち続ける。
次々とファールス騎兵は矢で射抜かれている。
……前回の戦いと比べて、両者の兵力差は縮んでいる。
結果、ブルガロン騎兵たちは大いに善戦していた。
「……黒突に匹敵するほどの、騎兵の質。これは厳しい戦いだな」
一〇〇〇〇の兵力差があるにも関わらず、キュロスはアリシアを推し切れていなかった。
そんなキュロスのもとへ……
一本の矢が飛んでくる。
その瞬間、キュロスは自分が死ぬ未来を幻視した。
慌てて体を捻ると、矢は己の背後の兵士の体に掠る。
その瞬間、兵士の体はあっという間に腐り落ちてしまった。
「っく!!」
第二、第三と次々にキュロスを目掛けてアリシアの矢が飛んできた。
「一騎打ち……と行きたいところだが、少し下がった方が良さそうだ」
アリシアの矢を恐れたキュロスは後退した。
一方、レムリア軍左翼歩兵と、ヘレーナ率いるファールス騎兵部隊は……
ファールス騎兵部隊が戦いを優位に進めていた。
「まさか、あなたと剣を交えることになろうとは……」
エドモンドは苦悶の表情を浮かべた。
そんな彼が相対しているのは、ファールス騎兵部隊を率いるヘレーナである。
「申し訳ないと、思っています。ですが……今の私は聖火教徒であり、そしてファールス王の妃であり、何より、ファールス王国の将軍です!!」
エドモンドとヘレーナはかつて、共に肩を並べて戦った戦友でもあった。
故にエドモンドはどうしても手心を加えてしまったが……
ヘレーナにはそのような迷いはなかった。
エドモンドの剣が飛ぶ。
「殺しはしませんが、手傷は負って貰いましょうか」
ヘレーナは剣の腹でエドモンドを殴りつけようとした。
が、しかしその剣は途中で止まった。
「一度、体勢を立て直してください。エドモン将軍」
「あ、あなたは! い、いや、しかしあなたを置いて逃げるなど……」
「あなたは陛下にとって、必要な人材です!」
金髪の少女にそう怒鳴られたエドモンは大人しく、一度後方に下がる。
そして美しい金髪の女性は、ヘレーナを睨みつけた。
「お久しぶりです。お母様」
「ええ、久しぶりね。ヘレーナ……退いてはくれないのですね?」
「退く理由がありますか?」
シェヘラザードは剣をヘレーナへと向けた。
「私はメシア教徒であり、あなたは異教徒。私はレムリア皇帝の妃であり、あなたはファールス王の妃。そしてあなたはファールス王の“盾”で、私はレムリア皇帝の“剣”です。何より……」
シェヘラザードは宣言する。
「母とはいえ、異教に改宗した背信者を、故国を裏切った、裏切者に道を譲る道理はありません!」
「……そうしなければあなたは生まれなかったけれどね」
「それはそれ! これはこれ!」
シェヘラザードの剣と、ヘレーナの剣が衝突する。
激しい火花が散る。
どちらも、魔法を含めた腕力は互角のようだった。
「『サブナック』!」
「『ベリト』!」
二人の精霊魔法が同時に発動する。
ヘレーナの周辺から魔法陣が出現し、そこからあらゆるものを融解させる霧が生じた。
しかし……その霧はシェヘラザードの体を、肌を、溶かすことはなかった。
「……錬金の精霊、ベリトですか」
「お察しの通り。あなたの霧は、私には通用しない!」
あらゆる金属の中でも、特に変化しにくい金。
その特性を自身の体や防具に付与することで、腐食を防いだのだ。
母子の対決が、始まった。
一方、レムリア軍の右翼歩兵軍。
これを指揮するのは、ソニアだった。
「押せ、押せ!! チェルダ人の強さを、異教徒共に知らしめろ!! 神は我らと共にあり!!」
チェルダ歩兵を指揮し、ソニアは積極的な攻勢に出ていた。
それはシャーヒーン率いるファールス中央歩兵軍を押し返すどころか、片翼包囲を達成し得るほどの勢いだった。
血で体を真っ赤に染め上げながら、ソニアはファールス軍を押し込んでいく。
十字軍の一連の猛攻により、ファールス軍は跳ね返されていく。
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特にファールス軍は中央はソニア率いるチェルダ歩兵軍の猛攻を受け、片翼包囲に持ち込まれていた。
これは非常に危険な状況だ。
……十字軍にとっては。
「やはり連携が取れていないようだな」
レムリア軍、ファールス軍の境目に生じた間隙を見て、ササン八世はほくそ笑んだ。
十字軍の予備兵力は、殆ど残っていない。
故にここへ兵を送り込み、十字軍の後背地へと回り込めばササン八世の勝利だ。
勿論、その前に十字軍がファールス軍の包囲に成功するかもしれないが……
ササン八世はそれを許すつもりはない。
「右翼、アルタクセルクセス将軍へ。ヘレーナへの加勢に向かえ。李黄将軍は左翼の援軍へ、カワード将軍及びダレイオス将軍を助け、フラーリング軍を抑え込め。ベフナム、お前は二〇〇〇〇を率いて、中央軍の加勢へ向かえ。カーリー将軍は一度戦象を下がらせ、再度の攻撃準備に入れ」
「「「は!!」」」
ササン八世の命で各将軍たちが動き始める。
そして……
「クビライ将軍! 二〇〇〇〇の騎兵でもって、レムリア・フラーリング軍間の間隙を突け!」
「は!!」
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「やはり、来たか」
狙い通り、フラーリング軍とレムリア軍に生じた間隙を、ササン八世は突いてきた。
あのササン八世がこれを見逃すはずがないことは、分かっていた。
「カロリナへ、伝達しろ。敵軍二〇〇〇〇を抑え込め。……ニア、ジェベ!!」
「「はい」」
「お前たちは俺に続け。……この一戦で全てを終わらせる!」
斯くして戦いは最終局面へと移行する。
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