第12話 イルカムスの戦い 終結

「たった四〇〇で救援か?」


 ササン八世はそう言い捨てると、ルートヴィッヒ一世から距離を取った。

 一騎討ちは敵将を討ち取るチャンスではあるが……

 しかし、ササン八世自身が討ち取られてしまう可能性もある。


 たかが四〇〇が救援に来たところで、戦争の勝敗は左右されない。

 そもそも……旗も掲げないような蛮族を相手に、まともに戦ってやる必要もない。


「おっと? 余は一度も四〇〇しかいないと言っていないが?」


 ルートヴィッヒ一世がそう言うのとほぼ同時に。

 早馬がササン八世のもとへ、駆けてきた。


「国王陛下! 偵察部隊より、報告です!! 西より、白地に赤い十字架を掲げた軍勢が出現しました! その数、およそ六〇〇〇〇!!」

「六〇〇〇〇だと?」


 ササン八世は思わず眉を顰めた。

 六〇〇〇〇の軍勢に今まで気付かなかったことは……おそらく、レムリア帝国の領内だからだ。


 レムリア帝国に於ける街道は一度、シュリア属州の州都、オロンティア市へと集結する。

 その交通網の関係上、関所を止められてしまえばオロンティア市以西の情報はどうしてもササン八世のもとには入ってきにくい。


 おそらく、六〇〇〇〇の兵を複数に分散させ、旗を隠しながらレムリア帝国の整えたインフラを利用して、オロンティア市まで迅速に集結させたのだ。


 そこから強行軍でオロンティア市から、この戦場まで駆けつけたのだろう。

 オロンティア市とこの戦場までの距離は、およそ五キロほど。


 強行軍ならば数時間で到着できる距離だ。


「早く、全軍の総指揮に移った方が良いのではないかな? っと、余も総指揮に戻らせてもらおう。元より……一言、詫びに来ただけなのでな。ハハハハ!!」

 

 ルートヴィッヒ一世はそう言うと、八〇騎を引き連れてあっという間に戦場から立ち去っていく。

 ササン八世は無駄だと内心で考えながら、五〇〇騎に追撃の命令を出した。

 

 それから自身は本陣へと戻る。





「国王陛下!!」

「戦場の動向について、詳細に伝えろ」


 ササン八世はベフナムにそう尋ねた。

 

 ベフナムによると、すでにルートヴィッヒ一世を含めた四〇〇の騎兵は戦場から離脱、もしくはレムリア軍と合流し、共闘している。

 そして西より、レムリア軍の後方からは白地に赤い十字架を掲げた、六〇〇〇〇の軍勢が迫ってきており……


 増援の到着により、レムリア軍の士気は回復している。

 ということだった。


「敵の強襲攻撃による混乱は、すでに収まっております。……どうされますか?」

「……ふむ」


 六〇〇〇〇の軍勢が出現した。

 と言っても、ワープしてきたわけではない。


 当然、相応の距離がある。


 現状の予備兵力を全て投入すれば、援軍到着までにレムリア軍を完全に追い込むことはできなくもない。

 だが、士気を盛り返したレムリア軍がどれほど耐え抜くかは未知数だ。

 もしかしたら、増援が間に合ってしまうかもしれない。


 そうなれば、レムリア軍を包囲しているファールス軍の背後を突く形で、増援は攻撃を仕掛けてくるだろう。


 それにもし、レムリア軍を追い込むことができたとしても……

 連戦となる。


 兵力差があるため負けはしない。

 ……かどうかは、分からない。


 陣形が崩れている状況で開戦すれば、甚大な被害を被る可能性がある。


「……全将兵へ、伝達せよ」


 ササン八世は決断した。


「全軍、一時撤退。仕切り直しだ」





イルカムスの戦い


交戦戦力

レムリアVSファールス


主な指揮官

レムリア


エルキュール一世(レムリア帝国皇帝)

カロリナ・ユリアノス

シェヘラザード・ユリアノス

ガルフィス・ガレアノス

ダリオス・レパード

オスカル・アルモン

エドモンド・エルドモート

ステファン・シェイコスキー


ニア・ディーアヴォロス=ルカリオス

ジェベ


ソニア・ユリアノス(チェルダ王国女王)

アリシア・ユリアノス(ブルガロン王国女王)




ファールス


ササン八世(ファールス王国国王)

カワード・カルディンティナ

シャーヒーン・シャルルカン

へレーナ・ウァレリウス・コーグ

キュロス・キュレイネス

アルタクセルクセス・アルタクス

ダレイオス・ダルマレス

ベフナム・ベフェラード

スメルディス・スクゥルディス

李黄

クビライ

カーリー・マー




兵力

レムリア 二一四八〇〇。


ファールス 三〇〇〇〇〇


結果

レムリア軍

死傷者 約二〇〇〇〇

残存   約一八〇〇〇〇



ファールス軍

死傷者 約二〇〇〇〇 

残存  約二八〇〇〇〇



勝敗……レムリア軍の援軍到着によるファールス軍の撤退(引き分け)


影響

レムリア・ファールス戦争の膠着

対異教十字軍の結成





 ファールス軍が一斉に退却を始めるのを、レムリア軍は追撃せずに見送った。

 追撃をしたところで手痛い反撃を食らうのは目に見えており……

 何より、一度軍を立て直す必要があったからだ。


 そしてレムリア軍が陣形を整理し直すのと同時に、ファールス軍は完全にイルカムスの地から撤退した。

 そして入れ替わりでやってきたのは、およそ六〇〇〇〇の対異教十字軍である。


 レムリア軍と対異教十字軍は向かい合った。

 それぞれ、代表者が……レムリア軍からは一人、対異教十字軍からは二人が、馬に騎乗したまま進み出る。


 ある程度近づいてから、エルキュールは黒い軍馬から降りた。

 すると代表者二人もそれぞれの馬から、降り、エルキュールへと歩み寄る。


「この度は我らレムリア軍の救援のため、ご尽力いただき、ありがとうございます。セシリア・ペテロ聖下」

「当然のことをしたまでのことです」


 姫巫女にして教皇、そして対異教十字軍総司令官。

 セシリア・ペテロは柔らかい笑みを浮かべて、答えた。


 勿論、セシリアには軍の指揮はできない。

 故に、実質的にこの対異教十字軍をここまで連れてきたのは……この男。


「フラーリング王国、ルートヴィッヒ陛下。ご助力、感謝する」

「ふふ、なーに……同盟国の危機とあらば、駆けつけるのは当然のこと」


 飄々とルートヴィッヒ一世は答えた。

 対異教十字軍を構成する六〇〇〇〇の兵は、その殆どがフラーリング王国の兵である。


 一応、申し訳ないばかりに、当時フラーリング王国に駐在していたエデルナ王国及びトレトゥム王国の貴族も指揮官として参戦しているが……

 その指揮権は名目上のものである。


「さて、エルキュール陛下。この後は、どうされますかな?」


 ルートヴィッヒ一世はエルキュールに尋ねた。

 当然のことながら……ルートヴィッヒ一世はエルキュールに聞かずとも、現状に於ける最善手が分かっている。


 もうすでに日は落ちかけている。

 今日はここで一晩過ごし、死体を処理してから、一度オロンティア市へと帰還するのが上策だ。


 しかし敢えてエルキュールにそう尋ねたのは、全体の意思決定に関してはエルキュールに一任するというルートヴィッヒ一世の意思表示である。


 対異教十字軍は名目上、セシリアを盟主としている。

 というのも、国際外交上・政治上、エルキュールとルートヴィッヒ一世の地位は対等だからだ。

 どちらも立場上、その下につくことができない。


 故にセシリアを上位に持って来ているが、当然、セシリアには軍事の能力はない。

 指揮権はエルキュールとルートヴィッヒ一世の両者に二分される。 

 だが、これは軍隊としては良くない。


 故に明言はしないものの……ルートヴィッヒ一世はエルキュールに対し、指揮権を譲った。


 勿論、これはルートヴィッヒ一世がエルキュールの方が軍才が上だと、もしくは政治上上位であると認めたというわけではない。

 兵数の規模を考えても、どちらが戦の当事者なのかを考えても、そして何よりレムリア帝国の地の利を一番分かっているのがエルキュールである……という合理的な判断の結果だ。


「日が落ちるまでに死体の整理と、そして野営の準備をし、一夜をここで過ごしましょうか。それからオロンティア市へと帰還し、ファールス王国の出方を待ちつつ、軍議を開きましょう。……異存はありますか?」


 軍議を開く。

 あくまで主導権を握るのは自分だが、しかしあなたの意見を無視するつもりはない。

 と、エルキュールはルートヴィッヒ一世にそう伝えた。


 ルートヴィッヒ一世は上機嫌そうに頷く。


「いいや、それが最適解だろう。……勇敢に戦った戦士たちの埋葬、我らも手伝いましょう」

「感謝する」


 その日、両軍はここで一夜を過ごし……

 それからオロンティア市へと帰還したのだった。

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