第10話 イルカムスの戦い 急


「皇帝陛下! 中央、ガルフィス将軍より後退の許可の嘆願が!」

「皇帝陛下! 中央右翼、ソニア殿下より……」

「皇帝陛下! 中央左翼、エドモンド将軍より……」

「皇帝陛下! 右翼、オスカル将軍より……」

「皇帝陛下! 左翼、ステファン将軍より……」

「皇帝陛下! 極右翼、カロリナ殿下より……」

「皇帝陛下! 極左翼、アリシア殿下より……」


 エルキュールにもたらされたのは、各戦線からの後退の嘆願だった。

 もうこれ以上、この場所は守り切れない。

 どうしても後ろへ下がり、立て直す必要がある。

 

 ということだった。


「ふむ……」


 エルキュールは太陽を見上げる。

 おおよその時刻を確認し……


「良いだろう、許可を出す」


 それから後方へ、控えさせていた三人の将軍に命じる。


「ダリオス。お前は中央、及び中央両翼へ援軍へ赴け。ジェベは右翼側へ、ニアは左翼側へ!」

「「「は!!」」」


 ついに残りの予備兵力を使い切る。

 エルキュールの傍らでは、シェヘラザードが心配そうな表情で顔を見上げていた。


「……大丈夫でしょうか?」

「今のところは、許容範囲内だ」


 エルキュールはそう答えた。

 エルキュールが予備兵力という切り札を切るのと同時に、各戦線では綻びが生じ始める。


 それを辛うじて、ダリオス、ニア、ジェベの三名が支えようと奮闘する。



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「どうやら、レムリア軍はもう限界のようだな」


 レムリア軍への包囲はほぼ完成した。

 後はこのまま圧力を加えて行けば、自然とレムリア軍は崩壊する。


「意外と大したことがない男でしたな、陛下。あとは予備兵力を投入すれば、我らの勝利ですぞ」

「……ふむ」


 ベフナムの言葉に対し、ササン八世は生返事をした。

 彼には少し……引っ掛かるものがあった。


(レムリア軍の陣形は明らかに、援軍を想定したものだ。加えて……これだけ包囲の輪が縮まっているにも関わらず、逃げる気配がない)


 二十万という兵力はレムリア軍の動員限界。

 援軍など、黒突以外にはあり得ないが……

 しかし黒突とレムリアは離れすぎている。


 ここまで援軍に来る可能性は低い。

 だが……


「クビライ。予備兵力の騎兵一万、歩兵三万を率いて後方へ回り込め。これで戦は終わりだ」

「はい、陛下」


 三煌将の一人、クビライはササン八世の指示通り、レムリア軍へ引導を渡しに向かう。


「……もう半数の予備兵力は、投入しないおつもりですか?」

「引っ掛かることがあるのでな。念のため、残しておく。四万もあれば、十分だろう」


 ベフナムの問いにササン八世は答えた。

 そんなササン八世に対し、ヘレーナは心配そうに尋ねる。


「……シェヘラザードは大丈夫でしょうか?」

「シェヘラザードも、レムリア皇帝も、そう容易く死ぬような玉ではあるまい」


 さすがに軍が全滅しそうになれば、二人とも逃げるだろう。

 もっとも……当然の事ながら、もし二人を捕らえたとしても処刑するつもりはない。


 それよりもレムリア皇帝の命を人質に、帝国から領土を強請った方が遥かに利益が得られるからだ。


「しかし……陛下。ありがとうございます」

「……ふむ、何のことだ?」

「私を最後まで、後方に留めておいていただいたのは……レムリアと可能な限り、戦わせないようにというご配慮でしょう?」


 ヘレーナは『盾』に数えられているところから分かる通り、幾度かファールス王国の将軍として戦争の指揮をしたことがある。

 が、しかし大抵はシンディラか、黒突が相手。

 レムリアを相手にしたことは今までなく、これが初めてである。


「考え過ぎだろう」

「相変わらず、素直ではありませんね」


 そんなやり取りをしていると……


「こ、国王陛下! 偵察部隊より、報告です。こちらに凡そ、四つほどの所属不明の騎兵部隊が近づいてきている模様です!」

「所属不明? 距離と数は?」


 その報告によれば……

 ほど遠くない距離から、およそ四部隊ほどの騎兵部隊がこちらへ迫ってきているようだった。

 一部隊の数は一〇〇ほど、合計四〇〇。

 それがバラバラの方角から、こちらへ向かってきているという。

 二部隊はレムリア軍の方向へ、もう二部隊はここ、ファールス軍の本陣を目指すような動きをしている。


「所属不明ということは……旗は不明か?」

「はい。敵は旗を掲げていない模様で……」

「野盗ではありませんか?」


 ヘレーナが首を傾げながら、そう言った。

 ササン八世は苦笑する。


「……こんな場所へ、盗品を漁りに来るような命知らずの野盗がいるとは思えないが」


 少なくともササン八世は援軍を頼んだ覚えはない。

 ということは、レムリア帝国が呼び寄せた援軍だろう。


 たかが四〇〇で何ができると言いたいところではあるが……

 しかし油断は禁物だ。


「このことを前線の将軍たちへ。……こちらへ来るようであれば、容赦をする必要はない。対処するぞ。ヘレーナ、片方はお前に任せる。もう片方は私が対処しよう。……ベフナム、本陣は任せた」

「はい、陛下」

「承知致しました」


 ササン八世とヘレーナは千ほどの騎兵を率いて、その野盗を討伐しに向かった。






 レムリア軍、極左翼。


「アリシア様、これ以上は耐えきれません」

「ええい! 貴様らは誇り高き、ブルガロンの騎兵だろうが!! 踏ん張れ!!」


 アリシアは兵を鼓舞しながらも、弓を引き、敵兵を射抜いていく。

 しかしその表情には疲労の色が見えていた。

 戦が始まった当初は、百発百中を誇ったアリシアの弓も、今では中々当たらない。


「あなたが、レムリア軍の将軍、アリシア殿だな?」


 およそ百メートルほど先から、大声でアリシアに呼びかけたのは……

 ファールス軍極右翼を率いる将軍、キュロスだ。


 彼は弓を手に持っていた。


「一騎打ちと行こう」

「……ふん、望むところだ」


 アリシアは震える手で弓を引く。

 それに対し、キュロスは余裕の表情で弓を引く。


(……陛下。私はもう、無理かもしれません)


 アリシアが命を覚悟した、その時。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突如、ファールス軍の背後から人の悲鳴が上がった。

 そして混乱が軍全体を包み込む。


「どうした?」


 キュロスは弓を構えたまま、状況を確認する。

 すると伝令兵が大声で現状を伝えた。


「将軍! 後方から、所属不明の騎兵……およそ一〇〇が強襲を仕掛けています!」

「一〇〇?」


 キュロスにとって不幸だったことは、アリシアを追い詰めるのに夢中で、後方には意識を割いていなかったことだろう。

 また、ササン八世が放った早馬が所属不明の騎兵の接近を知らせるよりも、その騎兵が背後を突く方が早かったことも不運だった。


「たかが、一〇〇だろう。……それがどうしたというのだ」

「それが、一〇〇のうち、妙に強い……将と思しき人物がいて……」


 と、そこへ。

 ファールス軍を割るように、兵士を吹き飛ばしながら、およそ三〇騎の騎兵が駆けてきた。

 どうやら一〇〇のうち、キュロスのもとまで辿り着いたのはたった三〇騎のようだった。


「どこの兵だ! 貴様らは!!」







 一方、ほぼ同時刻。

 レムリア軍、極右翼。


「投降なされよ。カロリナ・ユリアノス殿。……レムリア帝国の皇妃を殺めるつもりはない」

「っく……」


 カロリナはカワードに追い詰められていた。

 一騎打ちと乱戦の最中、本隊と逸れてしまったのだ。


 カワード一人が空いてならば戦えるが……

 無数のファールス兵に囲まれれば、いくらカロリナといえどもどうしようもない。


「ここまでか……」


 カロリナが諦めかけたその時。

 

「カワード将軍! 急報です!! 所属不明の騎兵部隊が強襲攻撃を……」


 カワードにそう報告を告げようとした、伝令兵の首が跳ね跳んだ。

 現れたのは、白銀に輝く剣を持った獣人族ワービーストの男性騎士だった。


 およそ、二〇騎ほどの兵を引き連れている。

 その男性騎士はカロリナの方を向き、ホッと息をついた。


「ご無事で何よりです、カロリナ殿下」

「あなたは……」


 と、そこでカワードが槍を構えた。


「少数で皇妃を救いにくる、その『蛮勇』は褒めてやる!! だが、たかが二〇では何もできまい!!」


 カワードが槍を男性騎士に向けて、振るった。

 男性騎士は白銀の剣でそれを迎え撃つ。


 白銀の剣と、あらゆるものを貫き、破壊する『フルカス』の槍が衝突する。

 高い金属音が、響き渡った。


「……何?」


 カワードは目を見開いた。


 『フルカス』で破壊できなかった、武器はない。

 にも関わらず、男性騎士の剣には傷一つ、ついていなかった。


「貴様は一体……」





 一方、その頃。

 ヘレーナ率いる一〇〇〇の騎兵部隊は、突如現れた所属不明の騎兵一〇〇へと向かって駆けていた。

 一〇〇の騎兵は一〇倍の相手に臆することなく、そのまま突っ込んでくる。


「本当に旗を掲げないとは……野盗には見えませんが、その精神性は野盗ですね」


 仮にも軍を名乗るのであれば。

 せめて旗くらいは掲げろ。


 ヘレーナは不愉快そうに眉を顰めながら……

 剣を構える。


「『サブナック』!! 野盗共の鎧を、体を、溶かしなさい!!」


 『サブナック』の魔法により、強力な猛毒が魔法陣から放たれた。

 それは一〇〇の騎兵と襲い掛かり……


 霧散した。


「何!?」

「ふふ……」


 一〇〇の騎兵を率いていたのは、ヘレーナと同様、女性だった。

 ヘレーナと、その女性の剣が激突する。


「っく……」


 ヘレーナはいつになく、体が重く感じられた。

 いつの間にか、精霊魔法が、そして身体能力に関する固有魔法が、無力化されていた。


「一体……何者ですか?」

「よくぞ、聞きましたわ!」


 ぴょこん、と金色の猫耳が動いた。






 さて、一方。

 ササン八世もまた一〇〇の騎兵と相対していた。

 が、しかしヘレーナのようにわざわざ己の手で相手にしてやるつもりは毛頭なかった。


「五〇〇もぶつければ、止まるだろう」


 旗も掲げない、まるで戦の道理も弁えていないような野盗擬きなど、その程度で十分。

 ササン八世は五〇〇の騎兵を、所属不明の敵兵へ突撃させる。


「止まれ!!」

「所属を名乗れ!!」


 五〇〇の兵たちは、その一〇〇の野盗擬きに向かって制止を投げかける。

 だが……止まる気配はない。


 それどころか、増々速力を上げていく。


「邪魔だ!!」


 その集団の指揮官と思しき、金髪の男が剣を振るう。

 一瞬にして数十人のファールス兵の首が飛ぶ。


 そして真っ直ぐ、ササン八世のもとへと突撃してくる。


「まあ、良い。久しぶりに、戦うのも良いだろう。……お前も、そう思うだろう? 『ベリアル』!!」


 ササン八世は自らが契約する悪魔。

 『バエル』とは異なる、もう一柱の大悪魔を呼び出した。


 この世のあらゆるものを燃やし尽くす、獄炎を纏った炎をその手に握る。


「焼き尽くせ、『ベリアル』!!」


 漆黒の炎が一〇〇の、否、八〇まで数を摺り減らした騎兵へと襲い掛かる。

 それに対し、金髪の男は虹色に光り輝く剣を振り上げた。


 キーン、とそんな甲高い音が響き渡った。

 目標を焼き尽くすまで消えることのない、炎が消滅する。


「何? ……貴様は!!」

「礼を返しに来たぞ、ササン八世!!」


 金髪に猫耳の男の大剣と、ササン八世の獄炎を纏った剣が衝突した。

 獄炎は男の剣を燃やし尽くそうとするが……

 虹色の光により、徐々に炎は弱まっていく。


 ササン八世は己の体に掛けられている、身体能力強化の魔法が解かれていくのを感じた。







 そして、ほぼ同時に。

 四人の騎士たちは、叫んだ。








「僕の名は、アストルフォ! フラーリング王国、七勇士が一人、『愛』のアストルフォ!!!」


「私の名は、ローラン! フラーリング王国、七勇士が一人、『勇気』のローラン!!!」


「わたくしの名は、ブラダマンテ! フラーリング王国、七勇士が一人、『節制』のブラダマンテ!!!」


「余の名は、ルートヴィッヒ! フラーリング王国の国王にして、七人の勇士を束ねる者!! と、聞かれていなかったな? まあ、良い」





 それから四人はやはりほぼ同時に。

 叫んだ。




「「「「義と信仰によって参戦させていただく!!!」」」」




 『七勇士』“愛”のアストルフォ。 

 『七勇士』“勇気”のローラン。

 『七勇士』“節制”のブラダマンテ。

 そして『騎士の中の騎士』“獅子王”ルートヴィッヒ一世と……




 彼が率いるアルビオン・エデルナ・トレトゥム・フラーリング連合対異教十字軍・・・・・・

 およそ六〇〇〇〇が戦場に出現した。


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