第9話 イルカムスの戦い 破
「一先ず、小手調べと行こうか。戦象を動かせ」
ササン八世は遥かに離れた前線へと、指示を送る。
こうして戦いはまず、ファールス軍中央の前列に並べられたカーリー・マー率いる戦象部隊の攻撃で始まった。
「血を我らの神に捧げよ!!」
カーリーの指揮により、四〇〇頭の戦象とそれに追随する軽歩兵たちが一斉に前進する。
これに対するはレムリア帝国、将軍ガルフィス・ガレアノス。
「弓兵部隊、撃て!!」
レムリア軍の長弓兵部隊が一斉に矢を放つ。
ここで用いられた矢は、ただの矢ではない。
動物である象を火で怯ませることを目的としていた。
これに対し、戦象の上に載っているファールス軍の弓兵たちや、それに追随する軽歩兵たちも矢を放ち、レムリア軍による射撃を妨害する。
そして……
「全軍、突撃!!」
一定の距離まで近づいたところで、カーリーは戦象四〇〇頭に突撃命令を出した。
四〇〇頭の戦象が少しずつ、走力を上げて行き……
そしてその最高時速は三十キロに達する。
「油を放て!!」
これに対し、レムリア軍は投石機や投石器などを用いて油の詰まった壺を投擲した。
そして
最後に……
「『アモン』!! 戦象共を焼き尽くせ!!」
ガルフィスが大精霊、アモンを召喚。
炎は油に引火し、風に煽られ、大炎を生み出した。
これにより、一部の戦象の足が止まる。
……そう、一部の。
「所詮は象を知らぬ者の浅知恵。一度走り出せば、象は止まらん!!」
レムリア軍の攻撃により、足を止めた象はおよそ五十頭ほど。
結果、三百五十頭の戦象が一斉にレムリア軍の歩兵部隊へと襲い掛かる。
「やはり、そう上手くはいかないか。ハルバード部隊、対処しろ!!」
ガルフィスは弓兵部隊を下がらせ、ハルバード部隊を動かした。
ハルバード部隊は戦象の足を狙い、象を行動不能にしようとする。
これに対し、戦象に追随していた軽歩兵はそれを妨害しようとする。
結果、敵味方分かれての乱戦状態となった。
決してレムリア軍が優位とは言えない状態ではあるが……
しかし戦象の突撃による、前線の崩壊は防げた。
「ふん……撤退だ」
潮時と判断したカーリーは戦象部隊を後方へと下がらせる。
戦象を撃退したことでレムリア軍の士気は上がるが……
「さて、問題はここからか」
ガルフィスは険しい表情で、槍を手に取った。
戦象が巻き起こした土煙。
それが晴れると……すぐ目前まで、ファールス軍の歩兵が迫っていた。
「ここからは俺の出番だ。レムリア軍、ガルフィス将軍!! 敗戦の雪辱、ここで果たさせて貰うぞ!!」
シャーヒーン率いるファールス軍が、ガルフィス率いるレムリア軍へ襲い掛かる。
戦象の迎撃には成功したものの、その代償としてレムリア軍の戦列は大いに乱れていた。
無数に生じた陣形の傷口へ、ファールス軍の歩兵部隊が雪崩れ込んでくる。
如何にレムリア軍の歩兵が精強と雖も、陣形が崩れている状況で攻撃を受ければ対処は難しい。
故に……
「一個軍団の予備兵力を投入する。中央両翼、ソニアとエドモンドへ。敵の中央を挟撃せよ」
エルキュールはすぐさま、指示を飛ばした。
ソニアとエドモンドの率いる歩騎混合部隊が動き始める。
そしてほぼ同時にササン八世も動く。
「レムリア軍はおそらく、中央両翼を動かしてくる。……挟まれれば、堪ったものではないな。ダレイオス、アルタクセルクセスへ。敵の中央両翼の動きを止めろ」
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「久しいな、ガルフィス将軍!!」
「……シャーヒーン将軍!!」
死闘が繰り広げられている、レムリア軍中央。
そこではガルフィスとシャーヒーンの二人が対峙していた。
「二十年前、貴様はまともに俺と戦おうとしなかったが……今回はそう簡単には行くまい?」
「……そのようだな」
シャーヒーンは剣に冷気を。
ガルフィスは槍に炎を。
それぞれ纏わせる。
「『クロセル』!!」
「『アモン』!!」
氷と炎の戦いが始まった。
時を同じくして、ソニア率いるレムリア軍中央右翼と、ダレイオス率いるレムリア軍中央左翼。
「一月ぶりだな、狂犬姫!!」
「誰が犬だ!! 私は狼だ!!」
こちらでも、激しい戦いが繰り広げられていた。
白銀の鎧を真紅に染め上げ、剣を振るうソニア。
一方で巨大な鎚を振るう、ダレイオス。
一月前の戦いではソニアがダレイオスを圧倒したが……
「ぐぬぬぬ……」
「少しは魔力も回復したのでな。犬ごときに力負けはせん!」
「誰が犬だ!!」
激しく、剣と鎚が激突する。
その戦いはほぼ、互角だった。
一方、レムリア軍中央左翼とファールス軍中央右翼。
「ふん!!」
ファールス軍中央右翼を率いる将軍、アルタクセルクセスが斧を振るうと……
一度にレムリア軍の兵士が吹き飛んだ。
アルタクセルクセスの契約する悪魔、『ハルファス』の効果である。
戦争を司る精霊、『ハルファス』は特に破壊に特化した悪魔である。
軽く斧を振るうだけで、一度に数十人の命を奪うことができる。
その威力は馬鹿にならない。
事実、彼はたった一人でシンディラにて、千人を超える兵を屠ったことすらある。
「アルタクセルクセス将軍。あまり我が国の兵士を、殺さないで頂きたい」
「ほう、我が名を知っていたか。エドモンド将軍」
レムリア帝国、中央左翼を率いる、エドモンド・エルドモート。
エルキュールの腹違いの兄に当たる彼は、アルタクセルクセスに向き合った。
「そちらこそ。かのアルタクセルクセス将軍に名を覚えて頂けていたとは、光栄だ!!」
エドモンドの剣と、アルタクセルクセスの斧が衝突する。
すると『ハルファス』が効力を発揮。
エドモンドを吹き飛ばし……
「む……」
「あなたの精霊は、派手過ぎるのが問題だ。効力が知れ渡り過ぎている」
にやりと、エドモンドは笑みを浮かべた。
エドモンドが契約しているのは、盗みを司る精霊、『アンドロマリウス』。
そして『アンドロマリウス』が盗めるのは……
物体だけではない。
悪魔の魔法すらも盗み、無力化できる。
「ほう、面白い!!」
「おっと……私は面白くはありませんがね」
剣と斧が、激しく衝突した。
「……何とか、防いだか」
「これくらいの攻撃、防いでもらわねば困るな」
エルキュール、ササン八世はほぼ同時に呟いた。
現状、レムリア軍とファールス軍の戦いは沈着していた。
次の一手を出すのは……やはりササン八世。
「李黄、スメルディスの両将軍へ。レムリア軍を両翼から磨り潰せ!!」
ササン八世の命令により、およそファールス軍両翼合わせ一〇〇〇〇〇を超える軍勢が動き始める。
これに加えて……
「キュロス、カワードの両将軍へ。レムリア軍、極両翼を突破し、背面へ回り込め!!」
さらにファールス軍の極両翼、合計四〇〇〇〇の騎兵部隊も動き始める。
これに対し……
「両翼の将軍……オスカル、ステファンはその場を死守せよ! カロリナ、アリシアは敵の騎兵を背後へ回り込ませるな!」
エルキュールは四人の将軍へと、命令を出した。
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レムリア軍右翼を率いるのはオスカル・アルモン。
それに対するはファールス軍左翼を率いる李黄。
「……何という、巧な指揮だ」
オスカルは冷や汗を掻く。
オスカル自身も戦術的な指揮は得意とするが……ファールス軍右翼を率いる将軍の指揮は、見事の一言だった。
まるで生き物のように、陣形が動くのだ。
攻め手は引き、引いては攻めを繰り返す。
下手に兵を動かせば、いたずらに兵を疲労させてしまうだろう。
李黄の方もやや驚いていた。
「私の指揮についてくる将がいたとはな。いやはや、世界は広い」
極東出身の彼が、そこよりも遥かに西に位置する国の将と戦っているのだ。
李黄は笑みを深めた。
一方、レムリア軍左翼を率いるのはステファン・シェイコスキー。
それに対するはファールス軍右翼を率いるスメルディス・スクゥルディス。
「さあ、俺の曲を聞け♪」
スメルディスは巨大な管楽器を取り出し、大きく息を吸う。
そして息を大きく吐いた。
その瞬間。
不協和音が戦場広域に響き渡った。
特に……
思わず、耳を閉じる。
「な、何だ……これは……」
一瞬。
レムリア帝国の指揮系統が麻痺する。
スメルディスは口を楽器から離した。
そして首を傾げる。
「うーむ、俺は兵士を勇気づけるつもりだったのだが……」
レムリア軍の兵士は勿論、ファールス軍の兵士も耳を塞いでいる。
とはいえ、当然聞きなれているファールス軍の兵士の方が復帰は早い。
「まあ、良い! さあ!! 攻撃に移れ!!」
いち早く立ち直ったファールス軍の兵士が、レムリア軍の兵士へと襲い掛かる。
「ぐぬぬ……これだから精霊魔法というのは面倒だ!!」
ステファンは眉を顰めながらも、必死にファールス軍の猛攻に対処した。
レムリア軍極右翼を指揮するのは、カロリナ。
一方、ファールス軍左翼を指揮するのは、カワードである。
「二十年ぶりになりますな。カロリナ殿下!」
「そうですね。もっとも、直接こうして剣を交えるのは、初めてですが」
カロリナの武器精霊『エリゴス』と、カワードの武器精霊『フルカス』が激突する。
カロリナの『エリゴス』は姿や相対的な質量を自在に変えることができる。
それに対し、カワードの『フルカス』は如何なるものも突き通す槍だ。
カロリナの剣と、カワードの槍が衝突するたびに……
カロリナの剣が粉々に粉砕される。
が、しかし一瞬でカロリナの剣は再生する。
「あなたの槍は私の剣には通じません」
「ふむ、ならば……魔力が尽きるまでやるまでよ!!」
金属が砕ける音が、戦場に響き渡った。
レムリア軍極左翼を指揮するのは、アリシア。
ファールス軍極右翼を指揮するのは、キュロス・キュレイネスである。
「死ね!!」
アリシアは騎射をファールス騎兵に向けて放つ。
アリシアは弓の精霊、『レラジュ』と契約している。
この矢に貫かれれば、否、少しでも掠るだけで、人は全身が腐り落ちて死んでしまう。
次々とファールス騎兵は撃ち殺されていく。
……しかし必殺の弓を持つのは、アリシアだけではない。
「俺の矢に射抜けないものはない」
キュロスは空に向かって、無数の矢を放った。
まるで狙いをつけていない、その矢は放物線を描き……
丁度、偶然にも空を見上げたレムリア軍の兵士の眼球に突き刺さり、頭蓋骨を貫通した。
キュロスの契約する精霊、『バルバトス』は未来を予知する。
故に彼が放つ矢は必中だ。
アリシア、キュロスの二人がこの戦場で顔を合わせなかったのは幸運だろう。
なぜなら、この二人が矢を同時に放てば……
どちらも同時に死ぬことになるのだから。
レムリア軍、ファールス軍の戦闘が始まってしばらく。
当初はファールス軍の猛攻に耐え続けていたレムリア軍だが……徐々に疲れが見え始めていた。
じりじりと、時間を掛けてレムリア軍は後ろへと後退していく。
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「さて……どうする? レムリア皇帝」
ササン八世は不敵に笑った。
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