三大陸英雄記～現代知識による帝国再建記～【コミカライズ発売中】

第８話 イルカムスの戦い 序

「陛下。ファールス軍が動き出した模様です」

「ふむ……ギリギリ、間に合いそうだな」

　ファールス軍が補給線を整備し、増援の一〇〇〇〇〇と合流し、三〇〇〇〇〇となって再度レムリアへの侵攻を開始した頃。

　レムリア帝国は軍の立て直しに成功していた。

　シュリア属州の州都、オロンティア市には現在、エルキュールが自由に動かすことができる全兵力が集結していた。

歩兵四個軍団

長弓兵一個軍団

重装騎兵（クリバナリウス）一個軍団

中装騎兵（カタフラクト）一個軍団

ニア三個大隊の遊撃隊

ソニア三個大隊の赤狼隊

ジェベ遊撃隊三個大隊　

屯田兵四個軍団

ハヤスタン歩兵一個軍団

チェルダ歩兵三個軍団

ブルガロン騎兵二個軍団

　歩兵は一五六〇〇〇、騎兵は五八八〇〇。

　総兵力二一四八〇〇。

　これがレムリア帝国が国力を振り絞り、搔き集めることができる限界の兵力である。

　対するファールス軍の総兵力は三〇〇〇〇〇。

　兵力差は九〇〇〇〇ほど。

　この差はお世辞にも小さいとは言い難い。

　だが……

「打てる手は、全て打った」

　エルキュールは群臣たちを見渡し、そう言った。

　そう多くの言葉はいらない。

　エルキュールは将軍たちを信じていたし、将軍たちもエルキュールのことを信じていた。

「行くぞ！！」

「「「は！！」」」

　レムリア軍、およそ二〇〇〇〇〇は動き始めた。

「レムリア軍が動き始めた模様です」

「ふむ」

　偵察部隊からの報告を聞いたササン八世は不敵な笑みを浮かべた。

　そして配下の八忠将と三煌将を招集する。

　まず先に揃ったのは八忠将。

　その全員が長耳族（エルフ）であり、高位の精霊と契約している。

　“杖”のベフナム・ベフェラード。老齢した長耳族（エルフ）。ファールス王国宰相。契約精霊は、知恵の精霊『ブエル』。

　“槍”のカワード・カルディンティナ。中年の長耳族（エルフ）。かつてエルキュールに敗北した将の一人。契約精霊は槍の精霊、『フルカス』。

　“剣”のシャーヒーン・シャルルカン。中年の長耳族（エルフ）。かつてエルキュールに敗北した将の一人。契約精霊は氷の精霊、『クロセル』。

　“盾”のヘレーナ・ウァレリウス・コーグ。レムリア帝国の出身、ファールス王の妃。契約精霊は腐敗の精霊『サブナック』。

　“鎚”のダレイオス・ダルマレス。中年の長耳族（エルフ）。契約精霊は地震の精霊『アガレス』。

　“弓”のキュロス・キュレイネス。若い長耳族（エルフ）。契約精霊は未来と予知の精霊『バルバトス』。

　“斧”のアルタクセルクセス・アルタクス。若い長耳族（エルフ）。契約精霊は戦争と兵站の精霊『ハルファス』。

　“笛”のスメルディス・スクゥルディス。若い長耳族（エルフ）。契約精霊は音楽の精霊『アムドゥスキアス』。

　彼らは一人ずつ、ササン八世の前で膝を折る。

　八忠将が揃うのと同時に、三煌将もまたササン八世の前に姿を現した。

　一人は東洋風の顔立ちをした、人族。

　名は李黄。

　絹の国の元皇族であり、政変に合い、ファールス王国へと亡命した。

　兵法と弩の扱いに長ける。

　もう一人はどことなく東洋風の雰囲気を纏った、混血長耳族（エルフ）。

　名はクビライ。

　黒突の元皇族であり、彼もまたファールス王国へと亡命している。

　北方遊牧民で構成された部隊を操る。

　……尚、実はジェベの従兄である。

　最後の一人は浅黒い肌の長耳族（エルフ）の女性。

　レムリア、ファールスでは見られない……ダークエルフの少女。

　名はカーリー・マー。

　とある動物の扱いに長ける。

「揃ったか」

「「「は、今、ここに！！」」」

　己の配下、合計十一人の将を前に、ササン八世は満足そうに頷いた。

「断言しよう。余の治世に於いて、否！　このファールスの歴史において、今こそが“武”の頂点である！！」

　十一人の将たちは、皆、誰もが極めて有能な指揮官である。

　そして己はそれを束ねるに相応しい、将の将足る男。

　ササン八世はそう確信していた。

「優れた将に加え……およそ三十万の精鋭！！　これだけの兵が揃い、勝てぬ戦があるはずがない！！」

　歩兵二十万。

　騎兵十万。

　そして……シンディラより連れてきた、戦象四百！！

　これはファールス王国が外征に駆り出せる、最大の戦力だった。

「この戦にて、レムリアを踏みつぶす！！　行くぞ！！」

「「「は！！！」」」

　目指すはレムリア帝国シュリア属州の州都、オロンティア市。

　真っ直ぐ、レムリア軍を避けることなく、突き進んだ。

　レムリア軍とファールス軍。　

　両軍が決戦の地として選んだのは、オロンティア市より五キロほど離れた平野。

　イルカムスという村の近郊であった。

　両軍の配置は以下の通りである。

　　　　　　　　　　ヘレーナ ・ササン八世・ベフナム　クビライ

　　　　　　　　　　□□□□□□□□　　 □□□□□□□□

　　　　　　　　　　　　□□□□　　　　　　 □□□□　

　　　　　　▽▽▽▽　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　▽▽▽▽　

　　　　　　　　アルタクセルクセス　シャーヒーンダレイオス　　　　　　　カワード

▽▽▽▽□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□▽▽▽▽

▽▽▽▽□□□□□□□□▽▽▽▽□□□□□□□□▽▽▽▽□□□□□□□□▽▽▽▽

キュロス　　▽▽▽▽　　　　　　　　☆☆☆☆　　　　　　　　▽▽▽▽　　　　

　　　　　　スメルディス　　　　　　カーリー　　　　　　　　　李黄

　　　　　　　　　　　　　　　　　　ガルフィス

　　　　　　　　　　　　　　　　　　■■■■

　　　　　　　　■■■■　▲▲　■■■■■■■■▲★▲　■■■■　　

●●●●　　■■■■　　■■■■　　　　　　　　■■■■　　■■■■　　▲▲▲▲　　　

アリシア■■■■　　　エドモンド■■■■■■■■ソニア　　　　　■■■■カロリナ　

　　　　　ステファン　シェヘラザード・エルキュール・ダリオス　　オスカル　　　　　　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　●★●　　●★●

　　　　　　　　　　　　　　　　ニア　　　　ジェベ

※ファールス軍の記号はおおよそ、一つ二五〇〇ほど。

※レムリア軍の記号はおおよそ、一つ三〇〇〇（誤差含む）ほど。

「数で押しつぶす戦術か。……単純だが、それゆえに厄介だな」

　ファールス軍の布陣を確認したエルキュールは眉を顰めた。

　ファールス軍の布陣は外側から、極左右（両）翼、左右（両）翼、中央（左右）両翼、中央の合計七つに区分けできる。

　そのうち極両翼には騎兵二〇〇〇〇。

　両翼には騎兵一〇〇〇〇と歩兵四〇〇〇〇。　

　中央両翼には騎兵一〇〇〇〇と歩兵一〇〇〇〇。

　中央には歩兵四〇〇〇〇と……戦象が四〇〇。

　さらに背後には騎兵と歩兵の予備兵力がおよそ……八〇〇〇〇ほど、確認できた。

　純粋に、中央も両翼も分厚い。

　予備兵力も潤沢。

　これではどう小細工を練っても、勝つのは難しいだろう。

「……戦象も面倒だ」

　レムリア帝国は、というより、そもそもエルキュールは戦象と相対したことがない。

　故に対処法も書物や伝聞の中でしか、知らない。

　戦象に対しては足元を攻撃するように指示を出したが……

　果たしてどれくらい有効か、分からなかった。

「もう少し、時間を稼ぐことができたら互角に戦えたのだが……」

　しかし、現状ない物を強請っても仕方がない。

　一先ず、ここはやり過ごすしかない。

「時間との戦いだな」

　その瞳には不安の色はなかった。

「……ふむ。分からんな」

　ササン八世は首を傾げた。

　大抵、陣形を見れば敵の狙いが分かるのだが……ササン八世にはエルキュールの狙いが分からなかった。

　レムリアの陣形は本陣である中央を、傘を広げたような形の両翼が守るような形になっている。

　これは明らかに、防衛向きの戦術だ。

　なるほど、数に劣っている現状、守りに入るという選択肢は……一見すると、合理に適っているように見える。

　だが……

「……これでは負けはせずとも、勝てんぞ？」

　いつかは攻勢に転じなければ、戦は勝てない。

　守勢に回れば必然的に戦争の主導権も奪われる。

　そして兵力と時間だけが悪戯に、浪費される。

　実は戦に置いて、守勢に回ることができるのは、余裕がある側だ。

　なぜなら戦力を温存し、敵が疲労した段階で予備兵力を投入、攻勢に移るという動きが可能だからである。

　兵数が少ない、余裕のない側が守勢に回ったところで、攻勢に移るだけの戦力がなければ意味がない。

　多数と少数が戦えば、先に疲労するのは少数。

　それは自明だ。

　故に少数側こそ、積極的に攻勢に出なければならない。

「怖気づいたか？　いや、しかし……何らかの予備兵力の当てがあるのか？」

　レムリア帝国の国力を考えると、二十万が限界。

　だが、これはあくまで見積もりである。

　加えて……

「……黒突の援軍を頼っているのかもしれんな」

　レムリア皇帝の姉は、黒突の皇帝の妃である。

　そして黒突とファールス王国は極めて仲が悪い。

　黒突の援軍がやって来る可能性は否定できない。

「まあ、良い」

　ササン八世は思考を打ち切った。

　今は目の前の戦に集中するべきだ。

　援軍が来るというのであれば……その前に、磨り潰してしまえば良いだけの話。

「精々、楽しませてくれ。エルキュール一世」

「「「神は我らと共にあり。神は我らと共にあり。神は我らと共にあり！！！」」」

「「「我らに神の御加護を！！　我らに勝利を！！　我らに神の御加護を！！　我らに勝利を！！」」」

　レムリア語、ファールス語、チェルダ語、ブルガロン語、キリス語、シンディラ語。

　無数の言語が飛び交う。

　様々な民族・言語で構成された軍を指揮するのは、様々な出自の将軍たち。

　総兵数は双方合わせて五十万を超える。

　そしてそれを束ねるうちの一人は……

　『世界の征服者』“太陽王”ササン八世。

　もう一人は……

　『三大陸の覇者』“聖光帝”エルキュール一世。

　斯くして……

　イルカムスの戦いが幕を開けた。