第6話 サルデルの戦い


 戦局の流れを決定づけたのは、レムリア・ファールス軍中央の戦い……ではなく、レムリア軍右翼とファールス軍左翼の戦いだった。


 最初に動き出したのは、ファールス軍左翼を率いるシャーヒーンだ。


「氷の精霊、『クロセル』よ! 氷の道を作れ!!」


 彼はおよそ三〇〇〇の騎兵を率いて、川を渡河したのだ。

 川の渡河は極めて難しく、また騎乗したままは極めて困難のはずではあるが……


 しかし、氷を司る、大悪魔と契約している彼ならば決して不可能ではない。

 ほんの一瞬でも良い。

 

 三〇〇〇の騎兵が渡れる間だけ、川を氷結させれば良いのだ。


 斯くして、シャーヒーンは川を渡河。

 そのまま、レムリア軍右翼側面へと回り込もうとする。




 ニアがシャーヒーン将軍の動きに気付いたのは、彼が川を渡り切った後だった。

 

「川を凍結させて……これでは地形防御の意味がないではありませんか!」

 

 川のすぐ近くに布陣したのはそのぬかるみで敵の騎兵の動きを拘束するためでもあるが……

 脆弱な自軍の右側面を守るためでもあった。

 しかしあっさりと川を渡られると、これが機能しなくなる。


「まさか、本当にやるとは……嫌ですね。精霊魔法というものは」


 このことをニアはすぐにエルキュールへと報告。

 そして自らはシャーヒーンの攻勢を受け止めるために、兵の再配置を行った。


 幸いにも、シャーヒーンの行動はもしかしたらあるかもしれない、程度には想定していたものだった。

 故に兵の再配置はスムーズに行われた。

 

「撃て!! そう長くは氷を維持できないはず! こちら岸へ渡らせるな!!」

「渡り切れ!! 押し切るのだ!!」


 レムリア軍が虎の子の第三戦列を投入した時。

 ニアとシャーヒーンは死闘を繰り広げていた。


 ニアの予想通り、シャーヒーンの作り出す氷の道はそう長期間、維持することができない。

 故に渡り切れなければ……渡河の最中に、三〇〇〇が川の藻屑となる。

 だが、渡り切ることができれば……レムリア軍を前方と右翼から包囲できる。


 そして戦いを征したのは……


「……千は渡り切れなかったか。しかし、二千もあれば十分! 『レムリア軍右翼への強襲中。このまま攻勢に移る』」

「皇帝陛下へ伝令を! 『これ以上、右翼戦線の維持は困難。撤退を進言する』」


 シャーヒーンだった。


 





「全軍、撤退!! ……攻めきれなかったか!」


 事前にニアから報告を受けていたエルキュールは、攻めきれなかった時のためにすでに撤退の準備を始めていた。

 まずは前線をそのまま維持しつつ、後方へ避けていた歩兵戦力を逃がす。

 

 一方でニア、ソニアの両者に対し戦場から離脱するように指示を出した。

 自身は最後まで、指揮を執る。


 そして……






                          川

         □□□□           川

        □□□■■■■□□□        川

     □□□■■■    ■■■□□□     川

     □■■          ■■□     川

                          川 

                          川

 ▽▽▽▽            〇〇〇      川

         ■■■■■■■■         川

         ■■■■■■■■         川 

                          川 

〇〇〇〇〇▽             〇〇▽▽▽▽ 川

▲▲▲▲▲▲             ▲▲▲▲▲▲ 川

                          川

                          川

                          川



 エルキュールの迅速な指示により、多くの兵がファールスの包囲から逃れることに成功した。

 それに対し、ササン八世は……


「騎兵は追いきれん! 歩兵の追撃と包囲に徹しろ」


 シャーヒーン、ダレイオスに歩兵への追撃を命じた。 

 これによりソニアを追っていたダレイオス、ニアを追っていたシャーヒーンは軍を反転。

 戦場より離脱しようとするレムリア軍歩兵へと襲い掛かる。


 そして……

 
















                          川

         □□□□           川

        □□□■■■■□□□        川

     □□□■■■    ■■■□□□     川

     □■■          ■■□     川

        ▽▽▽▽  〇〇〇         川 

                          川

        〇〇      〇〇        川

        〇■■■■■■■■▽        川

        〇■■■■■■■■▽        川 

        〇        ▽        川 

        ▽        ▽        川

                          川

                          川

▲▲▲▲▲▲              ▲▲▲▲▲▲川

                          川





 取り残されたレムリア軍は包囲、殲滅。

 その多くが殺されるか、または捕虜となった。


 また戦場より離脱しようとした歩兵軍団も激しい追撃により甚大な被害が発生した。




 斯くしてサルデルの戦いを制したのは、ファールス王国であった。





サルデルの戦い


交戦戦力

レムリアVSファールス


主な指揮官

レムリア


エルキュール一世(レムリア帝国皇帝)

ソニア・ユリアノス(チェルダ王国女王)

ニア・ディーアヴォロス=ルカリオス



ファールス

ササン八世

へレーナ・ウァレリウス・コーグ

シャーヒーン・シャルルカン

ダレイオス・ダルマレス



兵力

レムリア  五一六〇〇

ファールス 五〇〇〇〇


結果

レムリア軍

死傷者 一六八〇〇

捕虜  七二〇〇

残存  二七六〇〇



ファールス軍

死傷者 七〇〇〇

残存  四三〇〇〇



勝敗……レムリア軍の敗北


影響

ササン八世の対レムリア戦、三度目の勝利。

レムリア帝国のシュリア戦線の崩壊

ファールス王国の本格的な侵攻の開始






 敗北後、エルキュールは這う這うの体でシュリア属州の州都、オロンティア市へと戻ってきた。

 そんなエルキュールを、オロンティア市の留守を預かっていたガルフィスが迎える。


「……手酷くやられましたな。陛下」

「全くだ」


 エルキュールは薄汚れた体のまま、不愉快そうな表情で玉座に腰を下ろす。

 召使たちがエルキュールに湯浴みの準備ができていることを告げるが……


「軍議の後だ」


 エルキュールは短く、そう答えた。

 事は一刻を争う、ということだ。


「さて、生憎撤退中はまともに情報が集まらなくてな。ガルフィス! 現状を簡単にまとめろ」

「はい、陛下」


 エルキュールに命じられたガルフィスは、不機嫌そうなエルキュールに対し、臆することなく情報を整理し、端的に伝える。


 その報告は以下の通り。


 シュリア属州の防衛線を突破したファールス軍五〇〇〇〇は、別動隊であるファールス軍一五〇〇〇〇と合流。

 フラート河を中心に作られた対ファールス防衛施設を占領し、完全にフラート河の制河権を握った。

 現在は豊かなフラート河・ダジュラ河の穀倉地帯と経済圏を利用し、兵站線を築いている。


「つまり、戦争の主導権を握られたわけか」


 ササン八世が兵站を整備し終えるのは時間の問題。

 こうなれば、いくらでもレムリア帝国領内へと侵攻することができる。


 国境線は南北に広いため、レムリア帝国は後手に回らざるを得ない。


「それと、陛下。これはファールス王国に忍び込ませた間諜……修道士たちからの報告なのですが、現在、ファールス王国領内で新たな軍の動きがあったようです。……王国東部、シンディラ方面軍の兵力およそ一〇〇〇〇〇が真っ直ぐ、西へと移動している模様です」


「……」


 現在、フラート河周辺を占領しているファールス軍は二〇〇〇〇〇。

 これにさらに一〇〇〇〇〇が加われば……

 その総兵力は三〇〇〇〇〇となる。


 一方、レムリアはエルキュールが時間を稼いだことで、無事にチェルダ軍、ブルガロン軍の動員が完了し、あともう少しで援軍が加わるが……

 全てを含めても一五〇〇〇〇を満たない。


「皇帝陛下。……進言をお許しください」

「発言を許そう。ガルフィス」

「……講和をなされた方が、宜しいのでは?」


 しばらくの沈黙が場を支配した。

 エルキュールは大きく手を振り上げ……


 振り下ろした。





 バキバキと音を立て、大理石のテーブルが真っ二つに破壊された。

 エルキュールの手からは血が流れ落ちる。

 

「ここで引いて、堪るものか!!!」


 エルキュールはそう叫ぶと、ポタポタと血が垂れ落ちる手を握りしめる。

 

「全属州の動員可能なすべての屯田兵を動員しろ!! チェルダとブルガロンから、さらに一個軍団を集めろ!!」


 それからエルキュールは血塗れの手を、家臣たちへと伸ばした。


「それと、誰か紙と筆記用具を持ってこい!! 親書を出す!!」


 そして鼻を鳴らした。


「まさか、この切り札を使うことになるとはな」

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